心にとどく看護を札幌徳洲会病院 看護部

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看護部リレーエッセー

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「私がケアマネになったわけ」 介護センター室長 南 靖子

投稿日時:2011年3月29日 11:23 火曜日

私の元職場は2階、当時は関先生と木村副看護部長と東海林師長の下、のびのびと助産師(産婆さん)をしておりました。その時の仲間が「ケアマネを受けよう」と受験票を用意しくれたことがケアマネ人生への始まりでした。
 当時の看護部長から「介護センター準備室への異動について、2?3日後までに返事を頂戴」とまさかのお話…。「なんとまぁ、お産から高齢者介護への異動かぁ、異動命令なのだ!」と思い込み承諾しました。
 準備室へ異動してから数ヶ月、無事に平成12年4月を迎え介護保険制度がスタートしその後看護部長はじめ皆さんでお祝いをしてくださいました。そこでの話。「うちの病院には7人もケアマネがいたのに、誰も準備室を引き受けてくれなかったの」とまさかの事実。異動命令ではなく、まったくの私の思い込みで異動だったのです。
 それからかれこれ11年、人生異なもの味なもの。さまざまな方と出会い、知識も、態度も、そして体重も大きく育ちました。ケアマネ人生は楽しいです。

投稿者:介護センター室長 南 靖子

「私が看護師になった理由」 ICU師長 大島 由加子

投稿日時:2011年3月15日 18:43 火曜日

 私が、看護師になって早いもので、23年目になりました。こんなに時間が経ってしまった事に驚きさえ感じます。看護師になろうとはっきり決めたのは、18歳位でしょうか?!
当時、私は、大学に行って英語の先生になる目標を持って、猛勉強をしていました。しかし、父が病気になり経済的な問題で、大学進学を諦めることになりました。親に負担をかけないで、就職か進学か悩んでいた時に、進路担当の先生が「働きながら学んで手に職を就けられる看護学校がある。きっと合格出来るから」という勧めに、素直に進学を決めたということが理由といえば理由です。
あの時、あの先生の勧めがなかったら、現在の私はいなかったと思います。今思えば、自分に合った素晴らしいアドバイスだったと、思います。
看護師になって良かったことは、困っている人を助ける事ができる事だと思います。
あの当時、女性の専門職といえば、「看護師・美容師」この2つしか知らない自分でしたが、今となっては、看護師で良かったし、これからも医療の現場で患者様と向き合い続けたいと心から願っております。そして、患者様に様々な事を教えてもらい、学んで行きたいと思っています。
長い年月で病院は、自分の中で仕事の場、学びの場、生活の場と、たくさんの時間を費やす場所になりました。なにより私にとって、大切な仲間がいる場所になったというのが本音です。
どうぞ、患者様、スタッフの皆様これからもよろしくご指導お願い致します。

投稿者:ICU師長 大島 由加子

「私が看護師をめざしたわけ」 外来師長 岡部 睦美

投稿日時:2011年3月8日 14:14 火曜日

私が看護師をめざしたきっかけとなったのは、小学生の頃、祖父に
「将来は看護婦になったらいいんじゃない?」と言われた一言です。
新聞を読みながら、ふっと思いついたように言ったのですが、なぜかずっと私の心の中に残っていました。
高校生になり、進路を決定するときにも、あまり悩まず自然とその方向に進んでいました。
後になって、「おじいちゃんが勧めてくれたから、看護師になったんだよ」と言うと、「そうだっけ?」と覚えていない様子。人の人生を左右するようなきっかけって、どんなところで発生するかわからないものですね。
でも今となっては、きっかけを作ってくれた祖父に感謝しています。
そして私が、長く看護師を続けてこれたのは、患者さんや一緒に働く仲間に支えられたからだと感じています。

これから看護師になろうと考えている皆さん
きっかけはどうあれ、本当にやりがいのある仕事です。
一緒にがんばっていきましょう!!

投稿者:外来師長 岡部 睦美

「私が看護師を目指した理由」 産婦人科病棟 東海林 かち子

投稿日時:2011年3月1日 11:02 火曜日

私は看護師を目指した大きな理由と呼べる出来事は特にないが、幼いころ体の弱かった私は父に背負われ通院していたが、病院の独特の臭気と、上からじっと見られていた医師の目が怖かったことを記憶している。このことが看護の道を歩むきっかけとはなっていないが、母の「女の人も何か手に職をつけた方がいい」いう言葉と教師から勧められ、看護の道に進んだ。
今、看護の道を振り返ると、この仕事は自分にとって天職となっている。
看護師になりたての私は、患者さんから、看護師さんを呼んでといわれてショックを受たり、頑張って立派な看護師になって下さいとメッセージを残し亡くなられた患者さんの言葉に励まされことなどが、看護の道を進む原動力となっていた。また、お兄ちゃんを亡くした小さな子供に白衣の裾をつかまれたまま抱き涙していた自分が思い出される。
今まで、看護の道を歩んでこられたのは、患者様や自分をとりまく全ての人が自分の師となっている。
今後も、皆さんの声に心を傾け歩んでいきたいと思います。

投稿者:産婦人科病棟 東海林 かち子

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