「車の話2」 宮城 登
2020年01月20日

私の二台目の車は、当時売れていたマツダの赤いファミリアターボハッチバック1500XG-Rです。115馬力、トルク16.5㎏の前輪駆動です。

この頃はアンチロックブレーキングシステム、エアバッグなどの安全装置やエアコンもなく890㎏という軽量とあいまって猛烈な加速力がありました。70タイヤに代って発売された185/60R14のタイヤはグリップ力があり強い安定性を示しました。

しかしパワーステアリングも装着されていないため、低速走行時にはハンドルの操作は異常に重く、車庫入れの時には気をゆるめると戻ろうとするハンドルに手がはじかれるほどでした。購入当時、冬タイヤはスパイクタイヤだったので凍結路でも困ったことはありませんでしたが、その後スパイクタイヤが禁止となりスタッドレスタイヤに移行しました。そうすると冬の坂道発進などでスリップするようになりました。

また結婚して家族や親戚を乗せる機会が増え、2ドアの乗用車に不便をかんじるようになり、次の車は4輪駆動の4ドアセダンにしようと決意したのでした。

投稿者整形外科主任部長 宮城 登
「コンサートの夜」長尾 知哉
2020年01月14日

高校2年生までさかのぼる。物理の授業中に隣は教科書ではなくグラビア週刊誌を広げていた。

「おい、森高千里が来るで」

「モリタカ?何しに?」

「そら、コンサートや」

「それは行かないかんのー」

 携帯もない、コンビニもない、「ぴあ」もなくCDショップでチケットが売られていた時代、先行発売もない。いい席をどうやって確保するか?単純である。我々が選択したのは「夜中から並ぶ」ことであり、発売日の午前3時に集合した。それでも同好の士であり争奪戦の敵は集まってきた。30人ほど集まっただろうか。深夜放送で朝まで寝ないのは慣れていたが11月の夜中は四国であってもさすがに寒い。「ストレスが地球をだめにする」と思いながら缶コーヒーを手に開店まで6時間ひたすら待った。

 しかし、座席は開店時に来ていた人でのくじ引きであり、6時間寒空の下で立っていただけであった。それでも我々は7列目をゲットした。放課後学ランを脱ぎ私服に着替えた我々は近くの市民会館に向かった。見上げたモリタカは美しく眩しかった、としか書けない。やがてコンサートは終わり、うどんをすすりながら受験関係なく来年もコンサートに行くことを誓いあった。寒い日だったが、「星空が広がっていた、あの夜は」。

 大学を出た私は「(それだけではないのだが)東京に行けばモリタカに会える」と上京した。しかし、わずか2ヶ月後、江口洋介に獲られた。ワイドショーの音声を耳に診察を終え病室を出た私は、東京での浮かれ気分を捨て、真面目に医者をすることを心に誓った。「これからがほんとの私の青春だわ」と。

 あれから20年経った。あの時以来全国ツアーをするモリタカに私は会いに行った。ステージには変わらず美しく眩しい森高千里がいた。モリタカはオバさんになったと自ら言う。ということは当然ながら私はオジさんになった。しかし「私は今、生きている」のは17歳の夜と何も変わらない。

投稿者外科/乳腺外科医長 長尾 知哉
「家族旅行」 河井 紀一郎
2019年12月24日

 かねてから娘が行きたがっていた壬生寺や錦天満宮、私が訪れたかった二条城などを観に、家族旅行として今年の3月に京都を訪れました。

 最終日にはあまり下調べもせず、軽装で伏見稲荷大社を訪れました。本殿でお参りし奥に進むと、有名な千本鳥居が見えてきました。さらにその奥には海抜233メートルの稲荷山があり、他の観光客につられて登っていくのですが、どこまで行っても鳥居と大社ばかりで頂上になかなか着かず2時間弱かけてやっとのことでたどり着いた感じで、予習は大事なことと再確認しました。

 帰りは登った道とは違うルートを降りていくと、子宝、安産にご利益があるお産場稲荷がありました。小さな稲荷でしたが、職業柄、これからも産婦さんが無事にお産ができるように、と祈願して来ました。このような稲荷があるとは知りませんでしたが、家族と共にお参りできて良い思い出でした。pasted-image-10.jpgpasted-image-12.jpg

投稿者産婦人科部長 河井 紀一郎
「『群れ」の話-イヌは群れる、ネコもトリもサカナも群れない-」 成田 光生
2019年12月16日

 そもそも「群れ」とは何だろう?生物学的に「群れ」は、幼体から成体までを含む複数の家系による共同生活体であり、そこには'リーダー'が存在する。この意味で「イヌ科の動物」は、「群れ」を作る。古来、'野犬の群れ''ハイエナの群れ'などとして「群れ」という表現がイヌ科の動物についてしばしば使われるのは偶然ではない。さらにこれと対極としての'一匹狼'という言葉が存在するのは、そもそもイヌ科の狼は「群れる動物である」ことを前提にしているからである。

 これに対し、「ネコ科」の動物は、「群れ」を作らない。よくサバンナなどで数頭のライオンが'群れて'いる映像を見るが、あれは1匹のオスを中心にして数匹のメス、そしてその子どもたちという'単独の家系'が集合している「ハーレム」と呼ばれる集団であり、「群れ」ではない。また'野良猫の群れ'という言葉も聞いたことがない。よく公園などに野良猫が集まっているのは、そこにいると餌があたる確率が高いという個々のネコの判断から集まっているだけであって、それぞれのネコは別行動である。

 小さなトリやサカナは種族を保存するのに都合が良いので本能的に「巨大な集団」を形成しているが、実は個々は別行動でありリーダーも存在せず、意外なことにこれは生物学的には「群れ」ではない。ちなみに岩波の国語辞典(第四版)を引いてみたら、「群れる」の項には「鳥が'群れて'飛ぶ」という例文が出ていた。文系ならこれで良いのかもしれないが、理系的には「鳥が'集団で'飛ぶ」が正しい。

 我々ヒトの集まりは...ただ生きるためだけに集まっている「大いなる個の集団」ではなく、あくまで共同生活体としての「群れ」であることを願いたいものである。

投稿者小児感染症部長 成田 光生
「学会発表」 東 直樹
2019年12月09日

昭和63年3月に医学部を卒業して、30年以上経過した。珍しい一症例や症例を集めて検討して、年数回のペースの割合で学会にて発表してきた。

最初のころ、上司(いわゆる上級医)と相談しながら、発表の予行をして、問題点や想定される質問に対して、討論を重ねて答えを準備する。ただ、時折問題症例に対する質問の答えを用意することが難しい場合がある。

20年前の症例である。症例そのものは珍しいのであるが、問題点があった。

発表の予行練習中のことである。

「E先生、症例そのものはいいですが、手術の選択の点で、質問されたら困る点があります?」

「うーん、まあ大丈夫でないか?」とE先生。

「でも、T病院のM先生は必ずそこを突いてきますよ。」と私がいうと、

「その発表演題の座長はわたしだから、困ったらこっちを見ろ。助け船を出して、フォローするから」とE先生。

「そうですか・・?」と(不安な)私。

「大丈夫、大丈夫。」とE先生。

発表本番である。発表演者は私、座長はE先生。発表後、T病院のM先生から、予想通りの質問がきた。答えは用意されていない。

ちらっと座長のE先生を見た。

私に見られたE先生、さっと視線をそらして、反対側の向こうを見た。

(やられた!!!)

仕方がないので、もしかのために用意していた苦し紛れの返答で逃げ切る。質問したM先生、しぶしぶ了承した。

終了後、

「出来、質問の答え、よかったじゃないか!」とE先生。

「え?(見捨てたくせに)。」

「大丈夫、大丈夫。OK。」とE先生。

(どこが大丈夫なのだろうか?)

という感じで、研鑽(?)を積みかさねて、相変わらず発表しています。今となれば楽しい(?)思い出です。

投稿者:消化器内科部長 東 直樹