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「私が看護師になった理由」 内視鏡室副主任 原 美希

投稿日時:2011年4月13日 08:53 水曜日

こんにちは、内視鏡室の原と申します。
このエッセイを書かせていただくにあたり、思ったこと・・
「このエッセイってどんな方が読んでくださっているのだろう」ということです。
地域の住民の方でしょうか、看護師になりたいと思っている学生さんでしょうか、
はたまた当院に入院されている患者さまのご家族でしょうか。
どなたであっても、当院に興味を持っていただき、本当に嬉しい限りです。

さて、本題に入りたいと思います。
私は、小学生のころ苫小牧という街に住んでおりましたが、そこで出会った小学校の担任の先生たちは
とても個性にあふれ、素晴らしい先生ばかりでした。
学級歌を作詞・作曲し、毎朝歌う仁丹の匂いのする先生
通学時遊びに夢中になり2時間目終了後にたどり着いても、まずは楽しかったか?と聞いてくれる先生
定期演奏会を開催し、自慢のフルートを披露してくれる先生
愛妻の作ったお菓子を、給食時間に誇らしげに配ってくれる先生  など
本当に記憶に残る先生ばかりで、その影響か高校に入るまでは、学校の先生になりたいと思い、
教育大学に進学しようと思っていました。
私の通っていた高校は、看護師になりたい生徒が多く、2クラス分は優に超える程でした。そのなかで、高校2年にもなると将来について熱く語る友達がどんどん増え、当然看護師志望の子も周囲に多く、看護師の素晴らしさを毎日のように耳にする環境でした。
そして、親友の子がある日・・教育大学に看護の先生になれる科はないの?と私に尋ねました。
そうか、私は人と接することは好き、看護師の先生も悪くないな。何年も先の話だと思うけど・・と思ったのがきっかけでした。
しかし、命を預かる大変な仕事です。母親は心配し、止めた方が良いと最後まで言っていました。
看護師になり十数年経った今でも、いつ辞めるの?いつでも辞めていいのにと心配しています。
辞めていいと言われると、負けられないと思う私の性分を知ってのことでしょうか(笑)
そして今では、小学校の頃に出会った素晴らしい先生達にも負けない程の、素晴らしい先輩や仲間に
出会うことができ、日々刺激を受けながら勤務しています。
その先輩にいつか追いつく事が出来るように、頑張りたいと思う毎日です。

投稿者:内視鏡室副主任 原 美希

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