「空不異色 空即是色」 久野 健二郎
2019年04月15日
6等星まで見えるような田舎で少年時代を過ごした私にとって、星空や宇宙は好奇心をそそられる対象であり、図鑑や本を読んでは憧れを抱いておりました。何時かは宇宙に関わる事ができればと考えつつも、その後の努力と能力の欠如により現在の職に至る次第です。

日本時間2019年4月10日22時、世界で初めてブラックホールを撮影した画像が公開されました。
以前から地球規模の電波望遠鏡による観測プロジェクトでその姿が捉えられるであろう事は予測されていたとはいえ、発表会で現実に映し出された画像はたった1枚であっても大変なインパクトを与えたことと思います。

ひとつは観測技術。分解能が視力300万相当で月面上のゴルフボールを地上からみて解像するぐらいと。凄すぎてなんだかよく解りません。
ということは4cmぐらいのものが40万kmぐらい離れて分かるのだから‥と考えてみて、1万キロ先からクレジットカードの厚さがわかる、1000km先から髪の毛を見分ける、100km先から赤血球が見えるぐらいを判別し画像化するぐらいの事なのかと。結局これらも凄すぎてやはり実感からは遠いものです。

もうひとつは、凄いものがやはり本当に存在しているという事でしょうか。
5500万光年もの彼方に(専門家によれば、これでも近いものだと)、太陽の65億倍もの質量と太陽系のサイズを軽く超えるというブラックホールの存在に、少年時代に感じたような、宇宙への畏敬の念を感じつつ思いを馳せております、

ただし随分と眼が悪くなり、空は明るくなりました。
宇宙を見上げながらではなくて、すべてパソコンの画面を眺めながらと言うのは、たいそう風情を欠ところであります。

投稿者麻酔科部長 久野 健二郎
「認知症の治療方針」 和田 好正
2019年04月08日
今回は認知症の治療方針について考察してみます。というのも、認知症の専門医に紹介しても、患者があまり良くならないことが多いからです。周りに、アリセプト10mg+メマリー20mgのフルドーズ処方されて、精神的に不安定になっている方はいらっしゃいませんか。医師の教育制度の問題でもありますが、医師は診断名を見つけ、その病気を治療しようと試みる事が多い傾向にあります。しかしながら、患者や患者の家族は、今現在の病態を改善してくれと願うのです。特に認知症患者を抱えている家族はそうです。

一例を挙げてみましょう。
明治時代、脚気は心疾患による死亡率の高い病気でした。今でこそ、ビタミンB1不足によるものと分かっていますが、当時は原因不明の疾患でした。当時、陸軍はドイツ医学が主流で、コッホによる結核菌の発見等もあり、感染症学が大ブームでした。そこで、陸軍軍医の森林太郎(ペンネーム 森鴎外)は、まじめに、脚気菌の発見に努めました。当然、見つかりません。一方の海軍はイギリス医学で、実践医学を重んじていました。半年や一年も同じ舩に乗っているわけですから、簡単に兵隊が死んでは大変です。そこで、考えました。脚気になるのは、主に下級の兵士で、当時はまだ貧しく、白米が当たると喜んで、白米だけをたらふく食べていました。対照的に、上級の兵士は、白米以外にも色々な食材を摂取し、脚気の発症はほとんどなかったのです。そこで、海軍は、脚気の原因は不明だが、恐らく食事によるものだと考え、兵士全員に同じ食材を摂取させたところ、脚気の発症が激減したのです。このことを、陸軍に知らせたのですが、軍医の森は言う事を聞かず、多くの陸軍兵士が脚気で亡くなりました。文筆家としては優秀だった森も、軍医としては、残念だったという事です。

認知症の治療にも、同じような感覚が必要となってきます。というのは、最終的な診断は、脳の解剖によって下されるという事です。これにより、生前はアルツだったが、解剖でレビーと判明したなんてことは、よくあるんです。ましてや、亡くなってから、脳の解剖を承諾してくれる家族は、ほとんどいません。我々臨床医は生きている人間を診るわけですから、正しい診断よりも、正しい病態把握をし、それに応じた、海軍の医学を実践していったほうが、より有効な治療補助が可能となってくるのです。

具体的には下記のような考え方をします。まず、長谷川式スケールなどで、どのタイプの認知症があやしいか、あたりをつける。次に、その患者の周辺症状を改善する。うつ傾向だったら、元気にし、興奮傾向だったら、抑制する、というやり方です。そこで、ある程度コントロールされてきたら、抗認知症薬の投与を開始する。この際に、重要なのは、少量の投与から開始するということです。このような順で、投与していくと、間違いを起こす確率が減ります。そして、あの悪名高い、増量規定に従わないことです。誰が、何を根拠に考えだしたのか、認知症治療薬すべてに、増量規定があります。しかし、これに従って良くなる患者はいません。少量で効いていれば、その量で、止めておくべきなのです。レビーは、薬剤過敏性が主な症状なのですから、なおさらです。認知症患者は、これから、どんどん増えていきます。特効薬はありません。但し、薬をうまく調整すれば、進行を遅らせる事ができ、医療費の削減にもつながるのです。まさに、匙加減一つです。ちなみに、匙とは医者の事で、江戸時代に漢方薬を調整していたことから、こう呼ばれ、今でも皇室では、医者を、匙と呼んでいます。


投稿者健康管理センター医師 和田 好正
「車の話」 宮城 登
2019年04月01日

 私が初めて買った自動車は1975年式のカローラセダン1200DXでした。カローラの中で最も車格の低い、今では見られない2ドアセダンという形式です。
重量760㎏、71馬力、タイヤサイズ155/82/12、後輪駆動、フェンダーミラー、という仕様です。大学一年生の時になけなしのバイト代を貯めて買いました。
当然エアコンなどは装備されておらず、暑くなるとビニール製のシートと相まって、汗で体がシートに張り付き非常に不快なものでした。夏の間は馬力がなく加速が遅いのと、高速道路で100㎞/hを超えるとシミー現象でハンドルが震える位の不都合しかなかったのですが、冬になると、車体後部が軽いため、上り坂で蛇行したり、坂道発進に難儀したりしました。しかし当時は、ほとんどの自動車が後輪駆動であり大差はありませんでした。ただスバル社だけは当時から四輪駆動車の生産に力を入れており、冬道でスバルレオーネなどに後ろに付かれると、早く抜いてくれないかなあなどと思っていました。次に買う車は四輪駆動車とは言わずともせめて前輪駆動にはしようと深く決意した次第です。

投稿者整形外科部長 宮城 登
「いく人、くる人」 紀野 泰久
2019年03月30日

また今年も年度末となりました。札幌徳洲会病院でも3月には多くの医者が新天地に移動していきます。
外科でも後期研修医の武田智弘先生、外科専攻医の間優衣先生が当院での研修を終えて次の研修病院へと移動となりました。武田先生は1年半、間先生は1年間と決して長い時間ではなかったのですがたくさんの症例を経験していきました。お疲れさまでした。二人は旭川医大の人事で旭川厚生病院に移り研修を続けていく予定となっております。立派な外科医となるよう頑張っていただきたいと思います。
去る人があれば来る人もありということで、4月には新しく研修に西越祟博先生が旭川厚生病院から来ます。当院は臨時手術が多く大変とは思いますが頑張っていただきたい。

さて関係ないですが平成最後の年度末、4月1日には新元号発表とのことですがどうなるでしょうね。

投稿者外科主任部長 紀野 泰久
「女医」 小野寺 麻記子
2019年03月19日

 あまり知られていませんが、当院の歯科口腔外科には女医(=私)がいます。
皆さん「女医」と聞いてどのようなイメージがありますか?
女医さん、ちょっと頼りないな…といったイメージも、優しそうかも…といったイメージも様々あるでしょう。一昔前であれば、マイナスのイメージも多く聞かれましたが、当たり前ですが、女医であろうと男医であろうと善し悪し、がありますので、女医のくせに…というのもおかしいですし、何が何でも女医がいい!なんてわけもありません。
それでもやはり、女医であることが強みとなる場合もあり、歯科の分野でも、女医のニーズは比較的多くなってきたように感じます。
とはいえ、女性の歯科口腔外科専門医は、広い北海道の中でも8名しかおりません(2019年2月現在)。稀少ですね^^
稀少と聞けば、ちょっとは見てみたくなるものですよね^^
病院なのでできればお世話にならないのがよいのかもしれませんが、もしも必要があって受診されることがございましたら、「女医さんで…」とご用命ください!

…と、ここで小さくアピールしておきます。
当科にはもちろん(男性の)経験豊富な口腔外科専門医と歯科補綴専門医という2本の大黒柱が構えており、外科的な治療から補綴(冠や義歯など)治療まで見据えた連携治療にも力をいれております(近隣のかかりつけ歯科とも連携していきます)。私も、患者さんに寄り添う医療を極力心がけ、日々の診察を頑張ります。

投稿者歯科口腔外科医長 小野寺 麻記子
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