「標準治療 の落とし穴」 浅賀 浩孝
2019年03月04日
標準的な患者様においては最善の治療法。 要すればそれが標準治療です。

標準治療でググれば、拒否・癌・乳がん・小林・代替治療など(皮膚科関連ではアトピー)が関連するキーワードとして上がって来る。 その是非が話題にされている証左です。主要な疾患では 科学的な根拠(エビデンス)に基づき 診療ガイドラインが策定されており、診療科によらず診断が確定的であれば、普通に標準治療が選択されるでしょう。当科においても基本的に標準治療が選択されます。 全くの初診であれば尚更です。

ところが既に他院で(或いは他科で)標準治療中にも関わらず その結果(主に治療の効果)に満足できず 多くの方が当科に足を運ばれます。よくよく話を聞いてみると、先ず基本的なスキンケアの指導が十全に為されていないケースが殆ど。 標準治療にもスキンケアの重要性は明記されているものの、その指導に多くの時間を割いたところで直ちに診療報酬が得られるわけで無いばかりか、それで治ってしまったら医者も薬も要らんだろうちゅう事ですわな。 治しきれるものを治しきらないケースはまだしも、治し得ないものに対し延々と不毛な治療が繰り返されているケースもしばしば目にします。もう20年近く 此の地で診療に携わってきた当初から気になっていた事ですが どこも経営は大変なのでしょう…

話を元に戻すと、患者様は皆それぞれ個性的で 標準的でないのがむしろ当たり前なのですから、推奨度は低いながらもガイドラインは代替治療を禁じてはいないのです。標準治療と代替治療は必ずしも相反するものではありません。 実際 私はよく漢方薬を処方しますが 標準治療だけでは効果不十分なケースはもちろんの事、そもそも標準治療を用意できない 西洋医学的診断不確定のケースにも使い回せて とても重宝しております。 皮膚が治った後も 服用すると全身の調子が良いと言って来られる方も少なくなく 望外の喜びです。

思いの一割も伝えられぬ文才のなさに嫌気がさしてきた 中途ではありますが この辺で筆を置きたいと思います。

投稿者皮膚科部長 浅賀 浩孝
「プライマリセンター」 木島 真
2019年02月18日
 私はプライマリセンターの医師として夜間の救急医療や臓器専門医の対象とならない主に高齢者の診療に携わっています。80代や90代の高齢者が感染症などで入院してきますが、患者さんの入院前の生活の状態によって同じ肺炎だとしても回復の過程は異なり、肺炎が治ったとしても、ベッドで寝て点滴を受けている間に元の体力まで回復できなくなることがしばしばです。また食事摂取の力も低下して生命維持に必要な栄養や水分摂取ができなくなり、延命的な栄養補助をするかどうか本人やご家族と話し合っていかなければならないこともあります。

 こういった入院患者さんの治療は、肺炎などの感染症に対する抗菌薬治療のみならず、もともと飲んでいる内服薬で体に負担になっていたり副作用を起こしかねないものを薬剤師と相談して取捨選択したり、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士といったスタッフにもとの生活に復帰できるように積極的にリハビリテーションを行ってもらったり、看護師には薬物投与だけでなく、食事介助、排泄、気道吸引といった医療処置と介護処置の量を見極めてもらい、医療ソーシャルワーカーと共にもとの生活環境、療養環境に復帰できるかどうか、できない場合には今しばらくの療養を療養病院に転院してもらうように調整したり、場合によっては延命治療を行うかどうかや看取りをどうするかといったことなどを、上記の多職種からなる医療チーム全体で日々相談しながら、できる限り患者さんやご家族に納得していただけるように日々取り組んでいます。

投稿者プライマリセンター部長 木島 真
「心に響いた言葉 その弐」 斉藤 琢巳
2019年02月12日
・なべおたま・・・福井大学医学部総合診療部教授 林寛之先生の発案した語呂
るほど」「強になります」「っしゃる通りです」「かに」「たご指導お願いします」
ふと目にしたWebのページで知ったこの語呂は一般社会で発案されたものだと思っていた。しかし、どうやら医師、特に研修医のための語呂らしい。教えられ上手の研修医になるため、あるいは、ぶっきらぼうな上司に対する必殺の呪文として紹介されている。そういえば昔「なるほど~」と事あるごとに発声していた研修医君がいたなあ。そんな彼も立派な泌尿器科医として当院に派遣されており、私の相談事にも応じてもらっている。私も研修医の頃にこの語呂を遵守していればもっと出世していたかも・・・・。

・人は判断力の欠如により結婚し、忍耐力の欠如により離婚し、記憶力の欠如により再婚する ・・・フランスの劇作家アルマン・サラクルーの名言
これを見たときは、なるほどうまいことを言うなと、うなってしまった。結婚話も離婚話も、身近な人だったり芸能人だったり枚挙にいとまがない。そのすべてにおいて判断力や忍耐力が欠如していた故の・・・とは思わないが、該当するケースも多々ありそう。身近な例でもいろいろと感慨深いケースがゴロゴロしているが、詳述する訳にもいかないのでこの辺で筆を置く。自分としては、忍耐力を向上させるべく精進したい今日この頃である・・・・。

投稿者外科医長 斉藤 琢巳
「ホモサピエンスの心」 関山 伸男
2019年02月04日
七百万年前に人類はチンパンジーと共通の祖先から分かれたと考えられている。人類は地上生活に適応して進化し、チンパンジー類は樹上生活に適応して進化した。人類は、豊かな森の生活が上手な類人猿に森での生活を奪われて、森の周辺の疎林や草原に追われた。樹上生活において足の構造が類人猿よりも劣っていたためと思われる。地上に降り立った人類の最大の特徴は直立二足歩行と犬歯の退化であるとされる。直立二足歩行は生物学的に見ると大変不利な移動方法で、肉食獣などに簡単に負けてしまう。
生物学的に不利と思われる直立二足歩行は食物を持ち帰るための手の働きを確保するために必要であったと考えられるが、肉食獣に滅ぼされなかったのは子供を生む数が多かったからとのことである。すなわち食物を集めるものと子育てをするものに役割分担がなされて子供の数が確保されてきたために滅びなかったものと思われる。家族単位の生活が確立したため、仲間内での雌をめぐる争いが無くなり、犬歯もいらなくなった。
さらに、弱いものは集団で生活をすることによって肉食獣による犠牲から生き残る数を確保したものと考えられている。このような弱い生き物が家族単位で集団を形成維持するには多くの問題を解決していかなければならず、そのために大脳が大きくなったと結論されている。しかしわれわれホモサピエンスに至って言葉や話したり文字を使って知識を記録したりするようになったため大脳はかえって小さくなったといわれており、事実ネアンデルタール人の方が大脳は随分大きい。もちろん部分的に見ると情報処理の前頭葉は大きくなっているとの事であるが。
一方で言葉や文字は物事を抽象化してしまっており、お互いに意思の伝達が容易になったように見えても、かえって心の中が十分に伝わらなくなってきたようにも思われる。ネアンデルタール人が生きていたらホモサピエンスとは違った心の伝達方法が見られたかもしれない。
とりあえず現状ではわれわれホモサピエンスは他人の心の中に入り込むことは出来ないでいる。そのために幼い子供を虐待したり平気で他人を殺めてしまっており、そこまで行かなくても無意識のうちに他人の心を傷つけることは日常茶飯事である。薄井はナイチンゲールの考え方を科学的看護論として理論的に仕上げた中で、このようなホモサピエンスの頭の構造を見通しており、少なくとも他人との関わりを持とうとする人達であれば、他人を理解する方法としては他人との遣り取りの中で他人の心を自分の心の中に再現してみることが必要であり、このような方法を訓練しなければならないと述べている。
このような相手の心を知ろうとする手段を持たないでマニュアルやガイドラインに頼る関係をとるならば、他人に対して良かれと思う気持ちは一方的な押し付けになりかねず、余計なお世話となってしまうに違いない。ホモサピエンスの心は千差万別に仕上がるように進化してしまったのである。

更に詳しく知りたい方へ:
(1)「ヒトの起源を探して」イアン・タッタソール、大槻敦子訳 原書房
(2)「絶滅の人類史」更科 功 NHK出版
(3)「科学的看護論」薄井坦子 看護協会

投稿者内科診療科部長 関山 伸男
「Ressentiment contre la voiture(車に対する怨恨)」 小笠原 卓
2019年01月28日
 僕の(人生における)一つの夢は、カッコいいセダンタイプの車に乗ること…。

 僕の車に対する想いは少々複雑だ。よく言われる様な”車好き!”という訳ではなく車に(異常に)執着しているといった方が適切か。その想いを持つに至った経緯を少しだけお話ししたい。
 事の発端は、大学生の時に自分の車を手に入れることができなかったことに始まる。交通機関が今一つの田舎の大学であったため、同級生のほとんどが自分の車を持っていた。看護学科の学生も一定数持っていた。世間一般のイメージでは、医学生は(裕福で)、親に買ってもらった外車(か高級車)を乗り回し…なのだろうが(?)、外車どころか愛車もない(自転車はある)。「車なんて学生のうちは贅沢だ」と反論される方もいらっしゃるだろうが、是非想像してみてほしい。最上級生になって、部活の車出しの時に、新人1年目の看護学科の学生に車に乗せてもらう肩身の狭さを…(先輩ッテ車持ッテイナインデスネw)。バイトで稼いで親と交渉する方法もあったが(実際バイト代を貯めれば中古車くらいは買えた)、父親に「学生のうちに車は持つな」と厳命され、それ以上言い返せず交渉すらできなかった自分の気の弱さが口惜しい。
 そういうことで、働き始めたら“絶対高級車を買ってやる!!”と意気込んでいたが、当然激務で車を買いにいく余裕もなく、子どももどんどん増え、結局働き始めて5年、自分名義ではあるが、自分の車ではなく、妻用の車(軽自動車)を買えた。アレ?自分の車は?
 自分の車が買えないことに苛立ち、一時期車の雑誌を毎月買って「車欲しいアピール」を毎晩の様に続けたが、働いたお金は生活費にどんどん消えていくため、アピール虚しく購入できず。
 その後しばらくしてセカンドカーとして購入したのは、家族全員が乗れる大型車。うん、これじゃない、僕が欲しいのは。自分が所有したいと思う車は、もっさりした大型車ではなく、セダンタイプの車なのである。その後も色々物入りで、当面は現在の車を利用するしかない状況である…。
 この境遇を不憫に思ったのか、子どもの養育が終わったら「あなたの好きな車を買っていいよ」と妻は言ってくれている。すごく嬉しいコメントだが、待てよ…。養育が全て終わった時点で、自分は50歳を超えている。50代でホクホク顔をしながら、初めて高級車を購入するのはどんな感じだろう?運動機能も今より落ちているし、若い時に車を運転する時に感じるような感動はもはや無いのではないか?そもそも車に対する屈折した思いが残っているだけで、車を運転する喜びなど、実際にかかる金額ほどないのではないか?もっと言えば、今現在本当に自分は自分の理想の車が欲しいのか?などと疑問に思ってしまうのである。

 どこかの偉い社長さんが“若い者は車を買わない”とか研修医が“僕、ポルシェに乗ってます”といったコメントを聞くと、いまだに一瞬顔がひきつる。でも実際問題として、お前は50過ぎで好きな車を購入するのか(できるのか)と言われると、まだわからないとしか言いようがない。
 
夢は叶わないほうが楽しいのかもしれない、とも思う次第である。


投稿者小児科医長 小笠原 卓