「ラベンダー刈り取り体験」 折居 史佳
2019年07月29日

リレーエッセイの順番が昨年と同じ月に廻ってきました。昨年は豊平公園のアジサイを見に行ったのですが、いくら同じ月とはいえ同じお花ではちょっと、と思い、今年はラベンダーを見に行ってきました。

検索サイトで「札幌 ラベンダー」と入れると、ラベンダーの名所がいくつか検索されたのですが、「ラベンダー刈り取り体験」に惹かれ、札幌生活10年目にして初めて羊ヶ丘展望台へ。入場料520円を払い、なかに入ります。駐車場に車を停め、まずは、クラーク博士の像へ。人がいっぱい。記念写真を撮っています。駐車場の周りを見渡してもラベンダー畑らしきところは見当たらず、案内所で聞くことに。建物の裏側に畑があるとのことで、行ってみると、緩やかな芝生の斜面にラベンダー畑がありました。

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ラベンダーはシソ科の植物で古代エジプト時代から芳香植物として、芳香剤や保存剤として、また香り付けとして食用に使用されていたとのことです。ラベンダーの種類も20種類近くあるそうですが、おそらく羊ヶ丘展望台のものは、イングリッシュラベンダー(コモンラベンダー)と呼ばれるものではないかと思います。

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ラベンダー畑の斜面の上の方にテントが立っており、そのあたりに人がたくさん集まっています。斜面をあがっていきますと、テントが刈り取り体験の受付でした。係りの男性が「ひとり50本程度刈り取ってください、一つ目の葉っぱの下をはさみで切って下さい」とはさみと輪ゴムとレジ袋を渡してくれました。刈り取って良い畑は人がいっぱいで一度しゃがんでしまうと左右に移動できないくらい。そそくさと50本ぴったり数えて刈り取り、その場をあとに。帰りに休憩所で、ラベンダーソフトを食べて帰りました。

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刈り取ったラベンダーはポプリにできるそうなので、乾燥させてみました。並べたラベンダーからほんのりとラベンダーの香りがひろがって、初夏の夕方にゆったりとした気分になれました。

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投稿者IBDセンター 折居 史佳
「進撃のゆくえ」 大島 美保
2019年07月22日

今、こどもの影響で読み出した「進撃の巨人」のラストが気になっています。物語は佳境となり、すでにラストも決まっているようです。漫画、アニメが大ヒットし社会現象となったこの物語は作者諌山創氏の処女作であることも驚きです。かつて流行に乗って小説も映画も全作制覇した「ハリーポッターシリーズ」も作者JKローリング女史の処女作でした。天才作家が姿を現す時は、それはそれは鮮烈なものなのですね。

そう言えば、私の地元、旭川出身の大作家、三浦綾子さんも自身初の長編小説で「氷点」を世に送り出しました。小説の舞台が身近で、容易に目前に広がる実感・共感があり、その壮大な人間描写にも魅了され、他の作品を読みあさったものでした。「塩狩峠」、「泥流地帯」の舞台も隣街。ドライブや出張で通りがかった時には、「この場所であんなことが起こったのか~」などと感慨にふけった若かりし頃を思い出します。

「進撃の巨人」は、得体の知れない人類の敵、〝巨人〟に食い尽くされないよう闘う話(あまりにザックリ過ぎますが)で、背景に描かれる人間模様や巨人に象徴される敵は現代社会を取り巻く多くの問題に読み替えることのできる重い話と受け止めています。読んでいて辛く、出口が見えない気にすらなるのですが、読み手の考え方や捉え方はまさに千差万別。とにかくどんな形となろうと楽しみにして、天才作者が導き出した結論を目撃したいと思います。

投稿者小児科医師 大島 美保
「診察室」 長尾 知哉
2019年07月08日

 いつもの曜日のいつもの時間です。今日は好きなバンドの話、勉強の話、バイトの話などなど、なにを聞こうか話そうか、もちろんあなたの体調はいつも気がかりです。

 いつもなら診察室のドアを3回ノックして入ってきてくれるのですが、その日は体調が悪くて来られないと聞きました。少し心配です。

 あなたが最初に診察室に来た日も3回ノックだったのでしょうか?かなりつらそうに入ってきたのは覚えています。あの日から5年あまりの日が経ちました。

 がんを乗り越えていくことは大変だったでしょうが、ほんとうにあなたは頑張ってくれたと思います。あなたの周りにはさまざまな病院内外を問わず、北海道を越えて多くのプロフェッショナルが集まってくれました。あなたは私とこれらの人々をつないでくれました。

 いっしょにがんと闘い、乗り越えて生きていくこと。あなたが生きる毎日は治療に携わる私たちも含め大きなチャレンジであり、冒険であり、夢でした。いっしょに喜び、いっしょに悩んだ日々でした。なかなかうまくいかないことが多くてごめんなさい。

 さよならは言いません。「たぶんまた来るよ」と思っています。いつもの曜日のいつもの時間に外来にいます。予約なんて要りません。ドアを3回ノックしてくれればあなただとわかります。

 あなたの主治医はこれからも、いつまでも私なのですから。

投稿者外科・乳腺外科医長 長尾 知哉
「アレルギー科エッセー」 續木 康伸 
2019年06月25日

アレルギーは早めに治療しましょう。治療が遅れると後から大変です。

投稿者小児科・アレルギー科医長 續木 康伸
「羽毛の進化-鳥は恐竜である・後編-」 成田 光生
2019年06月10日
 前回は「恐竜には最初は飛ぶためではなく、保温のために羽毛が生えていた」という話をした。その続きである。最も原始的な羽毛は、根元から多数の毛が多方向にふわふわと生えている、いわゆるダウン(ジャケットに使われる幼弱な羽毛)であった。ただしダウンには保温性はあるものの飛ぶ機能は無く、次世代羽毛として‘赤い羽根募金’の羽根のように、真ん中に羽軸(うじく)がありそこから左右対称に羽枝(うし)が生えている軍配形の羽毛に進化してゆく。そしてさらに最終段階として風切り羽と呼ばれる、左右非対称、つまり前側の羽枝は短く後側の羽枝が倍以上も長い羽毛が完成した。これは鳥が卵を温めている姿勢を想像して戴ければ分かるように、下側に向かって羽枝が長く伸びることにより少しでも地面との隙間を無くす意味で、保温のためには合理的な形である。すなわち一部の恐竜は、卵を温めていたのである。
 恐竜が鳥に進化するに至ったもう一つ大切なポイントが、骨である。恐竜の骨と聞くと化石になった、まさに「石の骨」が思い浮かべられるだろうが、実は恐竜の骨は、中身は軽石のように隙間だらけだったのである。すなわち恐竜にとっては体の軽量化がより大きく進化するための重要な課題であり、恐竜は骨を軽石化することにより、巨大生物となり得たのである。
 ある日、体の軽いやんちゃな恐竜が、わーいわーいと言って手=羽を振り回して遊んでいるうちに偶然、あれ?体が‘浮く’?ということに気づいた。あるいは木登りをして遊んでいたやんちゃな恐竜が誤って木から落ちて、思わずわー!と手=羽を振り回したらあれ?体が‘浮く’?ということに気づいた。たぶんそれが恐竜→鳥が空を飛んだ最初の瞬間なのではないだろうか。何億年も昔、遠い、遠い時代の話である。

投稿者小児感染症部長 成田 光生