「私の高所恐怖症」 永井 りつ子
2023年01月30日

私は高所恐怖症です。

気が付いたのはいつ頃でしょうか。学生時代はそうでもなかったと思います。

20年以上前のことです。ダイビングをしていた私は、ある深い海底から立ち上がった崖の近くにいました。足元には暗闇が迫っており、海底はどこまでも深く、戻ってこられなくなるような嫌な感覚に襲われました。海中は地上とは別世界です。あの独特の全身に感じる心地よさ、時にはウミヘビやサメに遭遇することはあっても、夜間はティンカーベルになれる神秘の世界が好きでした。でもそれは違うと気が付いた瞬間でした。自分の足元より下に底があるのは不安でしかなくなったのです。

10年以上前のことです。子供用のバルーンジャンボジャンプ台に登った時のことです。小学校低学年だった子供たちが楽しそうに2mくらいの高さから下のジャンボクッションに飛び降りるのを見届けた私は、係のお兄さんの励ましを辞退し、一人で元来た階段から降りていきました。

なぜこうなったのでしょう。VRを利用して色々な体験ができるようになった現在なら、経験を重ねていくうちに私の恐怖症も克服できるのでしょうか。

投稿者健康管理センター部長 永井 りつ子
「ジョン・ブラッドモア」 松本 啓
2023年01月16日

超常現象や都市伝説といった類の話に興味があり、いろいろ自分で調べたりもしています。今回、医学に関する不思議な話を一つ紹介したいと思います。

1403年にイングランドでシュールズベリーの戦いと呼ばれる内戦がありました。その戦いにイングランドの皇太子で後のヘンリー5世であるヘンリー王子も参戦していましたが、戦いの中敵の放った矢が左目の下に突き刺さり上顎洞から下顎骨まで15cm以上にもなる深い傷を負ってしまいます。当時の技術では誰も取り出すことはできないと思われていましたが、そこで選ばれたのがジョン・ブラッドモアという外科医でした。彼は金細工職人でもあり(この頃は医者でも他の職業を持っていたようです)、当時としては考えられない新しい手術器具を自ら作り出し見事に矢を取り除くことに成功しました。

その後、傷口をワインで洗浄し、そこに蜂蜜とテレビン油を浸した詰め物を傷口に詰め込み、20日後には傷は完全に閉じたそうです。

これにはとても不思議なことがあります。なぜ。ブラッドモアはワイン(アルコール)、蜂蜜、テレビン油を使ったのでしょうか。これらは全て抗菌作用のあるものですが、人類が細菌の存在を知ったのは1676年のことであり、それ以前には感染症の原因がなんであるか知られていませんでした(蜂蜜に関しては古代エジプトで包帯代わりに使われており知っていた可能性はありますが)。さらに、無菌手術の概念に関しては、1867年に発表された論文が初であり、15世紀初頭に傷口を消毒して感染症を防ぐという概念や何を用いるべきかをどのように知り得たのか全くもって謎です。

なかには、彼はタイムトラベラーではなかったのかと言う人もいます。

実は、この時彼はコイン偽造の罪で服役中だったそうです。もしかしたら、未来の硬貨を持っていてそれが偽造したものとみられたのかもしれません。そもそも、服役中の者に皇太子の治療を任せる事が不思議です。彼が特別な能力を持っていると考えた人が当時いたのかもしれませんね。

投稿者糖尿病内科部長 松本 啓
「ブラックジャックとドクターキリコ」 平山 傑
2022年12月26日

2022年より救急科部長として就任しました。平山傑ですよろしくお願いします。

リレーエッセーを依頼されましたが、エッセーってなんだよ、とりあえず困ったな。

まあ、得意分野で勝負しよう!ということで、お勧めの漫画を紹介しようと思います。

今更、医者が「ブラックジャック」をお勧めするのかよっ

と思われるかもしれませんが、

医療が進んだ現代でも色褪せない、絶対的な医療漫画の原点。まずは最初に紹介したいと思います。

ブラックジャックは無免許医であるものの天才外科医、その技と人間としてのポリシーに心動かされる作品ですが、今回紹介したいのはそのライバルともいわれるドクターキリコです。

「死神の化身」という異名をとりながら、法律に触れないように安楽死を請け負う医者として登場します。

殺人狂の様な印象を持っている方もいるかもしれませんが、その実「生きようとする意思がなく、医術的にも手の施しようのない患者の救済措置としての安楽死」を信条としており、無暗矢鱈と希望する安楽死を施しているわけではありません。

救える命は救いたいし、それでも救えない命にそれなりの終着点を見つけてあげる。彼の信条は今の高齢者終末期医療の考え方の参考になるのではないかと思います。

目の前の病気だけを治療することに主眼を置くのではなく、その患者さんの将来を見据えた治療方針を提示する。

もしくは安楽死とまではいきませんが手の施しようもない将来が予測できた場合は治療を行わないことも提示することが、今の医療には必要と考えられないかと思います。

スピンオフ作品「Drキリコ 白い死神」(脚本:藤澤勇希、作画SANORIN)の作中で

「医者が救えるのはせいぜい命なんだよ、患者の人生までは救えない」

というセリフがあります。その通り我々医者は生命を維持することができるかもしないが、そのあとに続くであろう人生までは保証できません。

全力救命した結果、介護度が上がり施設や家に戻れず、意思疎通も取れず何のために生命活動をしているのか、という状態になることもしばしばです。

認知症、寝たきり、全介助、治療困難な担癌患者、家族不在で本人も意思決定能力がない等、色々な高齢者、終末期医療があります。

我々も家族・本人が納得できる終着点も見据えた医療の選択と我々も提示していく必要がありますが、皆さんもどういう終末を迎えることを望むか、考えておく必要があります。

なんでも助けるブラックジャックは憧れる医師像ではありますが、私はドクターキリコの様な考え方も必要と思うことがしばしばです(安楽死は絶対にダメですが)。これを機に一度読み返してみてはいかがでしょうか。

投稿者救急科部長 平山 傑
「医療における倫理とは」 関山 伸男
2022年12月19日

 倫理あるいは医療の倫理はいまだに分かりづらいものがある。その理由は人文分野と言えども構造化をして理論的な体系化がなされずに現象レベルでの議論に終始しているからであろう。理論化とは、"現象レベル"の事象を"構造化(抽象化)"して頂点に"本質"を導き出す事である。倫理の科学的な構造化の前提として、我々は倫理の世界の中にいることを自覚しなければならない。倫理のイメージとしては、①社会の中で人と人との関係性を良い方向に導くこと、②人が他の人に"何かをしてあげたい"、他の人は"何かをしてほしい"との関係性の中で良い結果をもたらすこと、そして、③まず命を大切にすること、等が挙げられる。

 このような概念をもとに、倫理の本質をアプリオリに"社会生活に於いて命を大切にする行動"と定めて構造化を試みる。まず、この"倫理の本質"の構造を解説してみる。

 "社会"ということについては、二人以上の人の間の関係性を取り上げるもので、"何かをしてほしい人"と何かをしてあげたい人"といった関係性などが考えられる。この社会の背景にある倫理の位置づけは、"やってはいけないこと"としての法律、"やることを勧める道徳や慣習"、人を導くものとしての"宗教"、等が含まれる。このように倫理の世界に我々の関係性をはめ込んだものが"社会"であろう。

 次に、"命"ということについて考えてみる。古来我々は他の生物の生態を観察して、あるいは観察記録や報告を紐解いて命の実感を得ている。しかしファーブル昆虫記の中の昆虫の死は少しも恐怖や不安や恐れを感じさせないが、それは、個々の昆虫の死は必ず卵を産んで次世代への同じ形の昆虫の再生につながるからである。しかしこれらの生き物にも悲惨な死を見ることがある。それは種の絶滅で、このような形での命の消滅については心が動かされる。人の死はどのようなものであろうか。人は他の生物と同じように人からうまれて同じような姿かたちを受け継ぐ。しかし人は成長の過程で認識を膨らませるため、成長していくにつれて他と大きく異なった存在となる。その人の特性や人格はその人だけのものとして存在し続け、それが死を迎えた時にはこの世のたったひとつの存在が消滅してしまい、次世代にも引き継がれることもないという恐ろしく悲しいことになる、すなわち人は生まれながらに絶滅危惧種ということになる。このような観点から人の命はかけがえのないものと考えられるのであろう。人の命についてはもうひとつの見方がある。人は700万年前にチンパンジーと共通の祖先からわかれて進化して現在に至っている。鉤爪もなく牙も退化した人類が今日までに繁栄した大きな要因は集団生活とその社会化であると考えられている。死はこの本能に刻まれた社会生活からの隔絶を意味しており、孤独なそして過酷な状況に置かれることになる。そこに死が大きな不安や恐怖をもたらす要因があるということであろう。ここでも命はかけがえのないものとなる。

 次に、"倫理の本質"の中の"行動"について述べてみる。行動とは周りの人から見たその人の動きで、"行為"よりは客観的な意味合いを強く感じます。行動には時間的経過を伴うのも特徴です。人は五感から大量の情報を受け入れて、大脳の中でほぼ短時間に1個の結論を出して筋肉に出力を出す。したがって同じ筋肉の動きでも根拠となる認識は人によって異なります。この点から言えば根拠が違っても行動が命を大切にしていればその行動は倫理的であるという結論になる。

 さて、倫理の構造化の現象レベルに戻るが、構造化の無い現象レベルの内容の記述は100人の著者がいれば100の認識が記述されるので、これが膨大な著書の洪水の原因と考えられる。この現象レベルを今回の倫理の本質に照らしてみる。たとえば安楽死は、今回の"医療の倫理の本質"に照らすとまったく命を大切にしていないので根本的に倫理的ではないことになる。尊厳死はどうだろうか。尊厳死の中の脳死は人の個々を表す最も特徴的な認識といった部分がすでに消滅しており、生物学的な生命のみが残った状態といえる。生物学的な死は自然のことわりでこれに対する延命の意味は無いであろう。

 今回は医療の倫理の理論化を考えたが、人文分野の学問体系の科学的理論化としては看護学の"科学的看護論"が有名である。この看護の理論化は薄井坦子によってなされた。科学的看護論は、看護の本質を"生命力の消耗を最小にするよう生活過程をととのえることにある"と定めて理論の構造化を行った。

投稿者消化器内科主任部長 関山 伸男
「サッカーワールドカップ狂騒曲」 宮城 登
2022年12月12日

サッカー日本代表は1993年のいわゆる'ドーハの悲劇'によりサッカーワールドカップ本戦出場を逃しました。その後1998年にプレーオフの末初出場を果たしましたが、グループリーグ3連敗で敗退となりました。

しかし以降2022年まで毎回本戦出場の常連国となりグループリーグも何度か突破しましたが、決勝トーナメントでベスト8に進むことはできませんでした。

今回こそはと意気込む日本でしたが、グループ分けのドローの結果に愕然としたのは私だけではなかったでしょう。コスタリカはともかくとして、ワールドカップ優勝経験国である強豪ドイツとスペインが同居していたのです。コスタリカには勝つとしてドイツとスペインをどうするのかという、私の妄想をよそに対ドイツ戦は始まったのでした。0-1で前半を折り返し、何とか一点でも返して引き分けに持ち込めないかと思っていたら、南野のクロス気味のシュートのこぼれ球を堂安が押し込み1点を返し、さらには板倉のロングフィードを浅野が見事なトラップで足元に落とし角度のないところからゴールキーパーの名手ノイヤーのそばをかすめてゴールネットの天井に突き刺さるシュートで2対1として勝利を得たのです。ドーハの悲劇がドーハの奇跡に変わった瞬間でした。

これに気を緩ませたのか最も何とかなると思われたコスタリカには1-0で負けてしまいました。

第三戦のスペイン戦ではスペインのボール支配率が著しくドイツ戦と同様に前半は0-1で折り返すことになりました。後半堂安がミドルシュートで一点を返すと三苫のショートクロスを田中が押し込み勝利したのです。この際三苫がクロスを打った瞬間にボールがラインを割っていたのではないかという疑問がありビデオ判定の結果わずかにラインにかかっていたとして認められ、1ミリの奇跡として話題になりました。

さて、いよいよベスト8をかけた37歳の闘将モドリッチ率いるクロアチア戦ですが1-1のまま延長戦にもつれ込み、最終的にはPK戦で敗れてしまい今回もベスト8進出はなりませんでした。こうして私の寝不足の日々も終了したのでした。

投稿者整形外科部長 宮城 登
「1メートル15分」 斉藤 琢巳
2022年12月05日

長さ・・? 時間・・? さて何のことでしょう?しゃべってばかりのアノ人に1メートルの至近距離で15分以上捕まる事・・・ではありません。すっかりお馴染み、濃厚接触の定義であります。私事ですが、今年はよく濃厚接触者となり、その都度出勤停止の憂き目にあいました。振り返ると、2月、8月、11月の計三回を数えます。いずれも仕事中の接触ではなく、同居家族の発症でした。2月は嫁が、8月は次女が、11月は次男が感染しました。幸い3人とも発熱咽頭痛がある程度で特別な治療は要さず、自宅療養で軽快しました。その3回とも家庭内伝播は起こらなかったようで、私と長女、長男はいまだ未感染です。外来業務に関してはその都度、休診告知をしてもらい、手術業務に関しては同僚にお願いしたり、手術を延期したりで対応しました。これらに関係した患者さんやスタッフ、同僚たちには多大な負担をかけ、また多大な協力を頂きましたことをこの場をお借りして感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。

さて出勤停止命令が下りると突然やることがなくなり途方にくれるのですが、2月はちょうどドカ雪で思う存分雪はねに精を出しました。また、11月の出勤停止時にはこれ幸いとガレージでタイヤ交換にいそしみました。案外有意義な出勤停止lifeでした。

それにしても仲間と繁華街を闊歩する日は本当にまたやって来るのだろうかといぶかしむ今日この頃であります。

投稿者外科部長 斉藤 琢巳
「What does the rex say?(レックスは何て鳴くんだ?)」 成田 光生
2022年11月28日

 ご存知のとおり、今年日本中を席巻した「きつねダンス」の原曲が「What does the fox say?(きつねは何て鳴くんだ?)」である。そこで問題、じゃあWhat does the rex say?(ティラノサウルス)レックスは何て鳴くんだ?

 恐竜について化石からはほとんど情報が得られないものの一つに「鳴き声」があり、このような場合には現世の動物から類推せざるを得ない。映画などでよく見かけるのはティラノサウルスが空に向かってガオーと「ほえる」光景であるが、実はこれはほぼ有り得ないと考えられている。つまりこの「ほえる」という行動には、原理的に声帯と横隔膜が必要なのである。が、現世の動物でこれらを持っているのは実は哺乳類だけで、恐竜の直系の子孫であると考えられている鳥類は、このような発声装置を持っていない。それでは鳥類はどのようにして鳴いたりさえずったりしているのかと言うと、管楽器のように、のどにある「鳴管(めいかん)」と呼ばれる管に空気を通して声を発しているのである。

 そこから類推すると恐竜にも鳴管があり、そこに空気を通して「鳴いて」いたのではないかと考えるのが自然である。そして鳴管も単純に体の大きさに比例していたはずと考えると、ティラノサウルスのような巨大恐竜の鳴管は相当太く、かなりの低音で「コーコー」あるいは「ゴーゴー」と「鳴いて」いたのではないかと推測されている。この点鳴管は残念ながら化石として残らないので、間接的ではあるが、鳴くからにはその声が仲間には聞こえていたはずだということに注目して、化石の頭骨に残っている「内耳」の構造からその機能を解析した研究がある。それによると、やはりティラノサウルスはかなりの低音も聞こえる能力を持っていたらしい。低音ほど遠くまで届くことを考えると、仲間同士の通信手段としても合理的である。

 大昔ティラノサウルスは人間(もちろんその時代には存在しないが)には聞こえないような超低音で「コーコー」と鳴いており、それを感じることのできた他の恐竜たちは震えあがっていたのかもしれない。

What does the rex say?

'コーコー、コッ、コッ、コゥ、コーコー、コッ、コッ、コゥ'

What does the rex say?

'コーコー、コッ、コッ、コゥ、コーコー、コッ、コッ、コゥ'

投稿者小児科 感染管理部長 成田 光生
「河野 透先生のこと」 蘆田 知史
2021年12月13日

札幌東徳洲会病院の外科医 河野 透先生が逝去された。11月初旬のことである。

河野先生は旭川医科大学の4期生で、私の一年先輩だが、学生時代からお互いを知っており、医師になってからはいままで40年近く同じ分野で仕事をさせていただいていた。私もつまらないことでは先生のお役に立ったこともあるかもしれないが、河野先生には本当にお世話になった。訃報を聞いて愕然とし、言いようのない喪失感が押し寄せ、ご自身の病気に勝てなかった先生が本当に残念な思いで悔しかった。

河野先生は、大学院時代は肝臓が専門で、肝臓の再生と神経の関係を研究され、大学院修了後も消化管神経生理学・病理学の分野で米国留学された。私や同僚が旭川医大第三内科で炎症性腸疾患診療班を立ち上げてまもなく河野先生が帰国され、旭川医大第二外科でもっぱら潰瘍性大腸炎やクローン病の患者さんを担当していただくようになった、その後30年以上にわたってこの分野での仕事を続けられてきた。旭川医大で仕事をしていた当時、内科的に治療困難となった患者さんの手術のため、玄関から出ていこうとした河野先生を引き止めたり、ゴルフ場から呼び戻したり、夜中に手術を頼んだりすることが本当によくあった。河野先生はそんなときにも文句も言わずに淡々と手術をやってくれた。中学生の女の子の手術をやってもらい、その後その子が結婚して子供が生まれ、河野先生に見せに来たこともあるなど、患者さんの思い出は数え切れない。

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写真は2000年 旭川医大患者会で公演している先生

クローン病の手術では、現在東徳洲会病院の前本先生が30代のとき、再発すると普通の吻合部では内視鏡が通らずにこまるので、なんとかしてくれと河野先生にお願いしたことがあった。その結果河野先生が考えたのが、現在Kono-S式吻合法として知られている術式である。この方法がクローン病患者さんの再手術リスクを劇的に減らしたことは、私と河野先生が旭川医大で仕事をしているときにデータを出して明らかにした。その後河野先生は国内のみならず海外でもこの術式を実技して紹介し、世界中で行われるようになった。

よく外科医は目の前の患者しか救えないなどと揶揄されることもあるが、河野先生は私達の目の前の患者さんも救い、目の前にいない多くの患者さんのためにも仕事をされていたのである。

河野先生とは旭川医大に炎症性腸疾患センターをつくろうと目論んで、国会議員に陳情に行ったこともあった。研究のためにいろいろな人とあったりもした。思い返せば本当に助けていただいたことが多かった。

先生の手術は、若い人に受け継がれ、今後も多くの患者さんを救うことは間違いない。残された私は、大切な先輩・仲間・友人を失った自分に喝をいれながら、仕事を続けていこうとあらためて決心した。河野先生はまだまだやりたいことがいっぱいあったと思います。戯言だがいつかきっと先生とはまたあえるような気がしている。そのときはもっともっとうまくやりましょう。

徳洲会病院 リレーエッセイとしては適当な題材ではないかもしれませんが、書かずにはいられませんでした。ご容赦ください。

投稿者副院長・IBDセンター長 蘆田 知史
「革」 倉田 佳明
2021年12月06日

私は革製品が好きで、財布などの小物から、かばんなどの比較的大きなものまで、革を使った製品を好んで使っています。その「革」についてお話ししようと思います。

「かわ」といっても、「皮」と「革」では意味が違います。

「皮」は、動物(人間を含む)の皮膚そのもの、あるいは加工されていない、動物の体から剥がされたそのままの状態のものをいいます。皮を加工して、つまり鞣して、製品として利用できるようにしたものが「革」です。

鞣す(なめす)とは、皮から汚れや毛、脂肪などを取り除き、コラーゲン線維に鞣し剤を結合させて、腐敗しない、安定した素材である「革」に変化させることをいいます。鞣し方にもいろいろありますが、大きく分けて植物タンニン鞣しとクロム鞣しがあります。

植物タンニン鞣しは古くからある手法で、植物から抽出したタンニンを用います。手間がかかるため、これを行う業者(タンナー)は徐々に減っており、また値段もやや高価になってしまいます。しかし革の持つ風合いや、経年変化を好む人は少なからずいて、自分もその一人です。欠点としては水に弱いことや、定期的な手入れが必要なことでしょうか。

一方のクロム鞣しは、鞣し剤として塩基性硫酸クロムを用いたものです。時間と手間がかからず、発色の良い、比較的水に強い革ができます。手入れも植物タンニン鞣しほど必要ないので、多くの製品に使われていますが、革らしい経年変化などはあまり楽しめません。

どちらの鞣し方が良いとか悪いとかではなく、製品の用途や使う人の好みで決めれば良いと思いますが、個人的には植物タンニン鞣しの革が好きです。

世の中の大半の物は、新品の時が最も良い状態で、あとは時間とともに古ぼけて、魅力がなくなっていきます。でも中には、きちんと手入れをしてあげれば(あるいは放っておいても)、使っているうちに味が出て、どんどんとかっこ良くなっていく物があります。ジーンズとか、外壁や塀に使われるレンガとか。

植物タンニン鞣しの革もそのひとつ。使い込んで、手入れをしてあげると、革は徐々に艶やかになり、色の深みが増していきます。くったりとした柔らかさが出て、道具としても使いやすくなります。

そうやって「育っていく」革製品を使っていると、どんどんと愛着がわいていきます。

そして気づくと、革製品だらけの沼にはまっていくのです。

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投稿者副院長・外傷センター長 倉田 佳明
「タリーズコーヒー」 西條 正二
2021年11月29日

 今回はいつも大変お世話になっている院内にあるタリーズコーヒーの宣伝をさせていただきたいと思います。

 当院には2012年に現在の大谷地東地区に移転した際に院内にタリーズコーヒーができました。当時は大谷地東地区にはシアトル系コーヒーチェーン店がほかになく、コロナ禍以前は近隣の企業等からも来店される方も多く、院内施設であると同時に地域に根ざした店舗として賑わっておりました。

 しかし、昨年からのコロナ禍では院内に入ることも困難になり、客足は非常に少なくなってきていましたが、最近は緊急事態宣言の解除もあり、徐々に来店いただける方も増えております。 

今のメニューではおすすめは↓です。普通のさつまいもチップスと異なり、若干カカオ風味です。またクリスマスに向けて12月よりハリー・ポッター味のドリンクも発売になるそうです。

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病院にお立ち寄りの際はお時間が許せば是非お立ち寄りください。

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投稿者プライマリーセンター医長 西條 正二
「年を取らないゴルゴ13」 小野寺 康博
2021年11月24日

劇画家のさいとう たかお氏がことしの9月に享年84歳で逝去された。

1968年から始まった「ゴルゴ13」シリーズは2021年7月で単行本201巻目となり、「最も発行巻数が多い単一漫画シリーズ」としてギネス世界記録に認定された。

53年間の長きに亘って描かれ続けて来たゴルゴ13、デューク東郷は国籍不明のA級スナイパーとして世界を股にかけて活躍して来たが、サザエさんと同様に劇画の中では彼は年を取っていない(ように見える)。

デビュー当時の彼の年齢が20歳代後半位だとすると2021年には80歳近くになっているはずだ。

このシリーズを沢山読んでいるわけではない。

しかし、劇画の中では白髪が増えているわけでもなく老眼になって来ている様子も無い。運動対応能力に衰えは観られない。聴力も良さそうだ。

これから述べようとするのは、あくまでも私見であって原作者の名誉を傷つけるような意図は決して無い。

以下は、全く想定や想像の域を出ないいわゆる架空の話と捉えて欲しい。

仮にゴルゴ13、デューク東郷のような人物がこの地上に存在するとすれば、あれだけ緻密な思考と実行が可能な彼であれば年を取らない何らかの索を講じているに違いないと夢想する。

一体それらは何なんだろう?

ひとつには、かなり優秀なジムトレーナーが付いていて極めて適切なトレーニングを継続している可能性が高い。

持久力の維持のために走り込みまで行かずとも速歩くらいは毎日数kmは実践しているかも知れない。

筋トレなんかは十数種類位のメニューをこなしていそうだ。

サウナとかも使っているかも知れない。

食事も三大栄養素をバランス良く摂取しているのは勿論、天然ビタミンやミネラルの類いも適切に摂取しているに違いない。

睡眠時間も7〜8時間は取っているのではないだろうか?

アルコールは飲んでいそうだが、深酒はしていないと思う。

タバコはまだ吸っているのだろうが、機会飲酒ならぬ機会喫煙のレベルではないだろうか?

知力の維持の工夫はどうしているのだろう?

正直、判らない。NHKの教育テレビとで外国語の勉強を続けている?

いやいや、彼は既にマルチリンガルだからそんな事は必要ないだろう。

国際的に有名な大学の大学院教育をインターネットで受けている?

しかし、一体何の科目を?

動体視力の維持にバッティングセンターに定期的に通っているのかも知れない。

本人が聴いたら一笑に附されそうな内容ばかりだろう。

実際のところは彼が何をどう実践しているのかは全く判らない。

私の中では、謎のままである。

「人生百年時代」と言うフレーズが当然のように行き交っている。

確かに50年前と比較すると「老人」の感覚が随分と違ったものになって来てはいる。

「高齢者=老人」という等式が成り立たないヒトも増えて来ている。世界中で。

この半世紀の間に、特に先進国では人間を取り巻く環境が寿命の延長に繫がる様々な要件の中で大きな変化が観られているのは事実だろう。

「老化」という概念自体の見直しや再検証が為されて来るに違いないと考える。

ゴルゴ13は劇画という二次元の中の人物だが、三次元プラス時間経過という軸の中で常に変化している現代人にとって、仮に物理的、生物学的制約が種々在ったとしても寿命限界を延長して行くという傾向は今しばらくは続くに違いないと考える。

さて、自分はどのような高齢者で在ろうとしているのか、本格的な模索が始まった様な今日この頃である。

投稿者腎臓内科部長 小野寺 康博
「冬が近づくと...」 村上 智明
2021年11月15日

ロバート・B・パーカーが亡くなってもう10年を過ぎた。冬が近づくと毎年この時期に出版されるスペンサーシリーズを楽しみにしていたことを思い出す。

海外の冒険小説でシリーズ化されているものは、毎年同じ時期に出版されることが多いように思っていたが、調べてみると必ずしもそうではないようだ。

複数のシリーズ物を持っている作家も少なくないのでもっともなことだ。ジェフリー・ディーバーのリンカーン・ライムシリーズを楽しみにしている方は多いと思う。

この作品は次々と押し寄せる大どんでん返しも読みどころの一つだが、ライムの推理の進め方は、医療現場における臨床推論と重なるところがあり非常に興味深い。

今年出版されたマーク・グリーニーのグレイマンシリーズ最新作"暗殺者の献身"はシリーズ最高傑作の呼び声が高い。

このシリーズは来年には映画化される模様である。

映画といえばトム・クルーズ主演で映画化された、リー・チャイルドのジャック・リーチャーシリーズがあるが、作品中のジャック・リーチャーとトム・クルーズのギャップには苦笑したファンも多かった。

律儀に毎年出版されている作品だが、邦訳の順番はバラバラで10年経っても邦訳されていない作品もある。国内にはファンが少ないのだろうか?

今年出版された"宿敵"2003年に書かれた作品で、あとの作品がすでに翻訳されており、時代としては戻ることになるが、リーチャーの若々しさがまた良い。これもまた名作である。

投稿者小児循環器部長 村上 智明
「インディ・ジョーンズは'化石ハンター'だった」 成田 光生
2021年11月08日

 皆さん、ロイ・チャップマン・アンドリュース(1884-1960)という人物をご存知だろうか。彼は20世紀の初め頃中国~モンゴルにかけてのゴビ砂漠へ探検に出かけ、51種もの化石を発掘して論文に記載した。それまで人跡未踏だった砂漠の奥地まで、らくだでガソリンを運びつつ車で乗り入れた最初の'人類'である。有名な業績として、世界で初めて恐竜の「卵の化石」(後にオヴィラプトルという小型肉食恐竜の卵と判明)を発見し、恐竜が卵生であったことを証明したのも彼である。それら諸々の業績で後に「アメリカ自然史博物館」という世界的にも有名な博物館の館長まで上りつめた人物である。

 その探検の途中、彼はヘビやオオカミなどの野生動物に襲われたり、山賊に追われたりして、危機一髪生きのびたことも幾度となく有ったという。そして特徴的なのはその'いでたち'で、伊達男の彼は常になんらかのハットをかぶっていたそうである(写真は銃をたずさえるアンドリュース:Gakken「恐竜の世界」より)。ここまで書けばもうお分かりと思われるが(そんなのタイトル見れば分かる!)、このロイ・チャップマン・アンドリュースこそ映画の主人公「インディ・ジョーンズ」のモデルであり、インディ・ジョーンズは、実は'化石ハンター'だったのだ。

 ちなみにアンドリュースは'探検隊長(化石ハンター)'かつ自身も研究者であったが、かつては'職業的'化石ハンターから化石を金で買って、それをもとに研究して論文発表していた研究者もいたそうだ(それも一つの方法論で、特に問題は無かったらしい)。

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投稿者小児感染症部長 成田 光生
「ハートのダリア、みいつけた!」 折居 史佳
2021年11月01日

今年はリレーエッセイの順番が10月に回って来ましたので、札幌で10月に咲く花、ダリアを見に行くことにしました。いつ行こうかと思っていたところ、朝の情報番組で、「本日のお花プレゼントのダリアは、花びらがハートに見えます」と言っているではありませんか!「なんですと!?ハートに見えるダリア!?」それは会いに行かないといけません。

ということで、10月のある晴れた日に、百合が原公園に出かけました。百合が原公園にはダリア園とポートランド庭園に、約120種類のダリアが植えられているとのことです。ダリア園を目指して歩きはじめましたが、途中で迷って先にポートランド庭園についてしまいました。

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ポートランド庭園では色とりどりのダリアが咲き誇っておりました。コロナ禍にあっても常に花壇を手入れしてくださっていた職員の方々のお陰で、私たち市民がこのような美しいお花を見ることができるのだと思い、感謝の気持ちでお花を拝見しました。

ダリアはキク科ダリア属の花で、夏から秋に咲く花です。日本には江戸時代にオランダから長崎に持ち込まれ、長い間をかけて品種改良が行われた結果、多種多様の色・形のものが生まれたとのことです。

確かに、ネットで見ますと、本当に一種類の花か疑問に思うくらい花の形が様々です。花の形(咲き方)で、シングル咲き、フォーマルデコラ咲き、コラレット咲き、など、16種類ほどに分類されるようです。百合が原公園でも様々な形のダリアが見られました。

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左:月の海(ピオニー咲き?スイレン咲き?)、右:オーロラ(ストレートカクタス咲き?)

(間違っていたらごめんなさい!)

花びらがハートに見えるというダリアは、ポンポン咲き、ボール咲き、フォーマルデコラ咲き、という、花全体が丸っこい形をした種類の中にありそうです。

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左:グレンプレイス、中:サックルルビーリング、右:雪窓

よく見ると花びらの中に、ハートが隠れています。

そして、

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サックルローズピンク!

その日見た中では、ハート率第一位でした。

花壇にたくさんの種類の花が色とりどりに咲いていると、全体像としてとても美しいものですが、一つ一つのお花にぐっと近づいてみると、それぞれの花がとても愛らしく、個性が光っておりました。

今度来るときには、ぜひリリートレインにも乗ってみたい、と思いながら、公園をあとにいたしました。

投稿者IBDセンター部長 折居 史佳
「ころな狂騒曲」 東 直樹
2021年10月18日

Episode1

接待を伴う店

コロナウイルスが流行り始めたころ、ススキノの接待を伴う店で流行っている。と聞いた。N副院長に

「どんな店ですか?」と聞くと

OOボーイといって、女性が抱きついて男性の膝に上に乗るようよ。」

「それは濃厚感染しますね」

********************

ところが、一時コロナウイルスが消退して、ススキノの時短が終了したときに、いきつけの某スナックに訪問したときのことである。

「あれ?」

「テーブル席が隅っこにおかれている?何故?店の従業員が減ったの?」

「接待を伴う店って聞いたことがある?」

以前に聞いた話をすると、

「違うよ!。」

「通常、接待を伴う店とは、隣に座って、お酌をしたり、お酒を造ったりする店すべてを示すの。」

「え?」

「カウンターでお酒を造って、渡すのは接待を伴う店とはいわないの!」

「それでOKなの!」

「それを守れば協力金3万円がもらえるの。」

「たから、テーブル席をかたずけたの」

「へーーーーーーー?」

「何かいいかげんだなあ」。

Episode2へ続く

投稿者消化器内科部長 東 直樹
「ながら」 久野 健二郎
2021年10月04日

薪を背負って歩きながら本を読み勉強をする、勤勉の象徴とされ銅像になった二宮金次郎こと二宮尊徳さん。

最近では歩きスマホを助長するとかで学校から撤去されたり、歩きながらが危ないからと座学の像に変更したりするところもあるそうで。

じゃあ座ってる時は別に薪を背負わなくても良いよねとなってただの読書像になり、さらに本がタブレットに変更された像まであるとか。

いろいろなことが時代とともに思いもしない方向へ変わっていくものです。

私自身は以前から趣味のランニングの際には音楽を聞いています。ワイヤレスイヤホンへの進化によってスポーツタイプも増え、首や腕に絡まること無く、快適に聞きながら走れるようになりました。またポッドキャストの普及によって、音楽だけでなくニュースや趣味の情報サイトの選択肢が増えました。

さらに最近はVoicyなどの音声プラットフォームが始まって、大手企業やプロダクション所属の人でなくても、気軽に頻繁に発信される情報に触れることができるようになってきています。

以前は走ること自体が目標で、音楽やニュースが耳から一方的に流れてくる状態でありました。それなりにランに集中していると内容を頭の中で受け止めることは難しくて、通り抜けていくという感じです。しかしここ最近はランニングではなくてジョギングにする時間が増え、のんびりした状況には対話形式のポッドキャストや、ちょっと考えさせる音声プラットホームを聞きながらが大変マッチしているなあと思っています。もしかしたら、ちょっと考えながらなので走りものんびりになるのかもしれません。

地下鉄通勤の際にはノイズキャンセリング付きのイヤホンをして音楽やポッドキャストを聞いています。もちろんこちらのほうが集中して聞けるのですけれど、ちょっと集中しすぎてしまうというか、なにか軽く考え事をするには軽く走ったり、歩いたりしながらが程よいのかなとも感じています。公園とか、歩行者自転車専用道路とか、河川敷などが良いですね。

屋外での運動の際には、ノイキャンのイヤホンは大変危険かなと感じます。スポーツタイプではないので走る時はしていませんが、歩いている時でも周りの音が遮断されてかつ内容に集中しすぎてしまうと事故の元。最新のイヤホンはよくできていてノイズキャンセルをオフにしたり、補聴器のように周囲音を増強してくれるものまでありますので、オンにして集中するのは安全な場所でと。耳から入る音を妨げない構造のイヤホンも良さそうですね。

骨伝導式ワイヤレスイヤホンをつけた二宮金次郎像、けっこう良いのではと思うのですが

投稿者麻酔科部長 久野 健二郎
「最近のこと」 室田 千晶
2021年09月13日

緊急事態宣言の延長が決定した。数週間の期間を再延長するのなら、最初から月単位の期間を設定すればいいのに、とは思うがそうはいかない事情もあるのだろう。

こういったコロナ対策が行われてからは、大好きなクラフトビールも飲みに行けなくなった。そのかわり、通販サイトで購入したビールが冷蔵庫を占拠する事態となっている。冷たい視線を感じながら家でビールを飲む日々である。

そんなビールを飲みながら、昔見たテレビドラマのことを思い出した。もう20年以上前のドラマだ。ある街にウイルス感染が広がり、感染した大人たちだけが命を落とし、子供たちだけが残される。感染拡大のため街は封鎖され、子供たちだけの街を築いていくと言った内容であり、まるで現在の状況に近い内容が描かれていた。そのドラマに付けられたキャッチフレーズは「全部なくなった。みんな気がついた。やっと気がついた。」だったと記憶している。

そうならないように、コロナが収束し、多くの努力が報われる日が来るのを願うばかりである。

投稿者外科医長 室田 千晶
「ザウアークラウト」 杉浦 千尋
2021年09月06日

「ザウアー」と「クラウト」はドイツ語でそれぞれ「酸っぱい」「キャベツ」という意味らしい。酢キャベツだとあまりに身も蓋もありませんが、「ザウアークラウト」となると、何かおしゃれっぽい雰囲気を醸し出していませんか?

このザウアークラウト、これが実に優れモノで、毎日ランチのお供にと職場に持参するようになってもう1年近くなります。
何が優れモノかというと、先ず安い。一時キャベツも1玉300円近く値上がりした時もありましたが、たいていは200円あればお釣りがきます。
また、簡単に作れるところがこれまた素晴らしいところです。適当にザクザクと切って重量の2%程度の食塩を加え、お好みでキャラウェイシード、胡椒、クローブ、ローレル等手元にあるスパイスを加えて揉み込み、100均のガラスジャーに詰め込めば終わり。あとは待つこと2-3週。
味のバリエーションも幅があってうれしい限りです。
漬物石は使わない代わりに、しんなりしたキャベツをガシガシ圧迫して瓶に詰め込んでいきます。キャベツの一番表の硬い1,2枚は折りたたんで、最後に中蓋のようにして空気に触れないように圧迫するとよろしいようです。切り出した芯の部分は、作りながら齧っておやつ替わりになりますし、硬い元の部分はおみそ汁の具にもなって、本当にフードロスゼロの優等生でもあります。
季節によって塩もみしても水分が不足するようであれば、2%の濃さの塩水を追加してヒタヒタにしてあげるのもいいかもしれません。

キャベツ1玉が1Kg 前後ですから、500mlのジャーが2つあれば事足りることになります。毎日途切れなく楽しむのであれば、2瓶を消費中に残りの2瓶を仕込み、ジャー4瓶を使ってローテーションを組めば切らす心配もありません。
それに、見るからに食物繊維が豊富そうで、さらに乳酸発酵しているわけだから健康にもよさげな印象を受けませんか?実際の効能の有無はわからないですが...

普通にご飯の上にのせれば、キャベツ丼としても単独で十分美味しいですよ。カレーにトッピングしても邪魔しないですし、カップ麺に追加すれば罪悪感も少しは減少するかもしれません。他にも、ソーセージのスープに入れたり、ポテサラに混ぜ込んだり、サンドイッチにパスタと何にでも合う万能食材のできあがりです。

いかがですか、興味が湧いてきませんか?一度試してみたいと思いませんか?今度スーパーでキャベツと目が合ったらその時が運命の出会いです。
素敵なキャベツとの出会いができますように。

注)発酵途中は時々ガス抜きを忘れないでください。忘れていて急に開封すると吹き出してしまいますよ。

投稿者歯科口腔外科部長 杉浦 千尋 
「三年峠」 宋 明哲
2021年08月30日

夜、子供たちを寝かす時、電気を全部消した後、時々韓国の昔話を聞かせたりしました。最近は昔話を聞かさないと、子供たちが眠ろうとしません。

その時に聞かせたりする韓国の昔話を紹介したいと思います。普段、子供たちには韓国語で話を聞かせてあげていますが、今回それを日本語で翻訳してみました。

「三年峠」

昔々、ある村に、高い峠が一つありました。

人々は、その峠を三年峠と呼びました。

この峠で転んでころころ転がるとその人は3年しか生きられないという伝説のせいでした。

ある日、腰の曲がったおじいさんが, 三年峠を恐る恐る越えて行きました。

転ぶか、転ばないか、とても気をつけて。

一歩一歩踏み出しているおじいさんの前に、うさぎ一匹がぴょんぴょん跳んで来ていました。

驚いたおじいさんはうさぎにぶつからないように避けようとしたが、後ろにばったり倒れて、坂道をころころ転がってしまいました。

「ああ、ワシははもう死ぬんだ。」

おじいさんは、地面をたたきながらわあわあと泣きました。

しばらくそうしているうちに、いつの間にか日が沈んで、おじいさんは力なく家に帰って来ました。

そしておばあさんにこう言いました。

「おばあさん、ワシはもう三年しか生きられないんだ。」

「三年峠で転んでしまった。」

一日一日を生きることの意味がなくなったおじいさんは病んでいきました。。

このうわさを聞いた隣の家の子供がおじいさんを訪ねて来ました。

「あっ, おじいさん、何をそんなに心配するんですか。」

「私がおじいさんが長く住める方法を知っています。」

「さあ、早く起きて、3年峠に行きましょう。」というと、おじいさんは、

「いや、お前のような子供が? そしてそこにはまたなぜ行くの?

「おじいさん、そこに行ってまた転ばないと」

「何だって, また転ばせって? もっと早く死ねというのかよ。」

おじいさんがとても怒りました。

「おじいさん、一度転んだら三年生きるという事ですから、二度転んだら六年ですし、三度転んだら九年じゃないですか。」

おじいさんは子供の言葉に膝をポンと打ちながら言いました。

「ああ, そうだ。すぐに行こう」。

その後、おじいさんは三年峠の上で何度もごろごろ転んだのかも分かりません。

時間が経って3年が過ぎたある日のことです。

おじいさんは三年峠を越えている途中、石につまずいてまた転びました。

「ほほう、もう50回転んだから、これから150年も生きられるね。」

三年峠でごろごろ転がったおかげか、おじいさんは本当に長く暮らしたそうです。

私たちも「三年峠」の話みたいに現在の「コロナの峠」をいつかきっとのりこえるのでしょう。

投稿者プライマリーセンター医師 宋 明哲
「子供の成長と大人の成長」 松井 裕帝
2021年08月23日

 我が家の子供達は身体的にもどんどん成長している。つい先日、下の子の身長を測ってみると4月からすでに3cm程伸びていた。身長は縮むことはあっても伸びることなどない(当たり前)の自分にとっては何とも羨ましい限り(クラスでも大きい方から数えて◯番目らしい、自分にはこの経験がないのでこれまた羨ましい。このまますくすくと成長してもらいたい。)。長男も自分と違って足が長い(背は真ん中くらいなのに、スラっと伸びた細い脚は一体誰に似たのであろう?)。このままモデル体型を維持してモテ男(自分には経験がない)となってくれと願わずにはいられない。

 話は変わりますが、うちの子供達はピアノを習っております。これも私の無いものねだり第2弾ですが、音符を読めず(ドレミファソラシドは知っている程度)、音楽の授業についていけない劣等生であった自分の苦い経験が上の子は小学1年から下の子は年少からピアノを習わせたことにつながっている。文句を言いながらも地道に続けている。コロナ禍のご時世開催されるかは分からないが、最近はピアノの発表会に向けて選曲と練習が始まったようである。いつも当直や待機など私の用事でことごとく発表会に参加できていないので、今年は是非、子供のピアノの成長も見たいものである。人前で緊張しながら自分の現在の最大限のパフォーマンスを発揮することは人生においてとても貴重な機会だと思う。これも子供達に習い事をさせている理由の一つであり、今年もまた経験値を上げてくれることを願うばかりである。

 最近web講演の視聴機会は多く、講師側としてお話しさせて頂くこともあるが、コロナ禍で非常に伸びた分野である。気軽に勉強する機会を手に出来、学会に行かなくても(行けなくても)多くの成長するチャンスは自分次第であちこちに散らばっている。自分を奮い立たせて勉強することで"背が伸びない"自分も成長できるかもしれない。大人も成長しないと子供達にあっという間に置いてかれてしまう。そんな危機感を感じる夏の終わりであった。

投稿者外傷センター部長 松井 裕帝
「北海道に来てから思ったこと」 原田 栄志
2021年08月16日

東京育ちの私が北海道に来てから思ったこと

短い春から秋、ただ自然が身近にあり、我が家から30分あれば、海、山、温泉、スキー場行けるのが嬉しい本当は、北海道に来たら、スノーボードを始めるつもりだったのですが、、以前勤めた病院の麻酔科の先生がスキー場で、ボーダーと激突、頭蓋骨骨折で亡くなるという出来事があって、、諦めました。凄い気さくないい先生だったので、残念だったです。その事件はその後の私の人生にも影響を及ばしました。

タクシー運転手の運転が荒くて、何度か怖いことがある。反対車線からいきなりUターンして来たと思ったら、そのまま停車して、お客さんを拾う。夏場ならばまだしも、冬場はやめてほしいです。危うく追突しかけましたけどね。

また、交差点の手前でウィンカーを出すのが遅い人が多い。右折するのに、直前まで出さない人が多い。後ろについたら、ギリギリになって出されるとどうしようもないです。信号待ちで何故かウインカーを出さない。ちゃんと交通規則を守って、ウィンカーを出してほしいですね。

また、観光地では立地や温泉は最高なのに、サービスが残念なホテルが多い、従業員がおしゃべりしていて、、いるけど全然サービスが行き届かない、フロンドが混んでいるのに、平気で待たせて行列ができて密になっているなど、最近は鶴雅グループや星野グループの影響でやや改善されてきておりますけど、、その分高級ホテル化して値段は高くなっておりますけどね。また、知床なんかも昔の秘境の雰囲気がなくなってしまったのが残念です。昔はカムイワッカの滝のスッポンポンで、入った人間としては、、今はとても行く気にはなれないですね^ ^

また、以前は夏場はクーラーなしでも過ごせたみたいですが、温暖化の影響でしょうか、最近では、内地並みに熱帯夜を体感するようになって来ました。特に今年は大変でしたね。その分、北海道米は美味しくなり、我が家はゆめぴりかが大好きです 

後は、寒さのせいなのか、肥満の方が多い気がしますね。冬場に運動不足になるから、仕方ない面もありますけど、、かく言う、私もコロナ禍でマラソン大会が次々に中止になってから、モチベーションが上がってこなくて、3kg以上太ってしまい、、娘にデブ親父扱いされておりますけどね。

来年はコロナ禍が落ち着いて、普段通りの生活が戻ってマラソン大会も開催されたらいいなと思うこの頃です。そしたら瘦せれるかな(笑)。

最後にお気に入りの写真を数枚  コロナ禍の癒しになれば幸いです。

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では、皆さん、もうしばらくは気を付けて、早く通常の日常生活に戻れる日を期待しております。

投稿者整形外科部長 原田 栄志
「餃子」 窪田 和加子
2021年08月02日

はじめまして、医師リレーエッセー初回の放射線科医師の窪田和加子です。

生まれは京都、育ちは横浜です。

母が京都出身のため、実家では餃子といえば「王将」(京都が発祥の地)。202108021.png

新聞に月2回ある王将餃子1人前無料券を切り抜き、3人家族なので、1人前だけ生餃子を購入して家で焼いて食べる事が恒例でした。

結婚後旦那さんの家では手作り餃子が恒例で、最初は上手に包めず苦戦しました。(今もまだまだ上手く包めません)王将餃子も美味しいですが、手作り餃子だとシソを入れたり、チーズを入れたりアレンジができて、美味しいし楽しいです。我が家では、1ヶ月に1回程度餃子をしています。

7月上旬に餃子専門店の前を通り、無性に食べたくなり購入しました。餃子専門店の餃子はやはりとっても美味しかったです。我が家の手作り餃子のタネは負けていないが、問題は「皮」だ!と旦那さんと同じ意見となりました。そこで皮のレシピを調べ、皮から作る事にしました。レシピ(24枚程度)は強力粉100g、小麦粉100g、熱湯100ml、塩少々とシンプルです。市販の皮と手作りの皮と食べ比べをしました。皮を作るのは少々手間が掛かりますが、モチモチ感がありとっても美味しかったです。

手作り餃子のご家庭はよければ、是非お試しください。

本当は冷えたビールとともに美味しい餃子を食べたいところですが、妊娠・出産・授乳さらに妊娠のため、暫くおあずけです。あぁもう2年以上、飲んでないなぁ~

(手作り餃子の話をしましたが、お料理はとっても苦手です。)

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投稿者放射線科医師 窪田 和加子
「魔女の一撃」 三浦 美文
2021年06月21日

 今年の1月にギックリ腰になった。以前にも何度か腰を痛めたことがあったが今回は最も重傷だった。

 夕方、入浴しようと下着を取り出した時にそれを落としてしまい、不用意に膝を曲げずに前屈みで拾おうとした瞬間のことだった。あまりの痛さに声を上げながら近くのソファーになんとかもたれかかったものの、そのまま動けなくなった。その後は這って移動するのがやっとでトイレがこれまた大変だった。幸いなことに痺れなどの症状はなく翌日も休みだったため、少し休んでいればなんとかなるだろうと思っていたが、今回は3日間寝こんでしまい仕事もできず周囲に迷惑をかけてしまった。

 ギックリ腰を魔女の一撃とも言いますが、まさしくその通りで今回は容赦のない一撃を食らった。娘が偶然その決定的瞬間を見ていて、その時の私の顔はいわゆる「あ゛」状態で「これはダメだ」と思ったそうです。腰をいためた友人に「カップインしたボールを拾う時なども気を付けないとね」と言っていたのを思い出した。偉そうに言っていた本人がこうなるとは、まったく情けないことです。

 暫くは安静、その後は少しずつストレッチを開始しながらコルセット生活が続いた。徐々に回復しコルセットをはずしたのが約1ヶ月後(いやもっとかな)だったように思います。はずれても暫くは不安でコルセットを持ち歩いていた。

 筋力低下(老化)が原因でもあろうと筋トレなどを始めたがまもなく今まで通りの生活に戻ってしまった。このコロナ禍で確実に運動不足になっているはず。家飲みばかりせず身体を動かさないと。

投稿者歯科部長 三浦 美文
「スーパームーン」 河井 紀一郎
2021年06月14日

先月の26日、月食がありました。月が食われるとある通り、月が地球の影に入り月が欠けたように見える現象です。今回の月食は、スーパームーン(月が地球に最も近づいて、大きく見える)と皆既月食が同時に起こるとてもレアなものでした。私は興味が無く今まで月食は見たことがありませんでしたが、天体好きな妻が「月が欠けてる!」と娘と騒いでいたので見てみたところ本当に欠けていて自然の不思議さに少し感動してしまいました。

スーパームーンとは願いが叶うのでしょうか?この歳になってあまり願い事をしないし、元々願掛けなどもしない性格でしたが、娘は来週からの定期考査(?)に向けて願い事をしたようですが・・・・・・。結果が出てから願い事が叶ったか、聞いてみようと思います。

投稿者産婦人科部長 河井 紀一郎
「キレンジャク」 宮城 登
2021年06月07日

私の家の前の通りには、街路樹としてナナカマドが植えられている。

ナナカマドは秋になると真っ赤な実を大量に実らせるが、数年前までは春になるとその実は地面に落下し、歩行者に踏まれて歩道を染めていた。しかし、最近年を越すとナナカマドの実が、ある日突然消失するようになった。どうやら小鳥が早朝にやって来て、食べてしまうようなのである。

ある年、冬の休日の午前中、家の窓から外を何気なく見ていたら、突然鳥の鳴き声と羽音が一面に鳴り響き、数千羽、数万羽もの小鳥の大群が舞い降りてナナカマドの木にとりつき、ナナカマドの実を食べつくして、数分の間に木を丸裸にして去って行く光景をみて唖然とした。まるでヒッチコックの映画『鳥』の場面の様だった。

すぐにネットで調べ、その鳥が『黄連雀』キレンジャクという雀の仲間の渡り鳥であることを知った。

ちなみにこの鳥が。旭川市の「市の鳥」でもあると知ったのもその時である。

それ以来我が家の周囲は渡りのコースに含まれたようで毎年1月になるとキレンジャクの群れが現れナナカマドの実を食べつくすようになった。

投稿者整形外科部長 宮城 登
「為政者」 和田 好正
2021年04月26日

今回は為政者について考えてみたいと思います。

為政者とは、政治を行う上での責任者のことです。大臣や官僚にあたると思います。今回のコロナ感染の際も、政党は異なるが、10年前の東日本大地震の際も、この国はどうして有事にこれほど役に立たないのか、とても残念な気持ちになります。それは、大臣や官僚は国民のことなど、どうでも良く、自分たちの懐具合ばかり気にしているからではないのでしょうか。また、教育の問題もあると思います。正しい歴史教育の問題です。たとえば、1,350年以上前に、万葉集に収められている、第34代舒明(じょめい)天皇の歌があります。「大和には多くの山があるけれど、中でも特に良い香具山に登って国を見れば、陸地には民のかまどに煙が立って景気がいい。水のたっぷりある池にはカモメがいっぱいだ。いい国だな。このすばらしい大和国は」。これは、日本人独特の言霊信仰による祈りの歌なのですが、同時に、天皇は香具山から国見をし、民の景気を判断して、税の徴収を調整していたのです。今の政治家は、苦しい人間の首をしめ、税を徴収している。しかも徴収した税を正しい方向に使わない。まったく逆のことをしている。古代の政(まつりごと)はきちんと機能していたのに、現代においては、天皇陛下から任命された征夷大将軍である総理大臣に、政を決定する覚悟がなく、その下の大臣や官僚を使いこなせていない。なんと悲しい現実なのでしょう。将来、為政者になろうとする者は、それなりの大学へ進学するでしょう。この大学の初期に意味の無い教養課程というものがある。こんな課程はどうでもいいから、為政者になるものは、古典文学や正しい国史(特に外国史との比較において)などを、勉強し、どうすれば正しい方向へ導けるのか、その覚悟が決められるのか考えて欲しいと思います。

投稿者健康健康管理センター医師 和田 好正
「最近のビールの楽しみ方」 城田 誠
2021年04月19日

以前のこのリレーエッセイでも書いたのだが私はクラフトビールを好んでのんでいる。

IPA(にがいやつ)といわれる種類が好きなのだが、そのなかでもHazy IPAもしくはNewEngland IPAと呼ばれる濁ったものを特に好んでいる。

なかなかコロナが収まる気配がみえず、引き続き外出しにくい世の中なのでお気に入りのブルワリーから通販で仕入れて楽しんでいる。

その中で、最近は3Lとか5Lとか小さめの樽で郵送してくれる通販サイトがいくつか立ち上がったのだ。早速利用してみた。家で好みのクラフトビールをサーバーからグラスに注ぐのだがまさに至福の時だ。

とはいえ、早くお店で仲間とクラフトビールを楽しみたい。ワクチン接種が広まり早くコロナが収束することを願うばかりだ。

投稿者外科部長 城田 誠
「京都のサクラ」 片田 竜司
2021年04月05日

先日、所用で京都に行ってきた。昨年からのコロナ自粛で職場との行き来以外は、市内の限られた場所にしか出かけていなかったので、千歳空港に行くのも飛行機に乗るのもしばらくぶりで、久々の千歳空港は国際線ターミナルが以前より大きく(以前の倍ぐらい?)なっていて、ちょっとした浦島太郎状態。以前はなんとも思わなかった事が、特別な事のように思えてしまって、飛行機の離陸時にはいつもより緊張したりして、なんか新鮮な気分になった。今、思い起こすと、ちょうど一年前のこの時期に東京オリンピックの延期が決まり、1回目の緊急事態宣言が発動されて、日本中が静まりかえっていたように思う。当時は安倍総理だったし、アメリカはトランプ大統領で、なんか遠い昔の出来事のように感じる。一方で、2回目の緊急事態宣言が解除された今でも、リバウンド、変異株の影響でコロナは一向に収束する気配がなく、この先どうなることやら。この間、よかったことをしいて挙げれば、外出時のマスク、手洗い、検温の習慣がついたことぐらいか。そんなことを行きの飛行機の中で考えながら、到着した京都はというと、北海道よりも一足早く春が来ていて、小春日和のいい天気、気温も程よい感じで清々しい。桜はちょうど満開で、京都の歴史あるお寺や神社にマッチして、なんとも風情があっていい感じ。これぞ、「ザ・ニッポン」という景色に、「やっぱ、サクラはいいねぇ〜」とややテンション上げ気味にスマホカメラのシャッターを切っていると、興奮した鼻息のせいでメガネにくもりが・・・。マスクのせい!元はと言えばコロナのせい!!くっそ〜と思いつつも気を取り直して自分だけの「ザ・ニッポン」を無事に写真に収めて北海道に戻ってきました。(注;決してサクラを撮るためだけに京都に行った訳ではありません。)

一日も早くマスクなしで生活できるようになることを願ってやみません。

投稿者放射線科部長 片田 竜司
「これでいいのだ」 長尾 知哉
2021年03月29日

 年度末である。

 大事な仕事の一つに1年に行った手術症例を学会に報告するものがある。電子カルテを365日1日1日開けると、その時どきに手術などで縁のあった患者さんの名前が画面に出てくる。その中には終末期を迎えた患者さんもいる。

 コロナ禍の中、当院では通常の手術は滞りなく行われた。しかし、病院は治療の場であるが看取りの場でもある。「面会制限」という4文字は病院で行う緩和ケアに大きな試練を与えた。

 本来、「密」が売りの緩和ケアにとって家族との面会は重要な要素である。終末期を迎えた患者さんにとって、家族との最後の触れ合いは生きる希望でもある。医療者にとってはより良い旅立ちのために家族との連携は欠かせない。

 ホスピスが「施設」である以上、面会制限はついて回る。となれば、究極の「密」は在宅ホスピスとなる。近隣では看取りまで対応してくれるクリニックが増えた。家族は在宅ワークで家にいる時間が増えた。「少し暇になった」という家族もいる。在宅療養の条件がコロナで整った形となった。

 将来しんどくなるだろう患者さんに「しんどくなったら」とは言えない。「長尾の顔が見たくなったら戻っておいで」と言い、握手をして自宅へ送り出す。

 「戻っておいで」とは言うものの、患者さんは戻ってこない。結局それが患者さんとの最期の会話になっている。

 「家族に見守られる中、静かに自宅で亡くなられました」と訪問診療医からの手紙が届く。バカボンのパパではないが「これでいいのだ」と自分に言い聞かせる。

 手術症例を入力していくだけなのに、握手をしたままの患者さんを想い、カルテを眺めている。

 年度末までに仕事が終わらない。

投稿者外科・乳腺外科医長 長尾 知哉
「驚き」 関山 伸男
2021年03月22日

 "自分が死ぬことなど考えたこともなかった"と80才も過ぎた老婆は死の間際に目を大きく見開いてつぶやいた。

育ち盛りの6人の子供と夫と腰の曲がった義父といった大家族を抱えての日々を思い出しながら、当然ながらそのころには自分の死などについては少しも頭をよぎることは無かったと。

今ならばあばらやともいえる家もそのころには並の家と感じられていた。家の横に広がる畑には季節の野菜はもとよりトマトやウリやスイカが実り、秋口には数種類のリンゴや二十世紀ナシに似た北海早生などのナシや大栗、デラウエアなどのブドウが秋の冷気の中で味わえた。鶏の卵や羊のミルクも毎日のメニューであった。

子供たちはいずれもそこそこの優れもので、田舎では自慢の種であった。唯一お金はなかったが、6人の子供を大学にまで通わせた。さらにだれかが病気になった時に困らないようにと1人を医者に仕立てた。このような日々をやりくりする中ではもちろん死などを考える余裕もなかったと。

しかし夫が定年になって子供たちもそれぞれ独立して日々の生活に余裕ができたあとは、子供や孫との付き合いの中で月日を過ごして齢を重ねる中で自分の先行きを考える時間もあったとも思われるが、自分の死などには思いもおよばなかったと。

医者になった子供は医者になった時から自分の死にざまをあれこれと考えて時を重ね、今母親のいまわの際に近い齢になった。

母親が死に際に"自分が死ぬことなど考えたこともなかった"とつぶやくのを聞いた時にはとても驚いたが、自分の死ということを少しも考えずに生きてきたということの意味は本人にしか分からないこととして、この言葉をつぶやく姿を思い出すたびに今でも驚きを禁じ得ない。


ちなみに比べるべくもないことではあるがナイチンゲールについても自分の死について語ったところはまだ見たことがない。是非にも彼女の頭の中を訪ねてみたいものである。

投稿者消化器内科主任部長 関山 伸男
「地頭(ジアタマ)への憧れ」 小笠原 卓
2021年03月15日

僕の半生は自分の要領の悪さとの格闘だった気がする。物事の理解力が特に悪いわけではないと思うが、運動神経はかなり悪く、全体的にみると少し鈍臭い奴だった。親戚に"カカシ"と称された時は凹んだ。父は優秀で、運動神経もよく、子ども心に自分で勝手に比較して凹んだ。

小学校のクラスではよく発言する方だったので成績も決して悪くはなかったが、"地頭がいい"クラスメイトが2-3人いて、自分が思いつかないような回答など中々鋭い発言をしていくのを横目にみて歯噛みした。しまいには、質問の答えがまだ思いついてないのに(負けたくないので)勢いよく挙手して、結局答えられないという(かかなくてもよい)恥をかいたこともある。

 中学校に入ってもやっぱり周りに"地頭がいい"人が必ずいた。いち早くテストの答えを解く人や話していると頭の回転が早い人が必ずと言っていいほどいるのである。中学校はあまり学校の授業を聞いてなかったから、高校受験のための勉強は全て塾頼りであった。塾にも行かず学校の授業を聞くだけでよい成績を取れる人たち(つまり"地頭のいい")がいると知って、すごく羨ましかった。

 高校2年生になって初めて医学部進学を志した。近い親戚に医者は一人もおらず、医学部受験の難しさを誰もアドバイスしてくれなかった。文系の科目が得意だったので(というか数学が苦手だったので)、学校の先生は文系に進んだらどうかと勧めてきた(余計なお世話だ)。高校のテストでは3年間通じて、どうしても勝てない人が10人はいた。高校では自分もたくさん勉強したのだから、この10人は僕より"地頭がいい"のだろう。

 2浪の末医学部に合格した。合格に時間がかかったのは、勉強のスタートの遅さというよりは要領の悪さだろう。合格した時に涙した、「これで学力に関して(頭の良さに関して)他人と比較しなくて済む」と。それは甘かった。医学部では現役で合格した"地頭のいい"人達が沢山いたのだ。えー...ちょっと話が違うし...。

 しかし齢40近くになってみると"地頭"の差って何かそこまでこだわる必要があるのかとも思い始めた。世間で言われる"地頭の良さ"って、いわゆる記憶力や問題処理解決能力の速さ・正確性を主に指しているのではないかと思う。けど、人間の頭のよさって果たしてそれだけですかね?

例えば、たまにテレビでIQ 180の天才("地頭がすごくいい")が出て(ああなりたいと心底羨ましく思うんだけど)、じゃあそういう人が、仮に与えられた高難易度の試験を満点で回答するとしても、地球温暖化や少子高齢化などの答えの無い問題を満点で回答できるのだろうか?世界の貧困問題を今すぐ解決できるのか?おそらくできないでしょう。誰だってできません。

 「十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人」という言葉だってある。冷静に俯瞰するとかなり"酸っぱい葡萄"感が満載の文面になったが、言いたいのは、何か物事を為そうと考えた時、自分の"地頭"の無さを嘆き他人との頭の出来を比較するのではなく、地頭の差を乗り越える、物事をやり抜く強い意志や気概があるかどうかが大事ではないか、ということである。

 ちょうど受験シーズンに依頼のあったエッセイだったので、徒然にこんなことを思った。自分もひと時、それなりに苛烈な受験時代を過ごしていたのだが、今となっては何となく懐かしい。現在頑張っている受験生諸君の多少の参考になれば幸いである。

投稿者小児科医長 小笠原 卓