「シロウトの時代、プロの時代」 蘆田 知史
2018年10月10日
今年度のノーベル医学生理学賞は、京都大学の本庶佑教授、米国テキサス大のジェームズ・アリソン教授が受賞した。受賞の内容は、免疫チェックポイントとよばれる分子PD-1、CTLA4の発見であり、これらの研究が癌の免疫療法を可能とするオブジーボなどの治療薬に結びついたためである。
これらのことは報道に詳しい。

私は1983-1988年の間、大学院生として免疫学の勉強をしていた時期がある。このころ、本庶先生は京大の教授として既に有名であり、T細胞レセプター遺伝子のリアレンジメント機構の研究でマサチューセッツ工科大学の利根川進教授とともにノーベル賞を受賞するのではないかといわれていた。
この研究ではノーベル賞を逃したが、その後のPD-1の研究で見事に受賞に輝いた。

大学院の時代、私はよく同僚といろいろな話をした。いまの研究は果たして学位論文になるのか、やってもやっても結果が出ないのはテーマが悪いのではないか、などよく愚痴をこぼしながら、来る日も来る日も細胞を培養し、マウスに注射し、電気泳動を行い、そんな日々を過ごしていた。このころ、指導教官に、「どうせ私たちのような大学院生はプロの研究者にはなれないと思う。臨床に戻ったら全く違う仕事をして、患者さんの内視鏡検査なんかの助手をするだけだから」と愚痴をこぼしたことがある。そのときに指導教官の先生、「アシダ、それは違うぞ。」といわれた。「これからの医学研究はシロウトの時代なんだ。研究のテーマは広く臨床をみている医学者が見つけ出し、自動化された研究機器をつかって患者の治療に直接結びつくような研究が行われる時代がきている」と話された。私はその言葉に感銘し、大学院を卒業した後も炎症性腸疾患についてのいろいろなことを研究テーマとして大学病院の生活を過ごしていた。その結果、いくつかの研究成果は後輩によってあらたな研究に繋げられ、現在のIBD診療に役立つものも出てきている。

現在私はシロウト研究者の時代を過ぎ、プロの臨床医としてがんばっている。本庶先生の生涯は報道で見る限りプロの研究者の根性と執念に満ちているように見受けられる。私もまだまだ臨床医としてがんばらなければと思うこの頃である。

投稿者副院長 IBDセンター長 蘆田 知史
「ダイエットの話2」 辻 英樹
2018年10月02日
 今も昔も変わらぬダイエットブームである。カロリー制限食品やRIZAP、腸内細菌、サプリメント、水ダイエットに、スレンダートーン。ネットやテレビを見ればそれこそ星の数ほど出てくる。最近はダイエットで名を売る芸能人?も存在して、面白く時に真剣に体験談を披露してくれる。「これでこんなに痩せたんだ!」きっと世間の関心も一昔前よりずっと高いに違いない。

 実は5年前、私はこのリレーエッセイで自分自身の「ダイエットの話」をした。私には40歳過ぎの頃に行ったダイエットの成功体験がある。やり方はいわゆる糖質制限。ご飯にパン、パスタにラーメン、砂糖の入ったジュース、コーヒーetc. これらの糖質を全て排除する。そして軽い散歩程度の運動を毎日行ったところ、半年弱で約13キロの体重減に成功した。「簡単じゃん。」そう思ったのが運の尽き。その後甘い誘惑に負けてしまい、またまた体重が微増してきたところまではエッセイに書いた。
 では前回から5年後、私の体重はどうなったのか?維持できたのか?また再び痩せることができたのか?それとも・・・・? 私を知っている人ならご存知であろう。見事にリバウンドしてしまったのである。ああ本当に情けない。原因は・・・「いつも美味しいものをお腹いっぱい食べたい」この単純な誘惑に勝てなかったのだ。私は負けてしまったのである。
 「短期間のプチダイエット」ならこの5年間でそれこそ10回はやった。成功体験があるのでやり方はいつも同じ。1か月位で3-5キロくらいなら簡単に痩せられる。これがいけない。また簡単に3-5キロ増えてしまうのである。「先の事はわからないんだから、美味しいものを今食べなきゃ損だよな」とか言ってまた食べちゃうのである。その都度後悔する自分がいる。「またダイエットやろ」その繰り返しの5年間であった。
 この5年間でわかったこと「自分はやっぱり食いしん坊で太りやすい体質である」「自分はいつでも痩せられるという自信がやっぱり良くない」「私という人間は基本的に変わらない」悔しいがこの3点である。私が尊敬する野球人野村克也さんは「進歩とは変化することである」と言っている。そこをいくと私は全く進歩していないという事になる。来年50になるトシだしもう仕方ないのか?私の体重が確実に減るにはどうすれば良いのか?問題はダイエット方法云々ではない。何か根本的な事を変えなきゃダメなんだろうな、と思うのである。

投稿者副院長 外傷センター部長 辻 英樹
「厚生労働省の愚策」 和田 好正
2018年09月25日
健康診断センター勤務の和田です。

厚生労働省には、我々の貴重な税金で高い給料もらっている公務員がたくさんいます。中でも、医師免許を持ちながら、実際の医療にほとんど関わる事無く、実践医療を知らない医者たちが、約250人もいます。これらの人間に、日本の医療が牛耳られているのですから、たまったものではありません。

一例を挙げてみましょう。
ある製薬会社から、『トレリーフ』という薬が最近出ました。パーキンソン病治療のレボドパ作用を増強するとの事です。薬価は、25mg錠で、1,115.90です(今日の治療薬 2018 P 958)。神経内科領域の薬で、知らない方も多いかもしれませんが、この薬剤の一般名は、『ゾニサミド』といいます。同じ会社から、同じ一般名の薬が、『エクセグラン』という薬剤名で古くか発売されています。抗てんかん薬で、薬価は、100mg錠で、29.80です(今日の治療薬 2018 P 921)。同じ薬剤なのに、薬効が新しいというだけで、こんなに薬価が跳ね上がるなんておかしと思いませんか。製薬会社、厚労省、有名大学教授などが、絡んでいるとしか思えません。医療費を削減せよと言っている横でこんなことをしている。他にも調べれば出てくると思います。

少子高齢化社会を向かえ、少なくとも我々は、地道に適切な薬剤使用に留意する必要があると思います。傷は消毒しない、認知症治療薬はむやみに増量しない、効かないインフルエンザワクチンは打たない等、医療費は削減可能です。厚労省の役人にだまされないようにしましょう。

思えば聖徳太子は、随から律令制度を輸入したとき、科挙制度(公務員に相当)だけは、日本の国柄に合わないとして、導入しませんでした。非常に先見の明があったと言わざるをえません。江戸末期までは機能していたのですが、明治に入り、時代は帝国列強主義時代へ突入し、これに対抗する形で、公務員制度を導入してしまいました。現在は、その最悪な成果が花開いているように感じます。夏目漱石が、『こころ』で吐露した、明治への嫌悪感、三島由紀夫が、晩年に嘆いた、極東の端に金儲けだけに汲々としている小さな国にならなければいいのですが。

投稿者健康管理センター医師 和田 好正
「誕生」 中川 麗
2018年09月22日
7年前の3月11日、父の誕生日。
生まれ故郷の福島が揺れた。
大切なものがたくさん海に連れ去られた。
その時、日本に生まれたのは絆だったという。

今年9月6日、母の誕生日。
第二の故郷となった北海道が揺れた。
混乱して大切なものを見失いそうになり、緊張に包まれた。
その時、暗闇の中に見えたものは光だったのかもしれない。


同じ屋根の下で働いているにも関わらず、なんとなく疎遠になってしまっていた人とも一丸となった。
私は、安心して頼れる人に恵まれている幸せ者だとわかった。
そして、家族や友人だけではなく、患者さん、地域の方々も、理解し、手を差し伸べてくださった。

みなが、ちょっとずつ我慢し、もう一歩踏み出した先に、光や日常が戻りつつある。


今年、4月9日、私の誕生日、4人の研修医が各部署に配属された。
複数の研修医が就職するのは、実に10年ぶりのことだ。
病院が揺れた。

来る、4月9日、さらに彼らの仲間は増える。
慣れた日常に変化がもたらされる。
彼らが衝突しながら切り開く道、その先には何が待っているのだろう。


若さと活力にあふれた彼らが生み出すもの
それは、きっと、この病院、そしてこの土地の希望だろう。

彼らがそれぞれの分野で、活躍する基礎を身につけられますように。
地球のはしっこ、宇宙のはて、どこにでも飛び出せる脚力といい出会いに恵まれますように。
そして、いつまでも、さまざまな角度からこの星を照らす希望でありつづけますように。

みなで、ちょっとずつ我慢し、もう一歩踏み出して、彼らの成長を支えながら、恩返ししてゆけたらと思います。

投稿者副院長 プライマリセンター長 中川 麗
「野球観戦」 三浦 美文
2018年08月28日
先日、家族で日ハムの試合を札幌ドームに観に行った。時間がある時には試合開始まで余裕を持って行き、ビールを飲みながら食事を取り練習から観ている。
 
その日もドーム前でバスを降り階段を登って北3ゲートへ向かう。あれ?いつもより並んでいる人が多い。何かを貰える日だったかな?と思いながら、時間を潰すためにグッズ☆ジャムへ入る。フラッグ、風船、帽子なんかを買い外へ出るがあまり動きがない。南ゲートの方が混んでいないと思いそちらへ向かう。北2、1ゲート、西ゲートを過ぎて南ゲートが見えた。あれ?こちらの方が凄い感じがする。しかも一部のゲートが開いていない。東ゲートは閉鎖していたので結局ドームを一周して最初にいた北3ゲートから入場した。そんな訳で、その日は入場までに少し時間がかかってしまい食べ物とビールを買って席に着いた時には試合開始までそれほど余裕がなかった。まずビールを一口飲み、食事を取っている途中で国家斉唱となった。

食事も終わり、いよいよこちらも臨戦体勢のはずが。その日はいつもと少し違う野球観戦となった。席は実況席の左横でシーズンシート用の赤いカバーが掛けてある席のすぐ上だった。我々の席の2列前にレアードと書かれた黄色いTシャツを着た外人3人組、その2つ右側にアルシアのユニホームを着た明らかに南米女性の二人連れ、さらに2例前には3番のユニホームを着た家族、その右隣りには25番のユニホームを着た家族(明らかに関係者)が座っている。ちなみに私は8番を着ている普通のおじさんですが。

その日もビールを2杯、3杯と飲みながら一喜一憂しながら盛り上がっていたのですが、どうもいつもと勝手が違う。2列前、4列前が気になってしょうがない。特に、その選手が出てくるとどんな行動を取るのか、席を立って移動しようものなら、ずっと目だけは追ってしまい何を観に来たのか分からない。私がドームで観戦する時の勝率は割と高く「勝利の女神」と呼んでいるのですが、こんな事をしていたせいか、その日は負けてしまった。

ファンの皆様、この次からは真剣に応援しますのでお許し下さい。なお8月26日の観戦時、マルチネス選手、清宮選手、鶴岡選手の活躍で勝利しました。試合も残り少なくなりましたが、最低でも2位になってクライマックスシリーズを札幌ドームで戦って欲しいものです。がんばれ僕らのファイターズ。

投稿者歯科部長 三浦 美文