「How?」 小野寺 康博
2019年09月30日

小泉進次郎環境大臣が国連での地球環境に関する会議に参加した際に、二酸化炭素の排出問題に関して日本での火力発電に石炭を使用している点に関して問い質された。

問題は解決されなければならないという認識があることは示すことが出来たが、その解決のための具体的な方法や方向性については答えることが出来なかった。火力発電に限らず、本質的な論議として考えた場合、小泉大臣に向けられた"How?"(いかにして?)という質問は各国の環境問題に携わっている人々にも同様に向けられている問いでもある。

そして、その問いはこの地球という惑星に生活している私達一人一人に向けられている問いでもある。

ここ最近の台風が大型化し易くなっているのは海水温の上昇がその重要な要因となっているという。

大気圏の厚さも水層圏の厚さも地球が直径1mの球体だとするとそれぞれ1mm程になる。

そのわずか2mmの薄い膜の中に殆どすべての生物が息づいている。

海水温の上昇に影響を与えている主たる要因が人類の活動そのものだという分析が本当に正しいのだという前提が成立するのなら、活動の主体である人類がその責を負わねばならないはずだ。

空気中の酸素濃度が20.9%に保たれたままでこの惑星が回転し続けているというとてつもない奇跡の中で我々に向けられている"How?"は今までもそしてこれからも問われ続けるのであろうが、そろそろその答えを出して行くべき期限が迫って来ている状況証拠が目の前に提示されて来ている気がしてならない。

ひとつの可能性としてAIが答えを出してくれるのだろうか?

しかし、演算を得意とするAIには具体的な計算課題をインプットしなければ答えは出せないだろう。課題の設定は、やはり我々人類が行うべき大切な仕事に違いない。

いろいろな考え、アイデアが求められているに違いない。いったい、誰から?誰の為に?

私はあの会議の様子の放映以来、"How?"を考え続けている。考えるだけでは不足だろうという心の奥底からの想いが湧いても来る。

だから、"How?"

投稿者副院長・腎臓科部長 小野寺 康博
「ちょうどいい熱狂」 蘆田 知史
2019年09月27日

札幌でラグビーワールドカップが開催され、はじめて札幌ドームへ観戦に行った。

イングランド対トンガの対戦だった。

そもそもスポーツ観戦というものをしたことがなかったので、どのようなものかと思っていたのだが、開催日が近づくにつれ、段々と楽しみになってきた。2-3日前までは、その日に救急外来に患者さんがこないといいなーくらいの気持ちだったが、当日地下鉄に乗るときには、もしなにかあったら引っ越し中の藤谷先生にお願いしようと思うほど、ワクワクする気持ちがこみ上げてきた。地下鉄の駅をおりてドームまでの道は行列状態だった。歩いている人の中には、イングランドのファンというかイギリス人らしき人、イングランドのユニフォームを着ている人、顔に白地に赤十時のペインティングをしている若者、既にビールを飲みながら歩いている人などなど、気分が盛り上がってくる。試合開始2時間以上前に着席し、観客や練習風景などを眺めている。試合開始前には満員となり、歓声が上がり、スクリーンにスタメンの紹介があり、観客は興奮状態となる。キックオフの瞬間は割れんばかりの歓声となる。イングランドを応援する人がほとんどだ。

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私も高校時代は体重55kgの痩身で足が速く、ラグビー部に所属していた。14番ウイングで2試合に出場し、トライをし損なって函館ラサール高校ラグビー部の歴史を汚した。名誉のためにいうが、同級生にはほんとうに素晴らしい選手がいて、そこそこ強かった。しかし函館にはもっと強いチームがいっぱいあったのだ。そのようなわけで、私は弱いものの味方である。実力に劣るが一生懸命やっているトンガの選手を心からこっそり応援した。イングランドがボールを奪い、トライを重ねる度に胸が苦しくなるが周囲は大歓声である。後半、イングランドが4トライを重ねて勝利を決めた頃、観客の中の日本人から「トンガ!」という応援の声が上がりはじめた。最後の1分、トンガがなんとかワントライを返そうと、何度もボールを継ぎはじめたときには、トンガ!トンガ!の大歓声である。

結局試合はそのまま終わり、トンガの選手の中にはグラウンドに感謝の祈りを捧げる人があった。お互いにユニフォームを交換し、試合の熱狂は終わった。

日本人は昔から弱いものの味方(判官贔屓)の民族であった。そのことを思いだし、やさしい札幌の観客に心が和んだ。

そういえば病院のひともみんなやさしい気持ちで仕事してる。

連休明けの外来では、休み中に調子の悪かった患者さんが、「先生がいないと思って受診しなかった」といっていた。「我慢しないでいつでもきてね」といいながら、心の中でごめんなさい。

まったく素晴らしい1日だった。このチケットをとってくれたひとには一生かけて恩返しするつもりである。

投稿者:副院長・IBDセンター長 蘆田 知史
「五十にして天命を知る」 辻 英樹
2019年09月17日

 今年もリレーエッセイ執筆の季節となった。大体1年に一回同じ時期に順番が回ってくる。今回は50歳を超えて初めてのエッセイとなる。感じていることを書いてみた。

 区切りの年齢となった時、私はいつもあの孔子の言葉を思い出し、その都度自分の境地と比べてきたような気がする。「四十にして惑わず 五十にして天命を知る」 大台に乗った私は、果たして天命を知ることは出来たのだろうか?

 答えはノーである。そもそもこの世の中、「四十にして惑わず」という人もそういないだろう。惑わされてばかりの人の方が圧倒的に多いに違いない。私もそうであった。私がこの忙しい救急病院に来たのが37歳の時。めまぐるしく変化する日常の中、毎日毎日惑わされてばかりだった。であるからまして「五十にして天命を知る」人など、今の日本社会に本当に存在するのか?と思ってしまう。

 今や人生100年時代。超高齢化社会に突入し定年年齢はどんどん引き上げられ、50歳となっても「若手」などと言われてしまう。そんな世の中であるから「五十にして天命を知る」ことなど許されない?背景もあると思うのだ。

 では解釈を変えてはどうだろう。私は今まで「五十にして天命を知る」とは「50歳になったら自分の使命を悟る」というような意味だと思っていた。だからこそ「そんなのまだ無理だ」と思っていた。しかしネットによるとどうもそんな意味ではないらしい。現代と違って孔子の時代は50歳といえばもう老境の時代。つまり「天命を知る」とは今までの生き方ですでに己の限界を知り、諦めよ、ということらしい。この意味なら私でも「天命を知る」ことが出来そうである。髪の毛が薄くなっても、酒が弱くなっても、遠近両用メガネとなっても何も焦ることはなく「諦める」。何事も焦らないで「諦める」ことも肝心なのだ。これが六十:耳順、七十:従心の孔子の境地に入る近道に違いない。

投稿者:副院長・外傷センター部長 辻 英樹
「糸切り歯」 三浦 美文
2019年08月26日

 ネットで昭和の親父言葉、死語なるもの見ていた。使うと年寄り認定されるとか、幾つわかる?とクイズ形式になっていたりします。しかし、悲しいかな知らないものはなく、むしろ懐しく感じられる。実際、親父なのであたり前田のクラッカーです。

 ところで、糸切り歯って分かりますか?若い子の多くは知らないようです。糸切り歯は前から3番目の尖っている歯のことです。犬歯(これも知らない人がいるかも)、八重歯ともいわれます。肉食獣の牙に相当し獲物に致命傷などを追わせる歯です。八重歯は可愛い象徴として取り上げられる時もありますが、これは日本だけです。糸切り歯の由来は、かつてこの歯で糸を切っていたからそう言われています。現代では、歯で糸を切る習慣が無くなったため死語になってきています。

 人間の糸切り歯の本来の役割は何でしょう。咬み合わせや顎の機能から重要な歯で、顎を動かす時にガイドとなる歯です。たとえば、軽く咬み合わせた状態から左右に顎を動かす時にその歯で誘導するのが良いとされています。負担がかかる歯なので根の長さが一番長いです。糸を切るための歯でもなく、八重歯では本来の機能を果たすことができません。糸切り歯の誘導が失われると、それより後ろの歯に過重な負担がかかり悪影響を及ぼすこともあります。それは、奥歯は根の方向に真っ直ぐな力には強いのですが、歯を倒すような横の力には弱いからです。

 軽く咬んで顎を左右に動かしてみて下さい。その時に動かす方向にある糸切り歯を中心に誘導しているかを確認してみて下さい。そうではなく、動かす側と反対の奥の方の歯が当たって、本来接触しているはずの糸切り歯が当たっていない場合は特に注意が必要です。不安な方は、かかりつけの歯医者さんに相談してみると良いでしょう。

投稿者歯科部長 三浦 美文
「奥さんが『スー女』に」 岡 敏明
2019年08月19日

 相撲好きの女性のことを、「スー女」と呼ぶそうだ。実は妻は「相撲大嫌い」で、私がテレビで相撲を見ていると、常に冷たい視線を投げかけていた。

 ところが2年前から突如、スー女に変身。理由はよく分からない。だが相撲のある時期は、突然テレビの前で、一緒に応援するようになった。

 更に、〇〇富士、○○海など力士の名前が出ると、東京農大出身、日大出身、などとすぐ答えられる。変われば変わるものである。しかし「俄か(にわか)ファン」の悲しさ。ある時、取組の前に布のようなものを下に掲げ、土俵の廻りをぐるぐる人が回っている(つまり懸賞金の垂れ幕:正確には懸賞旗)のを見つけ、「あれは何だ」と聞いてきた。懸賞旗といって、1本7万円で応募でき、力士の手取りは1本あたり6万円であることを教えたが、腑に落ちない様子であった。

 いずれにしても、家族の共通の趣味として、相撲はなかなか良いものである。相撲に関心のなかった方も、見だすと家族で楽しめると思います。精神衛生上も、とても良い(競馬と違い、贔屓力士が負けても少しがっかりする程度)ので、お勧めです。

 ちなみに、私の贔屓は横綱の鶴竜関。妻の一押しは北勝富士関ですが、最近妻は逸ノ城関(モンゴル出身の巨漢力士)をも、密かに応援しているようです。

投稿者小児科臨床顧問・血友病センター長 岡 敏明
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