九州にいたころ、インシュリンの自己注射をしていた糖尿病の患者さんがいました。善良ですが、大量飲酒者でアルコール依存症の人です。九州ではそういう人をポタトール(potator)と呼んでいました。北海道ではあまり聞いたことがありません。ポタトールはドイツ語だと思っていましたが、ラテン語 らしいです。彼はお酒で肝臓も膵臓もボロボロという感じでした。特に膵臓は膵石を伴い萎縮していました。飲酒によって慢性膵炎となり、インスリンが膵臓で充分作れなくなり糖尿病になったと思われました。
入退院を繰り返していましたが、ある時一念発起してお酒をやめました。彼の家はキリスト教で、教会の断酒会に入り、その後そのリーダーになりました。各地を回って指導したり、講演したりしていました。断酒会のリーダーとして外国にも行ったりするようになり、ローマ法王にも会ったとかで、生き生きとしていました。断酒して数年たち、もうこれで大丈夫だろうと思っていました。
ある日、暗い顔をして外来を受診しました。また飲酒するようになったというのです。とても暑い日に墓参りに行って、大量に汗をかき喉がからからに乾いていました。ちょうどその時、墓にお供え物としてカップ入りのお酒が置いてあり、つい飲んでしまったというのです。いったん飲んだら、飲酒が止まらなくなったそうです。恥ずかしくて断酒会にも顔を出せなくなり悩んでいました。たった1回の失敗で自分を責め過ぎないようになどと話したのですが、根がまじめなだけにつらいようでした。
その後、彼は意識障害のため救急車で運ばれてきました。低血糖でした。当時はペン型の注射器はなく、バイアルから注射器で吸って打っていましたから間違えたりして大量に打つこともありえました。
命に別状はなかったのですが、意識は回復しませんでした。寝たきりになった彼を見るたび、あの時、もっと親身になって話していればなどと後悔していました。