「同窓会」 蘆田 知史
2020年09月07日

全く私事ですが、昨年11月、静岡県熱海温泉で高校(函館ラサール高校)の同窓会があり、友人の強い誘いでわざわざ飛行機にのって参加してきました。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、高校は半分ぐらいが函館市以外のところに実家のある生徒が入学しており、一学年100人ぐらいは学校に付属している寮で生活して通学していたのです。私もそのような寮生の一人で、人生で一番元気だった3年間を男子高校の寮で過ごすという、不潔で空腹な高校生活を送りました。(中には清潔な生徒もいました)。

私は飛行機の都合で、宴会の開催時間に間に合わず、少し遅れて会場につきました。函館ラ・サール高校同窓会会場という、広間に入ると・・・

まったく会場はどこの老人会かと思うような有様で絶句しました。なかには何年かに一度あっていた友人もおり、「お~ アシダー」と声をかけてもらい、やっと我に返りました。

宴会場では高校時代に親しかったけれど、進学先や仕事がばらばらで卒業後には全く会えず、今回の同窓会で実に40年以上ぶりにあえた友人もいました。席順の名簿をみて、名前がわかる友人が多かったけれど。 3年間、寮で同じ部屋で過ごした友人からは、「いやー、電車でお前が前に立ったらおれは席をゆずるわー」とかいわれながら、気持ちはだんだん18歳のころに戻っていきます。つまらないことで笑い転げ、友人が退学するときにはおいおい泣き、くわえタバコで歩いてパトカーに追いかけられた、あの日のころへ。

そのころ私は、本当になにもわからない世間知らずの少年で、札幌やその他の都会で育った友人たちの振る舞いを眩しく感じていました。

XX君のように格好良くラグビーをしたかったし、YY君のように天文学や数学のことを語りたかったし、ZZ君のように、JAZZ に没頭したかったし。

思えば私は。コンプレックスの塊だったかもしれません。

高校卒業後、進学し、医師になり、留学したりして、私はわたしなりに頑張って、そしてプライドもできて、今を過ごしているのだけれど、高校の同級生たちの人生の、いろいろな話を聞くうちに、そうだ、私はお前らのようになりたかったんだ、ということを心の底から思いだしました。そのとき、私は60すぎのおおやじだけど、自分が何者だったか、つくづくわかった気がしました。

以後、私はこの同窓会のことを思い出し、自分がいまなにをすれば自分として満足だと思えるのか、考えてしまうことが多くなりました。

そうすると不思議なことに、本を読んでも、飯をつくっても、犬と散歩しても、これが自分の人生なんだとこころから素直に感じられることが多くなりました。そして私の人生におおきな影響を与えてくれた、友人たちに本当に感謝しています。ありがとうございます。

こんなことはこれを読んでいるみなさんには理解できない話でしょうが、私はそういうわけでまた人生を考える機会を得、友人に恥じないようにがんばって仕事をしたいと思いました。

エッセーなのでこんな妄言ですみません。

今後もIBDセンターをよろしくお願いいたします。

投稿者副院長・IBDセンター長 蘆田 知史