「ラグビー」 中川 麗
2019年10月17日

高校時代は、ただ、ひたすら顧問の先生の顔色に怯えながら、部活をして過ぎ去ろうとしていた。最後の大会を目前に、いよいよ高校を卒業するんだ。と気づき、途方にくれた。何も持たずに、裸で社会に放り出されるような恐怖感。逃げ出すように、大会が終わるとともに、休学届を出して、ニュージーランドに行った。

もちろん、英語は話せない。ホームステイ先の猫が唯一の友達だった。その猫からダニをもらって、全身に赤い斑点ができた。おそらくかまれただけだが、あまりに美しい調和をもって全身にひろがる斑点に、医師はアレルギーの可能性も否定できない。と見立て、ヒョウ柄の私は、ホームステイ先から出ることになった。かたことの英語で何とか隙間風とともに滑り込んだアパートは、後にスラム街の中心にあると知った。

新居の窓からは公園が見えた。よれよれで泥だらけのTシャツを着た子供達が夢中で走る。胸に抱えられていたのはラグビーボールだった。あっという間に変化する流れとスピードに圧倒された。お隣の3兄弟も選手だった事に気づいたのはしばらくしてからだ。話しかけても返事はない。英語が下手だから通じないか...と、がっかりしたが、不思議とお互い探して、何らかの挨拶をする関係になった。不思議と吹き込むのは隙間風ばかりで兄弟喧嘩が聞こえてくることはなかった。いよいよ、私の英語力だけではなく彼らの聴力にもハンディキャップがあるのでは?と思い始めていた頃、お母さんから、「この子達、オールブラックスに入るために目だけで会話をする練習中らしいの。返事もしなくてごめんなさいね。」と言われ唖然とした。

あの兄弟もそろそろ30歳くらいだろうか?

今、日本のスタジアムを走っているのだろうか?

先月、札幌にて行われた2試合に後方支援病院として参加させて頂いた。

残念ながら怪我をしてしまった選手が当院へ搬送されたが、皆様にサポート頂く中、全員元気に帰国することができました。

ありがとうございます。

ラグビーの世界も救急医療もまだその何たるかを語る程理解はできていない。

ただ、少し似た側面を持つのかもしれない。めまぐるしく変化する流れを読むには、言語化できないことも伝えあえる、信頼できる仲間との阿吽の呼吸が欠かせない。それぞれの専門家としての立場で果たすべき役割に集中しながら、お互いの動きを感じあう。ボールを持っていない人の動きも流れを変える。

よれよれのスクラブで、一所懸命、抱える患者さんを明日へ繋げるべく走ってみる。そんなところが似てるかも。

助けの手を差し伸べてくださる地域の方々と、応援の声に答えられる様、もう少し頑張ってみようか。

今日も、今春加わってくれた新しいスタッフ達が、もくもくと前進する姿に励まされる。

近日、その彼らの後輩の入職も決まる予定だ。

20年後、彼らが走るスタジアムはどこにあるだろうか。どんな夢を繋ぐのだろうか。楽しみだ。

投稿者副院長・プライマリーセンター長 中川 麗
カレンダー
カテゴリー