「10年」 塙 健一
2016年01月20日
自分がこの職場に入職してから早10年。
自分が入職した当時は13人しかいなかったリハビリテーション科だが、現在は3倍近くに増え34人となりそれなりの大所帯となった。
自分が入職してから、新たに入職した人は41人。
自分が入職してから、退職した人は20人。
志高く辞めていった人、職場環境が合わず辞めていった人、結婚して辞めていった人など人それぞれだ。
誰も辞めない職場などあり得ないが、自分より後に入職した若いスタッフが先に辞めていくのを見ていると寂しく感じる。
入職した頃の13人という少ない人数の頃は、毎日同じメンバーで顔を合わせ、家族のように和気あいあいと楽しく仕事をしていた記憶がある。現在の30人を超えた人数では、顔を合わせてはいても用事が無ければ、全く喋らない人同士も多いだろう。仕事と割り切ってしまえばそれで良いのかもしれないが少し寂しく感じる。

今後さらに人数は増えるだろうが、若いスタッフが長く働きたいと思えるような職場にしていく努力が必要だし、自分がそれをしていかなければならない中堅の立場になった事を日々感じている。

そんな中で、2年前に志高く辞めていった2人のスタッフが、来年度から当院に戻ってきてくれることが決まり、すごく嬉しく感じている。

投稿者リハビリセンター副主任 塙 健一
「What a CE should be」 木下 直樹
2016年01月13日
2016年、新しい年が始まった。
今のところ札幌は極端に雪が少なく、雪かきや車の運転がラクである。
生まれや育ちもずっと札幌だがこの様な真冬の風景はけっこう珍しい。
春までに気が狂うようなドカ雪が降らないことを祈るばかりだ。

 私は臨床工学技士(以下、CE)という資格を持ち、15年間病院で働いている。学生当時北海道におけるCEの養成校はわずか1校しかなかったが現在は5校にも及ぶ。
当然CEの絶対数は増えているはずなのだが・・・

 社会人となり、飲み会などで初対面の人に「何の仕事をしているのですか?」と尋ねられ、「CEです。」と答えると当然のように「・・・?」で返ってくる。まぁそうだよなと自分も納得していた。だから医療系であり、病院勤務であり、医療機器の操作等々すべてを説明し、それでやっと「へぇ~」となる。ここでやや残念に思えることは15年間就労しているにも関わらず今もなお初対面の人にCEという仕事を長々と説明している状況が当時とさほど変わっていないことだ。
時に寂しく感じる今日この頃・・・

 認知度の有無はともかく、いくつかのCE業務の中で私がやりがいと感じていることがある。そのうちの1つが院内の機器に故障やトラブルが起きた際に業者やメーカーを介さず、自らトラブルを回避し正常な状態に戻すことが出来た時だ。現場のスタッフが喜んでくれ、「ありがとう」と言ってくれるばかりでなく、なにより業者等による修理・点検費用を浮かすことが出来た喜びは大きい。CEとはそういう役割を持っている業種だと言われればその通りだが、それ以上に、CEとしての存在の意義を今は主張出来ると考えている。
 
余談ではあるが、以前はCEとは無関係とも言える様な内容のことでも病棟から多々呼ばれていた。(目につくと「ちょっと待って!」と止められる。も含む)
例えばシュレッダーが動かない、TVがつかない、ナースコールが鳴らない、パソコンのローマ字変換が出来ない等々挙げればキリがないが「うちらの仕事ではないんですが・・・(-_-;)」と言いつつもそこへ出向き大半はやってのけた。そして「どうだ!」とは声を発さず、胸中に収めその場を去る。現在その様なことは各専門スタッフにおまかせしているので対応する機会はほとんどないが、それも小さなやりがいと感じていたのも事実である。

 病院とは様々な専門職の集団である。当院でも20以上の専門職員がおり、患者さんの為にチームを組んで業務を遂行している。先程も述べたように世間一般的にはCEという存在は未だあまり知られていない。だが、医療という分野で考えるとCEの存在意義は昔とは歴然の差ではないだろうか?(誇張気味!?)
チーム医療という言葉の中にCEがいて、またそこでどうあるべきかと沈思黙考する日々もやりがいの1つとなっている。

part2に続く…

投稿者ME室副主任 木下 直樹
「私実習担当になりました」 山内 秀則
2015年12月24日
私は医事課で入院係をしてます山内と申します。
先日、職場内の仕事分担で新たに「実習担当」に任命されました。

私も徳洲会で実習を行い、いろいろな体験をさせていただいたので、
同じようにいろいろな体験をし帰って頂けるように努力したいと思います。

しかし現在は電子カルテ、オーダリングシステムが導入されたことで、
カルテの運搬、紙ベースでの運用が主だった昔と比べると仕事量が激減。
尚且つメディカルクラークの確立により仕事が分担されたことで、
医事課で経験ができる仕事が減ってきているのが現状です。
真面目に考えないと、いろいろな体験ができる環境にはないかと思います。

他に当時の実習で思い出の残っているのは、現在も行ってる他部署での体験です。
横の繋がりの大切さ、それぞれの部署の大変さを肌で感じることができました。
この体験は入職後ではあまり出来ないのでこれからも継続して行い、今よりも
多くの部署で行えたらといいと考えております。

これらのことを踏まえて考えましたが、現時点では医事課のルーチン業務、他部署での
実習しか決まっておりません。
時間はありませんが、沢山の経験を積んでいただけるように考えていこうと思います。

徳洲会に実習に来て良かったと言っていただけるような、カリキュラムを組み満足して
帰っていただきたいと思います。

投稿者医事課主任 山内 秀則
「緩和ケアについて」 田中 正臣
2015年12月17日
薬局の田中と申します。お題はフリーということですが、薬局のスタッフはきっとファイルメーカーがどうだとかIT関連のこと書くんだろうと予想していると思いますが、緩和ケアについて書かせていただきたいと思います。

自分は今年より緩和ケア委員会に参加させていただいております。前の職場でがんの患者さんとはたくさんお付き合いをしてきました。でも実は緩和ケアを受ける側という立場も2度ほど経験しました。自分の母と義父ががんで亡くなっています。母は20代の時でまだ学生でした。緩和ケアという定義も方法も確立していなかった時期だと思います。ベットから動けなくなっても一度家に帰りたいとずっと言っていました。その時の受け持ちの看護師さんが尽力してくれて、亡くなる前の日に非番の看護師さんが付き付き添ってくれて家に連れていくことができました。それまでは意識もはっきりしない状態だったのに家に帰るとはっきりし不出来な二人の息子のために残したもの場所を教えてくれました。滞在は30分もなかったかと思いますが、家についた途端に目に力が戻ったのが今でも忘れられません。義父は前の職場に勤めていた時でした。痛みのコントロールで1週間ほどの入院予定が2か月に延び最後の入院となりました。痛みが強くあっという間にベッドから動くこともままならないようになって、本人もこんなはずではなかったとかなりつらかったと思います。義父は愛猫家で飼い猫に最後まで会いたがっていました。やはりその時の受け持ち看護師さんが尽力してくれてなんとか飼い猫たちに会わせてあげることができました。その時の義父は泣きながら猫たちを抱き、猫たちもずっと満足そうな顔をしていました。この二つの経験は今になって思うのですがすごい緩和ケアだと思います。

今年は芸能人のがんでお亡くなりになった人でぎりぎりまでメディアで見かけた人が多かった気がします。緩和ケアとは体の痛みを取るだけではなく心や社会的な痛みや辛さもケアをします。痛みだけではなく私の家族の苦痛に思っていることをくみ取り最大限の援助をしてくれました。きっと芸能人の方も医療者がいろいろ裏でサポートをしていたのだろうなと思います。当院の緩和ケア委員会では緩和ケアの知識普及のために朝の勉強会や毎月研修会を行っていますので興味のある職員の方はぜひ参加してください。
長文お付き合いありがとうございました。


投稿者薬局主任 田中 正臣
「リレーエッセー」 佐久 恵子
2015年12月09日
私には、尊敬する上司がいます。この上司に出会うことのできた私の人生は、本当にツイテイルと思っています。
ソーシャルワーカーは、福祉が専門の仕事です。病気や怪我をもちながら、頑張っておられる患者様やご家族をお手伝いする相談係です。
私は幼少期、寝たきりで入退院を繰り返していた祖父の療養生活に接しながら育ちました。その中で出会ったソーシャルワーカーの方に魅せられ、ソーシャルワーカーになることが私の夢になりました。

福祉の勉強を積んで、社会福祉士の国家試験に合格。学校卒業後、当院に入職できたものの、ソーシャルワークがわからず悩む日々。自分の力量不足が原因で、患者様にご迷惑をかけているのではと何度泣いたことか。当時、上司と私2人きりの相談室で、夜な夜な厳しくも親身に指導を続けて下さいました。なかなか成長できない私を見捨てず育てて下さいました。上司は、患者様からたくさん教えてもらうことのできるソーシャルワーカーの仕事は幸せである、と言います。その通りだと私も思えるようになりました。

上司の背中を追いながら、気付けば11年の月日が流れました。今日も上司は息を切らして院内を駆け回っています。こんなにベテランソーシャルワーカーでも、決して学ぶことを止めません。研修参加、学会発表…。決して若くないので倒れないだろうか、体が心配です。
こんな事を書いたと知れたら怒られるんだろうな。でも言わせて下さい。上井ボス、大好きです!!!


投稿者医療福祉連携室副主任 佐久 恵子