新病院に向けた私の希望
2010年02月25日
少し前の白石徳洲会病院は兎にも角にも忙しい病院でした。
以前、街でこんな話を聞いたことがあります。 「急に具合が悪くなってもあの病院に行けば何とかしてくれる、遅い時間、深夜もやっているし……」、気軽に来られる病院でした。 今現在はどうでしょう? 風邪を引いた時でさえ診察してくれるのかと不安になり、確認しないと来院出来ません。 突然自分の身体に変調をきたした時たとえそれが軽い症状であっても夜間帯の内に診てもらうことが出来れば、朝には回復し仕事に行く気力が湧いてくるかもしれません。 今は以前あった気軽に受診できると言う安心感が薄れつつあると思います。
もう一つ気になる点は患者さん満足度です。 満足したかを判断するのは病気や怪我の処置が滞りなく行われるのは当たり前として、患者さんが会計でお金を払ったその時だとおもいます。 その時に今日受けた検査内容を振り返り「同じような検査を複数受けた やられた」と感じれば×でしょう。 必要な検査でも十分な説明を受け、理解されていなければ病院側の姿勢に不信感を抱かれます。 究極のサービス業である医療に満足度の評価は重要であるとおもいます。

新大谷地徳洲会病院への期待は安心感の回復と満足度の向上と考えています
投稿者放射線副主任  笹井 拓人
NO TITLE
2010年02月18日
新しい病院に対する私の夢はたくさんの人が来たくなる病院になるということです。その夢のための条件を挙げてみたいと思います。
まず「実力のある病院」です。再生医療など地域の医療をリードできるような治療を行えたら、私たち職員のモチベーションが上がります。そのためには研修も必要ですし、自ら学ぶことも必要です。一人一人が主体的に考えて行動する事が必要です。
夢の条件の第2番目は予防医療に関してのことです。社会保障全体のコストから考えても住民の幸せという観点からも予防医療の重要性が増してきています。しかし実際に行なうためにはいろいろな困難があります。その難しさの一つに、対象となる人にはさまざまなタイプの人がいるという事があります。年齢も若い人から年配の人まで幅広く対象になります。無保険の人もいると思います。そこで提案したい事はたとえ無保険の人でも健康診断、健康増進のためのアドバイス、栄養指導などを受けたくなるように、受けてしまうようにする事です。当然無料でということになると思います。そのためには病院にジムなどのスポーツ施設やマンガ喫茶を併設し、もしくはそれらの施設と提携する形でもいいですが、週に1回は無料で使用できるようにします。と同時にその場に看護師やソーシャルワーカーや栄養士が常駐していただいて、健康相談や栄養相談、生活に関する相談も出来るようにします。
そして更に大きな話なのですが、診療報酬制度に対しても夢というか要望があります。診療報酬を全て厚生労働省と中央社会保険医療協議会で決めるのではなく、地方自治体でも重点をおきたい分野に点数が付けられるように財源と権限を委譲してもらいたいと思います。また個々の病院に対しても病院の裁量権を拡大して、病院幹部の判断で病院に必要な物に予算を付けてもらえるようになればそれぞれの病院に特性が生まれ、病院の活性化につながると思います。
投稿者臨床工学技士副主任  永田 直樹
NO TITLE
2010年02月10日
札幌徳洲会病院に入職して10年以上が経ちました。現在、新病院に向けて準備が進んでいる中「新病院に向けた私の夢」という題のリレーエッセイの順番がついに回ってきてしまいました。

私の場合は「夢」というよりは「目標」に近くなると思いますが、札幌徳洲会病院が『選ばれる病院』になることです。札幌市内だけでも多くの病院が存在しますが、その中で患者さんはどの様にして病院を選んでいるのでしょうか?選ぶ基準はいろいろあると思います。例えば、家の近所にあるからとか設備が整っている病院だからという理由で選んだとします。実際に受診してみてもう一度受診したいと思えたでしょうか?
私は一度受診してみて、次もこの病院を受診しようと思ってもらえるような病院にしたいと思っています。私の所属している部署は受付・計算・会計をします。受付は患者さんが病院に来た時に最初に接する場所です。そこで病院の印象が決まってしまうといってもいい場所なので、良い印象をもってもらえるよう今後も努力したいと思っています。

患者さんが診察を終えて帰るとき、この病院を選んでよかったと思える病院づくりが「夢」であり、「目標」です。
投稿者医事課副主任  似鳥 朋美
NO TITLE
2010年02月04日
 私が入職し早くも9年が経とうとしています。入職当時より「新病院」という言葉を幾度となく聞き、いつ建つのだろう?と思っていました。最近では現実味が増してきて、やっとかぁ~と思う反面、あっという間だったなぁと思う気持ちもあります。
さて、「新病院に向けて私の夢」ということですが、職員全員が働きやすい環境・設備が整い、患者さんにあらゆる面で優しい病院になり、そこの一員として働く薬剤師になることが私の夢です。昔から薬剤師は、ただ薬をくれる人、というイメージしかなかったと思いますが、今では薬の事は薬剤師に相談しようという人が増えてきているように思います。そのような患者さんの為にも「薬のことは徳洲会病院薬剤師の○○さんに聞けば安心なの」と言われ、地域の人に信頼される薬剤師になりたいと思います。また、薬局は患者さんが病院から帰る時、最後に寄る場所になるので、患者さんが気持ちよく、早く帰宅できる配慮ができる薬局にしていきたいと思っています。
投稿者薬局副主任  杉村 ゆかり
NO TITLE
2010年01月28日
しばらく前に新聞の小さな記事で読んだことなのであまりはっきりと覚えていませんが、通称「省エネルギー法」という法律が改正されて、これまでは大企業のみに求められていたエネルギー使用量の削減が、今年からは、個々の規模は大きくなくても多数のチェーン店や系列病院などを抱える事業者にも求められることになったのだそうです。エネルギー使用量の削減というのは要するに電気代・燃料費など光熱費を減らすということではないかと思われます。
多数の系列病院を抱えるというと徳洲会病院も含まれるものと思われますが、新病院建設は光熱費削減に取り組む良い機会ではないかと思います。発電用の風車の立っている病院というのもおもしろいですが、騒音などの点から無理そうです。屋上に太陽光発電パネルを敷きつめるとか、発電時に出る熱を利用してお湯をつくり発電・給湯をひとつの施設で効率よく行うコジェネレイションの設備を設置するというのは、大きなマンションなどですでに行われているようです。暖房もこのお湯を各部屋に巡らせて行います。
小さなところでは、照明を蛍光灯ではなく消費電力の少ない発光ダイオード(LED)にするとか、あるいは、近いうちに実用化されるという有機エレクトロルミネッセンス(EL)の照明も消費電力が少なく、また、天井や壁全体が光るような形にもできるようです。
冷房についても、冬に積もった雪を夏まで大量に保管しておいて、その雪の低温を利用して冷房を行うという試みが確か道内の美唄辺りで行われているはずです。光熱費ではなく水道代になりますが、水洗トイレには、飲用に使えるきれいな水ではなく、貯めた雨水や病院内で再処理した水を流すというのもすでに行われているようです。
病院を建てる時点では余計にお金がかかりますが、長い目で見ると水道光熱費の減少で元を取れるかもしれません。
投稿者検査室副主任  田辺 裕
NO TITLE
2010年01月21日
徳洲会一筋14年、早いものです。年齢も今年が年男ということで体のキレがなくなり疲労もなかなか回復せず、バリバリがんばっていた昔を懐かしく思います。
さて新病院にむけて私の夢ということですが、夢ではなく望むことを書きたいと思います。
第一に望むことは、大雑把ではありますがなによりも職員が働きやすい環境になるように設計していただきたいと思います。もちろん気持ちよく働きたいという理由もありますが、職員が働きづらくなると患者さんに迷惑がかかることもおこってしまいます。そうならないためにはやはり今現在働いている職員の意見が最重要になり、その意見をふまえた上で新病院の設計をし、働き甲斐のある病院にしていただきたいと思います。
職員に優しい・働きやすい病院は必然と患者に優しい・通いやすい病院になると思っています。
次に望むことは、業務外でのことにもきちんとした対応をしていただきたいです。その一例として職員の子供に対する保育所の充実です。今現在病院の保育所が常に定員オーバーなため保育士さんも大変でしょうし、子供に対しても環境は良くはないと思います。新病院になれば職員も増えることも考えられると思いますので、保育所の充実化は是非行ってほしいものです。
院内・院外ともに患者さんだけではなく、職員にも優しい病院になってくれればいいと願っています。
投稿者放射線副主任  藤川 大作
NO TITLE
2010年01月14日
 「新病院」という言葉は、入職した頃からいつか建つと何度も聞いていた言葉だと思います。振り返ってみると入職時、管理栄養士は4名、栄養指導室は外来から離れた場所にありました。その後、病院が増改築をし、栄養指導室も今の場所に移動しました。その後私自身数か所の施設・病院で経験を積み、昨年4月札幌病院に戻ってきましたが、栄養管理室は管理栄養士8名、栄養士2名になっていました。ずっと札幌病院で働いていたわけではないのですが、12年も働いているとこんなにこの病院も変わっていっているんだなと思いました。
さて本題の「新病院に向けた私の夢」ですが、やはり新しい厨房に期待しています。なんせこの病院ができてからずっと変わらず使っているところなので、今はあちこち故障して修理しながら使っている機具がほとんどです。厨房機器はこのような機会がないと、なかなか新しいものに変わることはないので、やはりおいしい食事を提供する為にもこの新しい厨房は期待しています。あと子供が生まれて初めてその重要性に気付いたのが、授乳室とトイレのおむつ替えスペースと子供と一緒に入れるきれいなトイレです。意外と母と子の二人で出掛けた時には、こういったスペースが結構重要です。病院は診察・会計・薬をもらうまで数時間はいる場所です。お年寄りだけではなくこのような人にも優しい病院であってほしいと思います。
投稿者栄養管理室主任  澤田 千恵
NO TITLE
2010年01月07日
私の新病院に対する夢とは、“ぐあいがわるくなったから病院に行こう”というよりも普段から、“病気の予防のために病院に行ってみようかな”と思って来院していただけるような病院作りが私の理想であります。高齢化が進んできた今日に於いて。日常の積み重ねが要因と考えられる生活習慣病も多くあるからです。
地域医療室としては、医療講演を通して地域の皆様と病院を結ぶ役割を果たせているものと、自負しているところではあります。
さてこの度、病院が新しく大きくなるのを機に望むこととしては、院内で定期的に医療講演会を開催できるスペースがあれば良いと考えます。その際の医療講演会の様子をビデオに撮影して、更にDVDに焼いておきます。そのDVDを利用して、液晶モニターを使って、患者様がいつでも希望されるときに医療講演を見てもらえる様な部屋が出来ればいいと思います。診療待ちの患者様にも利用していただくことも可能になるのではないでしょうか。
投稿者地域医療室副主任  宝泉 進
NO TITLE
2009年12月17日
私が入職してから現在までに病院は増改築もしましたが、老朽化も進み不自由な点もあり、患者様には不便な思いをさせているなと、感じることが多々あります。
私は現在、透析センターで主に仕事をしています。血液透析治療というと、1週間に2回から3回、1回の治療時間は3時間から4時間とかかります。しかも休むことなく治療に来なくてはなりません。すでに20年以上通院されている方もおります。そのような患者様が通院される透析センターです。明るく快適に過ごす事の出来る場所になること、さらに高齢で車椅子での移動の方も多く広い更衣室や休憩室、食事制限をしている方達に制限のなかでもおいしく、さらに患者様たちがコミュニケーションをとれるような食堂などと、いろいろなことを思います。
また、臨床工学技士という職業は、医療機器の安全管理、保守点検などもおこなっています。現在、当院にある機器も老朽化してきており、新病院と共に新しい医療機器になることを期待し、保守点検などを狭い机の片隅で行っています。これからの医療現場では、安全管理が重要になってきています。医療機器の管理、点検作業を行っていくスペースが与えられるといいなと思っています。
さて実際どんな病院が出来るのでしょうか。患者様には安心して心地よく治療に望む事のできる病院、また職員には、この病院で働き続けたいなと思える病院ができることに希望をもって、来年もがんばっていきましょう。
投稿者臨床工学技士副主任  林  聖子
NO TITLE
2009年12月15日
私が臨床検査技師として入職して15年程たったでしょうか・・・。
検査室では入職当初から主に輸血に関わる検査を担当しています。ですから、新病院へ向けた私の夢は、まずはこれからもミスを起こさない、そして他のスタッフがミスを起こすような状況をつくらないような業務を常に行うといことです。これは、いかにハード面やソフト面に変化が起ころうと変わりようがありません。・・・夢がありませんね(笑)

それでは、夢を少しだけ。
医療法人徳洲会にあって他の病院にないもの、それは規模の大きさから来る職員の多様性と、理事長を頂点とした高速・高信頼度の樹状ネットワーク構造が醸成されているということです。
これはここ数年ニコニコ動画等で爆発的に発展してきたCGM(Consumer Generated Media:「Consumer」(消費者)が「Generate」(作る))に必要なものをハード面では既にある程度条件を満たしているということになります。あとはソフト面でのきっかけです。動画サイトでは、1つの動画を見た人がそれを利用して自分の得意な分野で作品を作り、それを見た人がまた新たな作品を創作してプロを超えるほどの動画が多数生み出されています。徳洲会でも個々の職員が自由に意見を発信できる場があれば、そこから優れたサービスが既存のネットワークから理事長に汲み取られ全病院に波及していき、他の病院では到底思いつかないようなこともできるかもしれません。

そこで、妙案をひとつ・・・。
最近では検査結果をチェックしていて、20歳台から30歳台の患者さんでも本当にこれからはずっと高齢化社会が続くの?というような激しい検査結果を目にすることが結構あります。おそらく健康診断等をしっかり受けていればこんなひどい状態にはならなかっただろうな、と思うこともしばしばです。
健康診断を受けなかったんだから自業自得ないんじゃない?と思ってしまう方も多いとは思いますが、それでは日本人の平均寿命も将来下がってしまいますし、何より病気が酷くなってからでは医療費が高額になって国家予算を圧迫します。ですから若い人にも積極的に健康診断を受けてもらわなくてはならないのです。受けてくれないのであれば、受けたくなるようにしなくてはこの問題は解決しません。
そこで、新病院への夢ですが、メイド喫茶ならぬメイド健診センターの設置です。来院なさった男性の方にはメイドさんが担当となり、女性の方にはタキシード姿のイケメン執事が応対します。
当然センター内は萌え萌えです(笑)。新病院で建物がピカピカに加えてこんな話題性も提供できれば面白いと思いませんか。今では、地方公共団体も萌えキャラを市町村発展のために使用したり、血液センターが初音ミク展を行って供血者を確保している時代です。森院長先生、ぜひ・・・。
投稿者臨床検査室副主任  近藤 浩嗣
NO TITLE
2009年12月10日
 残すところ今年もあと1ヵ月となりました。今年は皆さんにとってどのような年でしたか?
私は4月から当院で開始となった、DPC(ディーピーシー)という入院会計請求制度の準備に
雪解けまで追われ、制度が開始になってからは日々向上の為、勉強に追われております。
文字数を増やすのはここまでとして、本題の「私の夢」の話に移ります。歴代の「私の夢」は小さい頃はヘリコプター(機体>操縦士)、小学生の頃は野球選手、中学生の頃はスポーツの選手でした。高校生以降は「普通の人間になりたかった」です。
さて新病院へ向けての「私の夢」ですが、皆さんからみると平凡かもしれませんが「新病院で働くこと」です。大半の方は、なぜ?どうして?これが夢なのかと思いますが私には過去に幼稚園、小中高、専門学校とすべて卒業後数年してから新築、増築した経験があるからです。その為、今回も新病院で働けないのではという不安があります。退職は無いとは思いますがその他に不安な要素はあります。系列病院への転勤・長期応援・無期限応援に現病院の今後の活用方法から現病院に残ることになる場合です。このことから夢に向けて退職等にならない為、自分のスキルアップの為に、今までどおり働くのではなく資格(病歴管理士、ドクタークラークなど)を取得し病院に必要とされる存在になり新しい病院で働きたいと思います。
以上が新病院への「私の夢」です。
投稿者医事課副主任  山内 秀則
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2009年12月03日
私が当院に入職して13年経ち、医療連携室に入り8ヶ月になります。
当院での役割は、患者様の紹介及び逆紹介を行なっております。
又、医療講演や救急隊の訪問,各病院・クリニック・診療所を訪問し連携を深めております。
まだ私1人で十分な機能をしておりませんが、人数を増やしより活発な活動をしたいと思っております。
新病院へ向けた私の夢は、近隣の医療機関とより連携を深め地域の方々に満足して頂ける病院になれると良いと思います。
その為には、いつも明るい笑顔で接し患者様の心を癒し、患者様への待ち時間短縮などが患者様の満足度を向上させる事になると思います。
さらに、患者様へのサービス(ドリンクサービス等),充実した設備(リラクゼーションルーム、マッサージルーム、コンビニ等),患者様とその家族が一緒に食事のできる所(レストラン等)あるといいと思います。
最後に新病院は患者様そしてその家族、ここで働く職員皆様に愛される病院になって欲しいと思います。
投稿者地域連携室副主任  高橋 宏幸
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2009年11月19日
今年の野球の日本シリーズは、北海道日本ハムファイターズが惜しくも日本一を逃しました。 Webサイトをご覧のみなさんは札幌徳洲会病院で “北海道日本ハムファイターズを応援する会”に 入会している部署があるのをご存じでしょうか? 放射線科もその中に名前が記載されていますので、興味のある方は www.fighters.co.jp/company/effort/supporters/index.php にアクセスしてみて下さい。
会員名簿から進むと、医療法人 札幌徳洲会病院はすぐに見つかると思います。 私は小さい頃から野球が好きだったのでこの会に参加させてもらっており、時には札幌ドームで 職員のみなさんと試合観戦をさせてもらっています。

そこで新病院に向けた夢として思いついたのは、札幌ドームに徳洲会の看板を出すことです。 札幌ドームのスポンサーの企業のような大きなものではなくても構いません。 私どもの病院は医療法人ですので、宣伝等にある程度の制約があるのかもしれませんが 小さくてもいいです、是非札幌ドームに徳洲会の名前を掲げてほしいです。 費用がとてつもない額になりそうなので現実的なものではありませんが、宣伝の効果は別として 皆さんにより親しみを持ってもらうにはうってつけだと思うのですが。

また、病院建設と同時に、敷地内に公園のようなみんなが集まれる憩いの場も作ってほしいです。 天気のいい日はそこで昼食とか食べられたらいい気分転換にもなります。 今は診療以外に患者さんと接する機会がほとんどありません、そこが患者さんや地域の皆さんと 触れ合えるスペースになれば徳洲会をもっと身近に感じてもらえるのではないでしょうか。
投稿者放射線副主任  高崎 芳郎
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2009年11月12日
私が札幌徳洲会病院に入職したのは、今から9年前になります。
その頃の外来は、とても混雑していることが多く薬を渡すまでに時間がかかってしまい、患者さんに不快な思いをさせることが多々あったと思います。現在では、オーダリングシステムが導入され、昔のように外来でお薬の処方箋を患者さんに渡し薬局に持ってきてもらう形式から、パソコンに医師が薬を処方すれば、すぐに薬局にその内容が送信されるようになったので、早い時は患者さんが外来から会計に行き、会計を済ませた頃には薬の用意が出来ていることもあり、患者さんに喜んで帰ってもらえることがあります。とは言っても、混雑時ではやはり待たせてしまうこともあります。患者さんを待たせないのが1番ですが、新病院では、その様なときも患者さんが少しでも気持ちよく待てるような待合室があるといいと思いました。また、薬を渡す窓口ですが、患者さんによっては混雑時など聞きたいことがあっても話しづらかったり、他の患者さんに話を聞かれたくないということがあると思われるので、窓口を増やして薬の説明を聞く時もゆったりとしたスペースで話が出来るようになるといいなと思います。
ただ、建物が良くなっても最終的には働いている人の対応によって病院の印象が大きく変わると思いますので、患者さんが気持良く帰っていただけるような対応を心掛けていきたいです。
投稿者薬局副主任 竹内 正真
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2009年11月05日
「地域医療室って何するところ?」と聞かれることがあります。私は、個人のお宅を初めて訪問したとき、名刺を差し出しながら「外回りをしております、浦濱と申します」と挨拶します。また、講演会等では「病院と地域の皆さん方の橋渡し役を務めさせていただいております」と紹介しています。
私の日常業務をもう少し詳しく説明しますと、訪問先は主に、消防署を始め近隣の病院・診療所、企業・各種団体、町内会・老人クラブ会長などの個人宅で、他に医療講演のセッティング、季刊広報誌の編纂と多岐にわたっています。なかでも、医療講演は月間30回以上の開催を目標に、講師の日程調整、会場の確保、予定表・PR用案内チラシの作成、各町内会への案内チラシの回覧手配、会場周辺の各戸ポスティング、そして当日の会場内設営・入場者受付・司会進行・後片付けと、今では業務の主流を成しています。
前置きが少々長くなってしまいましたが、こうした業務を通じて新病院に対しては、まずロビーコンサートや各種展覧会が出来るスペースがあればいいな、それも出来れば3階位まで吹き抜けのエントランスを、と思っています。新病院の近くには北星学園大があり、学生ボランティアによる演奏会が定期的に催せます。老人クラブや町内会の中には、民謡を歌ったり、フラダンスを踊ったり、大正琴や管楽器を演奏したりと多彩な人たちが大勢いらっしゃいます。当院の中にも“芸達者”が大勢いるかもしれません。そうした人々が、病院の開かれた広々としたスペースで気軽に交流できれば、とても素晴らしいことだと思います。
次ぎに、日程調整に苦労しなくても済む、いつでも院内講演会が出来る会議室があれば、と感じています。例えば、A・B・C3室の会議室を設け、それぞれが単独でも、規模によってはA・BまたはB・Cの2室通し、あるいはABC3室通しで使えるような造りであれば、会議が重なっても不自由な思いをしなくても済みます。そしてさらに、講演会の様子や話の内容が各科待合室のモニターでリアルタイムに視聴できるようにすれば、待ち時間が長いと感じる患者さんも少なくなるのではないかと思います。
また院外敷地内には、地域の皆さんが手作りのモニュメント・陶芸品・彫刻等を展示できる広場もあればいい。冬場の雪を利用して、具体的には熱交換機よって冷水を温水に換える融雪槽を設置、その温水でロードヒーティングするとか、観葉植物用の温室熱源にするといったことも考えられます。
まだまだ「夢」はありますが、私の基本理念は「地域に開かれた病院」の一点。そのためにこれからも“全力投球”で頑張る所存です。
投稿者地域医療室副主任 浦濱 稚郷
NO TITLE
2009年10月22日
私が札幌徳洲会病院に入職したのは平成6年4月1日。今から15年以上も前のことになります。当時の放射線科は私が入職して技師の数が合計8人、現在のおよそ半分の人数しかいませんでした。
当時は新人(笑)の自分を入れて、8人でも何とかなるような撮影件数でした。現在と比較して装置の数も少なく(MRIはもちろん無く、CTはマイナス1台、マンモグラフィーも無し…)今とは別世界といった感じでした。新人の自分が入職して8人だったので先輩方は大変だったと思います。 それから数年後に病院を増築しMRIやヘリカルCT等を導入し、技師の数も徐々に増えていき医療機器の入れ替えなどを繰り返して現在の状態になってきました。病院の内部(医療機器・スタッフ)は新しくなるが、建物は老朽化していくばかりです…。
早く新病院になって欲しいですね

  新病院に望むこと…
1 今の病院と比較すると駅から離れます。現実性はないかもしれませんが、雨や雪の日でも患者さんが濡れずに病院に行けるような地下道な んかできるといいですね。
2 病院の中にコンビニが欲しい(セブンイレブン・ローソン)。
3 銀行のATMもあると便利ですね。
4 ファーストフードもいいですね。

という感じです。
自分の希望ばかり書いてしまいましたが、1つくらい実現してもらいたいです。
1日でも早く新病院で働けることを願っています。
投稿者放射線主任 馬場 貴之
NO TITLE
2009年10月15日
私がこの病院に入職して早17年が経ちました。
入職当時はピカピカの検査技師1年生という言葉が似合うような、言葉を変えれば、まだまだ危なっかしいとも言えるような、そんな初々しさも兼ね備えていた(…はずですよね?)ように思います。
けれど、時の流れというものは残酷なもの。
いつのまにか5年10年と時は過ぎ、気がついてみれば新人の域はとうに超え、所謂「中堅どころ」と称される立場になってしまっていました。
それに伴い、ただ年を重ねるだけではなく、年数や経験に見合った仕事をこなせる人間になりたいと、自然に思うようにもなってきたのですが、はてさて、その夢は実現できているのでしょうか?
まま、夢は実現させるもの。
そんな夢―目標―を持って、この先も働いていきたいと思います。
「新病院に向けて…」というテーマからは、ここまで話が大きく逸れてしまいましたが、先にも書かせていただいたように、私は臨床検査技師という仕事をしています。
患者様方から採取された血液や尿を検査し、心電図やエコー検査をする仕事だと言えば解りやすいでしょうか。
仕事の性質上、来院された患者様と接することも多くある職種です。
その患者様方からよく耳にする言葉の一つに、「各検査室への移動が大変でね。」というものがあります。
外来からレントゲン室・内視鏡室、そして、検査室へ。
その移動距離は、この病院で実際に働いている私たちでも遠く感じることがしばしばです。
ですから、新病院に向けた私の夢…というか、要望になってしまいますが、この移動距離ができるだけ短くなるような、そして、患者様の負担にならないような、そんな検査室配置をして欲しいと思います。
投稿者臨床検査室 副主任 川端 珠美
NO TITLE
2009年09月24日
「原点回帰」

今、世界のあらゆる業種が不況のどん底で苦しんでいます。
我々医療界もこの真只中にあります。今後、医療機関の情報開示が進み、診療内容、実績、持っている医療資源から経営状態まで、各医療機関の実力差が明らかになっていくといわれています。
このような時にこそ、私たち医療人は足をしっかりと地につけて、更なる信頼を地域の人々から得て、病院が正しい道を歩むように心がけなければなりません。
今こそ、全職員が一致団結して、収入が少なくなった中で支出を減らす、すなわち収入と支出のバランスをよくするということが、非常に重要になってまいります。
それにはまず私たちが仕事をしている中で、それぞれが垣根を取り払って、全の職種の方々が新たな工夫を生み出し、最小の費用で最大の効果を上げるようなことをしないことには、それぞれが、一生懸命やっている病院であったとしても、今のような医療を取り巻く厳しい経営環境の中で生き残っていくことはできません。それぞれの部署が、更なる仕事の質を高め、量をこなし成果をあげるような努力をしなければなりません。
人員配置のことは勿論、医療機器設備も大事、給与処遇面も大事なことは言うまでもありません。
しかし力ばかり備えても、心が伴っていなければ何にもなりません。お互い相手に対しての目配り、気配り、思いやりの心を十分持った上で事に臨むことが肝要です。
今一度、「生命だけは平等だ」の原点に立ち戻り「医療・介護・福祉」に対する「志」を見失うことなく、一度決めたことは即、リズムをもって「全員行動」しその効果を検証しながら次に繋げていくことです。
札幌徳洲会病院の全職員は力があり一生懸命働いております。特に医師は頑張っております。「国民の生命・健康・生活を守る」のは私たち徳洲会グループが日本一だと自負している一人です。
地域の医療・介護・福祉をとおして、国家の繁栄に大きく貢献しているのです。
これからも、大いに自信を持って、徳田虎雄理事長が掲げている不変の理念にそって全職員が一丸となって、地域から頼りにされ、地域を支援する病院として更に発展するよう、「新病院移転オープン」をめざして「ムリな努力」「ムダな努力」「無茶苦茶な努力」をしょうではありませんか。
投稿者事務部長 矢野 道夫
NO TITLE
2009年09月17日
「取り戻す・・・」

新病院に向けての「夢」・・・という事では、もうすでにたくさんの職員が熱い思いを語ってくれています。
曰く、診療上の広いスペースだったり、患者様のアメニティを中心とした提案だったり、ほんのちょっぴり職員側の希望もあったり・・・(徳田理事長ごめんなさい)
さて現在の当院の現状はどうでしょう?
約8年ぶりに転勤で戻りましたが、建物の老朽化は進み、人的な面でもつい数年前が嘘のように医師は減少し、患者様にも特に循環器や内科の体制などで、多大なご迷惑をおかけしています。
しかし、何とか森院長の言われる、地域に開かれた、地域のお役に少しでもたつ病院を目指さなくてはなりません・・・。
いや今更かっこつけるのは止めます・・・。
自分(職員)の家族が病気になった時に、自分の勤めている病院で診てもらえるような体制を取り戻したい。自分の愛するご主人、奥様、お子さん、おじいちゃん、おばあちゃん・・・・もしかすると、彼氏、彼女が、夜中や日曜日に具合が悪くなっても、自分が勤めている病院を紹介・受診できないようでは悲しいじゃないですか?
私の重要な仕事の一つに医師の確保があります。何とか病院の体制を整え、地域の皆さんはもちろん、自分(職員)の家族が、病気になってしまった時に、いつでも受診できるような新病院を目指したい・・・・。
当院には幸い今も500人を超える優秀なスタッフがいます。必ず以前の輝きを取り戻せると信じています。
皆で頑張りましょう。
投稿者事務長 宮本 浩義
NO TITLE
2009年09月04日
「病歴管理室で、何をしてるんですか?」

去年の秋に長年勤務した医事課から移動になり、部署の責任者になった私は、よく言われました。  “診療情報の管理をして診療を支援する部署” です。
今はまだ、支援という言葉を使うには恐れ多く、1名を除いて、私を含め経験が少ない管理士の若葉マーク集団。 経営陣・医局の先生相手の説明会、電子カルテ導入、DPC導入、機能評価受診と手探り状態でも乗り越えられたのは、同僚に恵まれ、他部署の方のフォローあっての事。 “医療はチームワーク”を実感しています。

管理室の認知度の少ない中、知っている先生は、知っている管理室の活用方法。
「この疾病の去年と一昨年の男女年代別の資料出せる? いつ出せる?」
「この疾病の紹介率、紹介先を出せる?」
先生の突然の依頼。 「出せません。出来ません」とは言いたくないと思っている(!?) のか、同僚達は不思議と生き生きしています。
生データを集計し、図解し、統計を出し、分析する。統計分析の難しさもありますが、新病院に移るまでにはこちらから先生に提供できるようになるのが、夢であり目標です。

最後になりましたが、管理室に初めて訪れる人が、口を揃えて「息苦しいね」「圧迫感があるね」という、四方をラックに囲まれた休憩スペースも無い管理室。 どこの部署もそうですが、仕事と休憩の切り替えをするためのスペースを頂きたい・・・
投稿者診療情報管理室主任 吉原 奈穂子
NO TITLE
2009年08月28日
思い起こせば16年前・・・ 専門学校を卒業したあと札幌への就職を希望していましたが、なかなか就職先が決まらず焦っていました。そんな私に手を差し伸べてくれたのが札幌徳洲会病院であります。入職してから今日まで時が経つスピードは年々加速していて、気付けば30代後半になり今では自分の歳に焦ります(笑)。

前々からあった新病院の話も現実味を帯びてきました。私は何事にも見た目から入るタイプなので、建物のデザインや内装が気になります。理想としては他に例のないスタイリッシュで、落ち着いた雰囲気の外観であると嬉しいです、そして各検査室は患者様に不安や恐怖心を和らげるような内装であって欲しいと思います。放射線部の医療機器は大型の物が多く、初めて検査を受ける患者様から「怖い」とか「緊張する」といった言葉を耳にします。私達が良質な医療を提供するには、患者様の協力も必要ですので、そういった工夫があるとお互いに満足度もアップすると思います。
普段の私の仕事と言えば一般撮影、CT、MRI、アンギオ等があり、外来や病棟から患者様を迎えて検査をします。部署内のレイアウトや広さは検査のスループットを左右し、業務の効率や安全を考えると大変重要なものになります。新病院では現場の声とプロの意見を融合させ、ワンランク上の有意義なものにして頂きたいです。
他にもコンビニ(セブン)やカフェ、安心して子供達が遊べるような公園、近隣の住民や患者様、職員までが一息付けるようなスポット、環境を配慮した設備(太陽光発電とかCO2削減への試み)など「利便性」「癒し」「エコ」を意識した病院を建ててもらいたいと思います。

最後になりますが『私の夢』ということで書かせてもらいました。待望する新病院のスタートでどんな変化を遂げるのか、みんなの夢がどれだけ叶うのか、とても期待しています。
投稿者放射線主任 万年 敦也
NO TITLE
2009年08月20日
入職してすぐに「まだまだ先ですが、新病院を建築します」という話を聞き、きっとその頃には辞めているだろうな~と思っていましたが・・・・人生とは思い通りにいかないものです。
新病院では今まで我慢をかけ続けた職員の方々に、ゆったりと、すごしやすい、広々とした空間で仕事ができるような病院になってほしいと思います。
どの部署も狭いスペースを工夫して使って仕事していただき、頑張って働いた後は狭い休憩室で休み、周りの人とぶつかりそうな更衣室で着替え帰るという、余裕のない環境の中で過ごしています。
新病院ではこれらの空間を広く取り、仕事が終わった後にはお茶でも飲んでゆっくり職員同士が話できるようなそんなスペースやこころのゆとりが持てるようになればなと思います。
あと事務として1つ。窓のある部屋で仕事ができたらと思います。
外の景色が見えるだけでもいやされると思うんですよね。
患者さんも職員もみんなが笑顔でいられる新病院になるよう、いろんな意見をみんなで出し合って作っていけたらと思います。
投稿者総務課主任 中島 典子
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2009年08月13日
「病歴ってどこにあるの?」------医局の端の奥の小部屋です。
「○○さんのポリープの結果はいつ出ますか?」-----“病理室”と間違って電話が来ます。
「カルテ庫の人ですか?」----- 一応、診療情報管理士と言います。

壁は見えません。窓もありません。私達は毎日カルテに囲まれて仕事をしています。
ずっとパソコンに向かってデータ入力、DPC分析、統計の作成、カルテ管理をしています。電子カルテに移行してからは、その時間も今までの倍になりました。「息が詰まりそうな場所だね~」と言われることもしばしばです。
こんな部署に、今年2名の新入職者と1名の移動が!この3人のお陰で電子カルテの導入にDPC導入、機能評価にと乗り越えることが出来ました。本当に感謝しています。そんなうちの部署の一番の願いは「窓のある部屋」。ただでさえ暗い気分になる数字とのにらめっこ。自然の光が差し込めば、少しは気持ちも良いことでしょう。

また、私達の部署に訪れる人は、大半が調べ物やデータの抽出、統計の依頼。
しかし、ゆっくり閲覧できる場所も無く、折角来てくれた先生も座る場所は無く「これと、これのデータが欲しいな。あとこれも・・・」と言いながら、しゃがみこんでメモ。こんな時、ちょっと机と椅子を置くスペースがあればいいなと思います。

最後に、もう一つ!
今は少し離れている保育園。新病院では敷地内にあると嬉しいです。搾乳して休み時間に届けられる距離。急な発熱などでもすぐに様子を見に行けるのが理想です。また、昨年度父母会長をやらせて頂きましたが、その時に一番頭を抱えたのは園児数の増加でした。当初の人数をはるかに超えた園児数で昨年度97名。もう少しで100名になります。発表会なんて父母が入りきらない状態です。そんな中、3か月~6歳の子供が狭い園内で元気いっぱいに遊んでいます。子育てしながら働ける環境を見つけることが厳しいご時世。しかし当院の産後復帰率は90%以上。本当に素晴らしい事だと思います。

沢山の光が入り耐久性のある大きな窓。適度な温度調節が出来る空調。優しい色遣いの壁。子供たちが「自立心」を養える洗面所にトイレ、鞄や着替え等の収納スペース。発表会など園児の家族が見に来ても十分に座るスペースがあるホール・・・。
新病院が建つ頃には、息子も小学生。もう園に通う事はありませんが、これから働くお母さんの為にも是非、園の環境作りにも力を入れて欲しいと思います。
投稿者診療情報管理室副主任 三森 悦子
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2009年08月06日
ただいま朝の5:15です・・・今当直の合間をぬって原稿を書いております。私が入職してからは17年が過ぎました。その間私の内臓脂肪も着実に増え(アラフォー真っ最中なので・・)、多くのスタッフ・機器が変わっていき、病院も増築、更には新病院の話もいよいよ現実味を帯びてきており、着実に変化を感じている今日この頃であります。(変化に富んでいる中当直業務だけはいつも忙しく何も変化はありませんが・・笑)
私の夢という事で今回原稿を書く事になりました。夢は抱くだけではなく実現していかなければと私は思います。そういう意味で『新しい札幌徳洲会病院』が地域で一番望まれる病院になって、その一員として楽しく働いていける事が『私の夢』になります。それには新しい地域の患者様だけを考えるのではなく、現在病院に通院されている患者様の事も大事に考えていかなければならないし、私も含めそれらに対応するための知識・技術・接遇等スタッフみんなで向上していかなければと思っております。
最後になりますが何年か経ちこのエッセーを読み返した時に『私の夢』が実現していれば、眠い目を擦りながらもパソコンの前で書いたこの苦労も報われるのではと思い、エッセーを締めさせていただきます。
投稿者検査室主任 和田 直樹
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2009年07月27日
私が当院に入職して早いもので、まもなく15年目を迎えようとしています。
当院での役割は施設設備管理、患者さんの送迎など何でも屋さんに近いと思います。
私の新病院に向けての夢は、患者さんにも職員にも優しく広く余裕の有る施設、できれば患者さんがご家族とゆっくりくつろげる空間、職員には働きやすい空間をそれぞれ作って行ければいいなと思います。また、私は仕事がら他の病院に行く事が多いので、私らが気づかない部分や考えつかなかったアイデアを見てきて新病院に繋げたいと思います。
投稿者資材課係長 渡場 義幸
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2009年07月17日
私が当院に入職したのは平成元年4月。
月日がたつのは早いもので今年4月から勤続21年目、薬剤師として初めて勤め始めた病院が当院でした。
当時まだ就職先も考えていなかったとき、大学の就職部長より当院を薦められ「忙しくて大変かもしれないけど、薬剤師としてはとてもやりがいのある職場だからどうだ」と勧められたのがきっかけでした。
入職したての頃はまだ当院の薬剤師は10人程度しかおらず、ただ薬剤師としての毎日の業務をこなしていく事が精一杯でした。その頃から比べ当院の薬剤師の人数も増え、また病院薬剤師をめぐる様々な環境も変わりました。
医薬分業も進み、薬科大学も4年制から6年制となり、より医療現場で活躍できる病院薬剤師がもとめられるようになりました。
今回のリレーエッセイは「新病院に向けた私の夢」というテーマですが、たとえ新病院となり働く環境が変わってもいつまでも初心を忘れず、薬剤師としての職能を生かし、これからも患者さんのための仕事をしていきたいと思います。
投稿者薬局主任 酒井 宏満
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2009年07月09日
と或る日、某所での光景。
一目でいい木を使っていると解るL字型の木製のカウンター。カウンターの内側のわずか一坪半か二坪程度のスペースできびきびと働くスタッフ。慣れた手つきで仕事を進めている。照明のせいかここはいつも暖かく、やわらかい感じがする。周りの人々は注文を伝える機会をうかがい、カウンター越しに手元を覗き込んでいる。頃合いを見計らって注文を伝える。注文のタイミングがみつかる迄、皆お行儀よく待つ。無論、カウンターの中の二人も一生懸命働いている。

 ここは病院・・・では無い。僕が最近通っているおでん屋さんの光景だ。看板のおでんは当然最高にうまく、おでん以外の一品料理も絶品だ。店主は職人気質っぽさを漂わせつつも本質は隠せない、人好きのする非常に魅力的な人物なのだ。奥さんもこれまたチャーミングな女性で、おっとりしていると見せかけて芯はしっかりした感じの方だ。料理とお酒、そして二人に会う為に店内はいつも満席状態だ。ここではお客さんとお店の人が互いに敬意を持って接している。店内にいる人たちは互いに無関心過ぎず、過干渉過ぎない。いつの間にかお客さん同士の話も弾む。『この空気』が心地良い。

 飲食店と病院とは同じく比較出来ない。病院は必要に迫られて行く人が多いからだ。難しいと解っている。しかしつい考えてしまう『あの空気が欲しい』と。職員と患者、職員同士、患者同士、各々がお互いに自然と敬意を持って接することが出来る場所。新病院のフロントは『あの空気』のある場所にしたい。

一方通行ではなく、互いに敬意を持って接することが出来る居心地の良いフロント・・・実現はなかなかに難しい。 やはりこれは目標ではなく『夢』なのである。
投稿者医事課主任 柏木 真志保
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2009年07月02日
私がこの札幌徳洲会病院に入職してから19年が経ちました。
入職した当時は患者さんの数は今ほど多くはなく、病院全体がもう少しのんびりしていた感じでした。新人だった私は仕事を憶えるために毎日を忙しく(もちろん遊びもしっかりやって)頑張っていました。あっという間に年月が過ぎ、巷で言うところのアラフォーなってしまい、今年は厄年です。

放射線技師の仕事といえば、みなさんが想像する代表格はレントゲン写真だと思います。
撮影装置や機材の進歩で撮影して写真を出すまでの行程がとても簡単になりました。しかし、病気やケガの診断に役立つ写真の提供となると、ここは機械任せにはできない部分があり放射線技師としての手腕が問われます。
そこで求められる写真をできるだけ忠実に提供しようとすると、技師の工夫(技)にも限界があり、患者さんにも無理を承知で頑張っていただかなければならない事が多々あります。撮影や検査に於いて、患者さんの負担を軽減するために工夫された装置や医療用具はいろいろなものが開発されています。新病院ではこのようにハード面も充実されるように努力していきたいと思っています。
また、放射線技師の仕事内容や病院でのいろいろな検査について、医療講演を通して近隣の皆さんに説明をする機会を頂きました。レントゲン写真を撮るにしても、CTやMRI検査をするにしても、なぜ決まった撮り方なのか、その撮り方で撮影することによって何がわかるのか、また検査被曝に対しての疑問に対しても答えてきました。今後も同様に新病院に場所を変えても、放射線技師の仕事の一環として続けていけたらと思います。
病院全体がさらに地域に開かれた病院として、来院された患者さんやその家族、たまたま当院に出入りされた方、さらには中で働く私たち職員にとって『気持ち良い病院』になりますようにと夢を描きます。

森院長は新病院と同じ敷地にフィットネスクラブを作りたいと夢を語っていました。私はコンビニが欲しいです。さらに欲を言えばスタバがあるとうれしいです。これが一番の夢かも……
投稿者放射線副技師長 石垣 周一
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2009年06月30日
私も札幌徳洲会病院に入職して13年目になりました。経理というあまり患者さんとふれあうことの多くない部署で、毎日書類や数字と格闘する毎日を送っています。
私はグループの中の他施設にうかがう機会が度々あるのですが、新しい施設に行くと、「エスカレーターがあるんだ」、「吹き抜けもあるのか」、「カフェかぁ、いいなぁ」などと羨ましがっていました。それがやっと札幌病院も、新病院へ動きはじめて非常に嬉しく思っています。
新病院へ移転するにあたって、私が一つ思っていることがあります。それは、「選んでいただける病院でありたい」ということです。さほど遠い距離でないとはいえ、移転によって不便になる患者さんは多数いらっしゃると思います。そんな中一人でも多くの方に、「遠くなったけどここの病院にかかりたいから」とおっしゃっていただき、美味しい飲食店や腕のいい美容院にはるばる車を飛ばして行くかのように、足を運んでいただけるそんな病院で誇りをもって働きたいです。自分一人の力はとても微々たるものですが、皆で力合わせて頑張っていきたいと思います。
投稿者経理課長補佐 館山 裕司
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2009年06月19日
私の夢はと言われても、「南の島で暮らしたい」とか、「海の近くに住んで毎日海に行きたい」とか、「新鮮な魚を釣って刺身でうまい酒を飲みたい」とか「子供と一緒にサーフィンしたい」とか「夫婦でのんびり温泉旅行に行きたい」とか、病院とは関係ないことばかり思い描いてしまいます。
当院では7年働かせてもらっていますが、年々いい病院になっているのではと感じています。また、子育てにも奮闘しており、現在2人の子供がいるため、さらには共働きであるため、毎日が戦場のように慌ただしい毎日です。そのため、いつも子供中心に物事を考える傾向にあります。例えば職場に対する要望は、子供が病気になったら仕事を休めるだけの余裕があってほしい。子供が同じ建物で預けられて、いつでも様子を見に行ける環境であってほしい。熱があっても専門看護師がいて預けられる。など、母親的目線のような希望を毎日持っています。個人的な夢を述べてしまいましたので、次は新病院の理想を述べてみます。
新病院での理想的なリハビリテーション科は、専門的なスタッフ(脳血管疾患・心疾患・整形外科疾患・小児疾患・呼吸器疾患など)が配置され、十分な時間の中で治療にあたる事が出来る環境であることです。リハビリテーションとは、病気・怪我を治すだけではなく、生活を取り戻す練習であり、場合によっては入院前の生活には戻れないこともある中で次の目標を立てなければならないこともあります。その場合じっくり話し合い、専門的な見解を伝えた上で患者様や家族と話し合っていく必要があるのです。そんな仕事が忙しくて流れ作業になってはいけないと考えています。
建物ではなく、内容こそが新病院設立に向けて重要視されるところではないでしょうか。ただし、綺麗な環境で仕事したいですし、それなりの設備は必要ですよね。職員のモチベーションにも関わりますしね(笑)
投稿者リハビリ副主任 中田 敦
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2009年06月11日
今から13年前、学校卒業に伴い就職活動をしていた私は、ある企業に内定し、新横浜で行われた入社式で北海道代表の挨拶をしました。しかし、その企業の利益追求型の社風に違和感を覚え、再度、学校の就職科に足を運びました。 その時に就職科の先生から勧められたのが札幌徳洲会病院でした。医療のことは何も解らず、戸惑いましたがご縁があって入職し現在に至っております。
大昔からありました病院新築の話ですが、土地も購入し、建築士さんも入りやっと現実味をおびてきました。 今の病院は廊下や入院部屋も狭く設備も古く、患者様には大変申し訳なく思っております。新たな病院は私達の想像をはるかに超えるすばらしい施設となってほしいです。 
私の希望は屋上のスペースを有効利用し、緑化、野菜や果物栽培、養鶏などをし、採れたて野菜、採れたて果物、産みたて卵などを患者さんに振る舞い、おいしさに対する喜びを感じていただきたいです。おいしい物を食べていると幸せな気分になれると思います。 患者様には何らかの楽しみや小さな幸せを感じて頂けるような演出ができればと思っております。 又、ソーラーパネルや風力発電など環境にやさしいエコな施設、桜の木や紅葉する落葉樹などを植え四季を感じ、緑豊かな癒しのスポットとなればと期待しております。
投稿者医事課主任 吉村 昌志
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2009年06月04日
私が札幌徳洲会病院に入職して早くも14年が経過しました。私が入職した頃は臨床工学 技士(ME)7名で業務内容も発展途上の状態にあり、MEの認知度も低く病棟での機器の修理依頼でビデオデッキ、小児科のおもちゃ等ME機器以外の修理もよく頼まれたことを覚えています。また業務も多忙で、透析、手術室、心カテ、PCPS、急性血液浄化、内視鏡、機器管理等、少ない人数でMEの認知度を上げるためにがむしゃらに働いて、MEも病院全体も活気で溢れていた気がします。
最近では臨床工学技士12名になり業務内容も確立しましたが、病院全体、ME、自分も含めもうひとつ活気が足りないように感じます。そこで新病院を期に、緊急手術、緊急心カテ、急性血液浄化、緊急内視鏡等あらゆる業務が多忙になり、地域で一番の救急病院として病院全体が忙しいけど活気に溢れ、笑顔の絶えない病院になることを願っています。
施設の面では、MEが関わるところでME機器管理センターを立ち上げ、作業スペース、点検・修理用具を充実させME機器の修理、定期点検、オーバーホール等の大半をそこで行い、今以上の修理、点検費用のコスト削減を目指し安全に使用できるME機器を提供していきたいと思います。
病院全体としては患者さんがまた来たくなる病院、例えば広い庭に花や緑がたくさんあり、病院内の大きな水槽には魚が泳いでいて、ゆっくりくつろげるスペースがある、来た患者さんが病院に居るのを忘れられるような病院になればと思います。
そして病院に来た人、全員が札幌徳洲会病院は施設もすばらしいけど職員も最高だと言ってもらえるように努めていきたいと思います。
投稿者臨床工学技士主任 斎藤 喜博
めざせ築地的病院
2009年05月28日
威勢の良い掛け声で朝が始まる日本の台所、「築地」。
魚の鮮度を見抜いて適正価格で仕入れる、「真剣勝負」。
でも、勝負の後の人々は皆笑顔、「はずむ会話」。
お隣のライバル店の人と食事を共にする、「広く深いコミュニケーション」。
皆、元気で陽気に過ごす、「充実した日々」。
東大卒の人も築地で働くことを選択する、「優秀な人材確保」。
こんな内容が先日テレビで放映された。
私は感じた。新病院の理想像、「これだ」と。

元気の良い掛け声で朝のミーティングが始まる。
活気ある笑顔で挨拶し、回診する。患者様、医師、看護師達の会話がはずむ。
もちろん治療は真剣勝負。
そんな職場に憧れて優秀な医師・看護師・検査技師・薬剤師が新病院に集ってくる。

どうしたら築地的病院になれるのだろうか。なぜ、築地の人々はそうなれるのだろうか。
「真剣勝負」だけではなく、「はずむ会話」を促す環境が「広く深いコミュニケーション」につながる。これにより人々は「充実した日々」を過ごすことができ、そんな環境に憧れて人々が集まって来るのではないだろうか。

新病院には、まず職員・患者様が「会話」を楽しめるような環境づくりを提案する。具体的には、職員食堂ではなく、患者様、そのご家族、職員が利用できるレストランの設置である。レストランは病院の片隅でなく、太陽の光であふれる病院の中心に配置させ、いつでもだれもが気軽に利用できたら良いだろう。そうすれば、新病院がいずれは築地的になるのではないだろうか。
威勢の良い掛け声で朝が始まる日本の病院、「札幌徳洲会病院」。
投稿者治験センター 前野忍
NO TITLE
2009年05月21日
とある部署から電話がありました。「パソコンが使えません。すぐ来てください。」「すぐ行きます」と返答し、現場に足を運びます。到着後、使用する職員から症状を聞き取ります。いつからか?何が出来て何が出来ないのか?どのような操作をして起きた現象か?それらの情報を元に、障害を切り分けます。ネットワークは生きている。サーバーダウンではない。HDの問題ではなさそう。….電源ファンが回っていない…
熱によるオーバーヒートと判断し、新しい端末と交換します。業務復旧を見届けて自分の部屋に戻り、一息つきます。システム管理という仕事について2年、テレビで流れる「○○銀行ATMにシステムトラブル発生・・・復旧までの時間はおよそ・・・・」といったニュースに胃を痛くしながら、日々を過ごしております。
私の仕事は、安定した使いやすいシステムを、職員の方々に提供することです。現状、至らない点も多々存在し、不便をかけている部分がある事は、重々承知しておりますが、職員とのコミュニケーションを密に取り、代替案を模索して、一緒に解決を図っております。私は、コミュニケーションを取って情報を得る行為が、安定し使いやすいシステムを構築する上で、重要な方法と位置づけています。患者様から情報を引き出し、治療計画を立案する医師や看護師の業務と似ている部分がありますでしょうか。このような点から、システム管理者に求められる重要なスキルは、コンピューターやプログラムなどの専門知識よりも(もちろん最低限の知識は必要ですが)、ヒトとして定義されうる最低にして最大の能力、「言葉や情報による意思伝達」を的確に行う事ではないかと考えております。新病院でも頭の中にある様々な考想を具現化できるように、職員との対話によって、一つ一つ実現したいと考えております。
私が思い描く、理想のシステム管理者には到底成りえておりませんが、日々研鑽を重ね、職員に快適で安定したシステムの中で業務を遂行してもらうことによって、患者様によりよいサービスがお届けできれば、こんなに嬉しいことはありません。
電話が鳴りました。端末の電源が入らないようです。道中心の中で願います。
「電源ケーブルが抜けててくれ ・・・」
投稿者システムセンター室主任 吉原 聡
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2009年05月14日
新病院の建設が現実味を帯びてきました.私は平成9年の養成校を卒業し,いくつかの病院を経て平成19年に札幌徳洲会病院に参りました.私にとってこの病院に来て最も良かったことは,リハビリテーションに理解のある優秀なドクターのもとで作業療法士の後輩を育成できることであり,この恵まれた環境はなにものにも代えがたいと考えています.
これまで比較的,経年した病院ばかりで勤務してきましたので,現在の病院にもさほど違和感はありませんでした.しかし,駐車スペースや待合室,病室の居住空間の余裕がない等、ハード面での不便さを患者様からしばしばお聞きしました.これらの問題はこの度の新病院建設で解決することと思われます.また,家庭復帰や職業復帰のために存分にリハビリできるスペースも確保できればと希望しております.
新病院でのハード面での進歩は大変楽しみなところですが,基本的にはスタッフの質が最も大切であり,使いやすく新しい病院に負けないソフト面での充実が急務だと考えています.自分たちの技術や知識を向上することはもちろんのこと,理想に近いリハビリ室を作るために今からできること,研修や学会への参加,実習生や研修生の受け入れ,優秀で志を持った人材のリクルートなどを行い,質の向上に努めていきたいと考えております.
そしていつの日か,リハビリ部門の評判で患者さんが集まってくださるような札幌徳洲会病院にするのが私の目標であり,夢であります.
投稿者リハビリ主任 越後 歩
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2009年05月07日
私と札幌徳洲会病院の出会いはもう25年位前になると思います。高校2年の時、夜中に母親が救急車で運ばれることになったのがこの病院でした。とはいってもその当時、徳洲会病院の存在など知る由もなく、住所もしらず、母親の処置が終わって帰るときには夜中の3時頃でした。その頃の私は医療従事者になるとは思ってもいなかったのでその後も病院の名前を知ることもなく、調べることもしませんでしたので、大学生になって実習させて頂くことになった時に漸く思い出す始末でした。
ただ覚えているのは誰もいない薄暗い救急処置室の隣で座っていた私に、何かあるごとに声をかけてくださった優しい看護師さんがいたことは覚えていました。
あの頃の自分の気持ちを思い出すと新しい病院での外来待合室は高齢の方やお子さまに同伴される家族の方や救急車で運ばれた患者様に同伴された家族の方、手術を待たれる家族の方の待合室もいらいらしない、寂しく悲しい気持ちにならないような空間になって欲しいものです。入院患者様の病室も明るくなることは当然だと思いますが、訪れる家族の方と短い時間を過ごせる空間があったらいいかなと思います。現在も職員一人一人が智恵をしぼって良い建物になるよう努力しております。建物が大きくなると歩き回る距離も長くなりますが、精いっぱい頑張っていこうと思います。それと私自身はあの時の看護師さんのように優しくなれたらいいなと思っております。
投稿者副薬局長 岡部 幸男
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2009年04月24日
私が徳洲会グループに入職して今年で21年目になります・・・・
「札幌徳洲会病院→静内病院→札幌南青洲病院→札幌徳洲会病院」と異動し、疲れきった渡り鳥のように昨年戻ってまいりました。幸運にも大中小規模病院で勤務ができ、「医事課→資材課→医事課→総務課」と違う畑で仕事をさせて頂いたおかげで、その部署の大変さや施設によって異なる異常なストレスやプレッシャーを味わう事ができました。(あっ!現在も進行形中です)
さて、偉そうなことがいえる言える立場ではございませんが、「私(個人)の夢」は、誰でもどんな時期でもドカーンと大型連休がとれるような勤務体制にすることです。ストレスを抱えながらの仕事は能率も悪く患者さんや職員に迷惑をかけます。職種によっては二連休をとるのも大変な部署が多いことや、医師や看護師さんのハードワークを十分知ってのことですが、仕事のことを全て忘れて、ゆっくり休める大型連休を定期的にとれる勤務体制を夢見ております。その連休を目標に日々業務を一生懸命がんばっていくのです。
では、本題の「新病院に向けての私の夢」ですが、過去ログに登場した役職者の皆さんが語っている療養環境とほぼ同じで私も大賛成で同感です。あとはソフト面の進化とオープン前日まで細かい準備を整えて、開院のスタートダッシュに成功したいですね。オープン当日に電気がつかないとか水が出ないとかは困るので・・・。皆で事前準備はしっかりやりたいと思います。
あと、開院初日に来院した患者さんには帰宅される際に、気前よく栄養ドリンクの一本くらいサービスしたいです。地域住民の方々に「徳洲会が来たらここら辺の環境がすごく良くなった」と言われたいですね。
以上のことから私の夢は『無事にオープン初日を向えること』です。
皆で頑張りましょう。
投稿者総務課長 田中 文昭
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2009年04月09日
私は平成4年に医事課に入職しました。約17年、徳洲会の一員としてがんばっています。
右も左も解らない私を褒め、叱り、育ててくれた(患者さん、先生、ナース、パラメディックの)みなさんに心から感謝申し上げます。
私の生家は、祖母を含む6人家族でした。祖母は医者でも看護婦でもありませが、私たち家族が体調を崩した時には相談役でした。『どうしたら良いの?』という問いに答えてくれる存在です。地方育ちの私は夜中の発熱や腹痛をすぐに見てくれる病院を知りませんでした、きっと無かったのでしょう。風邪や腹痛にあった時、私たち家族にとって祖母は、病気に対する知恵袋でした。

いま私が考える新病院に向けての『私の夢』

健康と生活を守るために、診察、医療公演、栄養指導や服薬指導、リハビリ、社会保障(ソーシャルワーカー、ケアマネージャー)など、必要かつ有効な知識がたくさんあります。札幌徳洲会病院が健康な人にも、困っている人にも必要な知識を伝える役割を果たせる病院になれたら、私はうれしいです。
それには知識も、空間も必要です。休日のロビーで医療公演を見かける。待合室の患者さん用コンピューターで、職員が<健康サイト>の検索方法を説明する。病棟のデイルームは決まった時間にソーシャルワーカーさんがくる。ワーカーさんの判断で他部署の職員も説明に出向くなど、患者さんの知識を高めることで、病気や治療への不安をなくしたいと考えます。
知識や空間は院内で実現可能な夢だと考えます。それらを発揮するためには地域の皆さんが病院に来て頂くための課題があります。
新病院の土地をご存知の方も多いと思いますが、新病院前の国道は大きくカーブし高速道路から大型 の車が右左折します。信号や横断歩道の整備が必要でしょう。地下鉄で来院される高齢者の方にはバスが不可欠です。バス停から病院までのアプローチとして高速道路下の土地をバリアフリーにできたら、雨の日にも通いやすい病院になります。国道を通うJRバス、夕鉄バスは新札幌発着が主流で、近隣の地下鉄大谷地駅行きは時刻表にも希な現状です。また車椅子は乗れません。新路線ではなく<希な大谷地路線>の増便が望まれます。徳洲会病院単独の対策も必要ですが公的な機関の理解も得て行かなければ、生活しやすい地域社会は成り立ちません。
平成15年地下鉄南郷18丁目駅に身障者用のエレベーターはありませんでした。いまのエレベーターは徳洲会病院がここにあることで障害者用に配置するきっかけとなったと先輩に教わりました。
私が子供だった頃に教わった(もしくは、教わるべきだった)こと、私が学生だった頃、私が父親になった今、教えてあげられる知識や経験を伝えるすべ。札幌徳洲会病院という施設が、”自分”や”家族”病気やけがにあったときに困ったことを相談できる存在であり続ける。そして、今の学生さんや児童さんにこの心を受け継いでもらうこと。新病院をきっかけに、そのような地域社会を私は夢に見みます。
投稿者医事課主任 金田 卓也
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2009年04月09日
視能訓練士という職業をスタートさせ、この眼科のスタートに関わらせていただいてから、もう10年。振り返ってみると、今ここでこうしていることも、あの頃の自分にとっての「私の夢」のひとつだったなと懐かしく思っています。
そして10年目を迎え、この節目の年を経て新病院への新たな「私の夢」、それは、この札幌徳洲会病院が、地域の方々の快適な生活に寄り添うコミュニティになる、ということです。
一例をあげますと、
・絵本になっており、視覚に障害がある人もない人も、一緒に楽しむことができる点字図書や、音声が読み上げてくれ、聞くだけで楽しめる音声図書の紹介。
・付き添いのご家族が、時々足を伸ばして体と心を休められるような、畳敷きの休憩スペース。
このように身体的な面だけでなく、心もバリアフリーになれるような情報や場所を、提案・提供する存在として、地域で育っていけたらと考えています。身体を癒す場であると共に、患者様とそのご家族も、心も癒されて帰ることができ、「また、ちょっと行ってみようかしら」と気軽に足を運べるような、そんな身近な存在であれたら、と思っています。
またいつか、新病院の設立から10年20年後に今を振り返った時、夢が現実の場所となっているように、今から自分にできることを積み上げていこうと思っています。
投稿者視能訓練士 副主任   高橋 美樹子
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2009年04月02日
私が札幌徳洲会病院に入職したのは、1998年になります。それまで当院には病理検査室がなく病院機能評価受審のため病理検査室の立ち上げと病理解剖の実施を任せられ10年が経ち、今度は新病院と2度の病理検査室の立ち上げを経験させて頂きます。病理従事者として2度の病理検査室の立ち上げを経験させて頂くことを光栄に思います。現在の病理検査室は、私が入職する前に設計され工事が始まっており病理室としての機能が満たされていないことを指摘し改善を要望したのですが却下されたのを覚えています。おかげで刺激臭の強くなる病理室が完成してしまいました。
この前回のことをふまえ、新病院に向けての夢は、度重なる薬品に関しての法律改定にも対応し刺激臭のない感染対策のしっかりした、30年後にも耐えうる体と環境に優しいクリーンな病理検査室にしていきたいと考えています。
投稿者臨床検査室 副技師長 藤岡 学
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2009年03月26日
私の入職当時はME(臨床工学技士)という言葉さえ院内に浸透しておらず、「どんなことする人なの?」とよく聞かれたのを思い出します。
「ME」を覚えて貰いたいという気持ちで仕事をしてきました。その甲斐あってか今では「ME」を知らない人はほとんどいなくなってきていると思います。建物の老朽化と一緒に院内の機器も老いて来ていますが、今 新病院の建設に向け設計等のハード面が検討されています。
建物は綺麗でピカピカ、最新の機械や機器で洗練されていても中で働いている私たちの心(きもち)はどうだろう?心の豊なスタッフが大勢いたらきっと沢山の患者様に囲まれ、私達の業務も毎日が満員御礼で忙しく充実し「今日も一日良く働いた。(ヤッター!)」という達成感で気持ち良く一日が過ごせそうです。
患者様が自分の両親だったら、家族だったら、友人だったら、どうするだろう?
きっと最高の心で接することでしょう。その心は巡り巡って自分に、返ってくると思っています。
そして何年後に振り返った時、こんなに多くの患者様に、多くの人に好かれた病院だったんだな!と思えるようにしていきたいです。
投稿者臨床工学技士主任 安藤 偉子
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2009年03月19日
私は今から17年前、平成4年に医事課職員として入職致しました。過ぎてしまえば、あっという間の17年間、現在39歳、昭和44年生、今年は前厄です・・・今年入職する新人は20歳、娘?というほど年が離れ、なにか年齢を感じる今日この頃です。
さて、新病院に向けての『私の夢』ですが、土地は広くなりました、ご迷惑をかけている駐車場は広くとれることでしょう。建物は、現在の病院より25年以上新しい設計、病院というものを知り尽くした設計士さんが考え、中の細かい事は、設計士さんの目線、看護師さんの目線、それぞれの部署の専門家の目線を通し考えられ、素晴らしい病院になる事でしょう。
新病院は当然大きくなります。患者様はあっちへいって、こっちで呼ばれ、又もどって、次はそこへ行って・・・いい運動?程度であればいいですが、ご老人の方は?、足の不自由な方は?、車いすの方は?等、動線を考えた設計を強く希望し、また、何がどこにあるのか分りやすい施設であればいいなと思います、又、そのようにしていきたいです。
また、患者様はもちろん、お見舞いや、待機されている御家族様にも快適に利用することができる休憩所、喫茶店、売店、家族控室等が充実されればいいなと思います。新病院は、ちょっと駅から遠くなります。駐車場は広くなると思いますが、公共交通機関で来られている方は?地下鉄大谷地東駅?・・・は無理でしょう、最寄駅まで送迎バスでも運行できればいいですね。
私たち医事課は、受付にて、一番最初に患者様に接する部署です。第一印象を患者様に与える部署です。新病院に移行してからというわけでは決してありませんが、きれいで、広く、使い勝手のよい職場で、心にゆとりを持った状態で患者様に対応し、正確で、気持ちの良い対応がいつでも出来る様、教育やサービスにいつも努めていきたいと思います。
投稿者医事課係長 西村 真樹
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2009年03月12日
病院の相談室には、ソーシャルワーカーという福祉を専門とする職種がいます。相談室に必要なのは、1番マンパワー、2番マンパワー、3番連携 です。ですから、新病院に必要なのは、特別な設備ではなく、優秀な人材です!患者様、ご家族、スタッフのために、安心してお話し頂けるアクセスの良い部屋があれば十分です。
昨今の医療情勢では、入院期間を短くという強い流れがあります。思いがけない病気や怪我をすると。困ったことが生じるのは。当然のことです。長くない入院期間の中で、困った末に、悩んだ末に相談室に辿り着くのでなく、困る前に、悩みが深くなる前に、こちらから声を掛けられるようにするのが理想です。そうすると、問題が早く解決し、病院にとっても良いことです。そのために必要なのは、マンパワーです!ソーシャルワーカーの増員、お願いしますね!院長!
それぞれ人や家に「顔」や雰囲気があるように、病院にも病院の性格が建物に表れると思います。「訪れる人の身になって考えた空間だなあー」とか、「何だかホッとするなあ」と感じる病院でありたいです。皆であれこれ考えた過程が建物の「心」となって、新病院の雰囲気を作るのだと思います。地域の皆様もどうぞお知恵を貸してください。
投稿者ソーシャルワーカー 医療相談室副室長 上井 奈穂美
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2009年03月05日
『あけましておめでとうございます。』で始まる予定だった今年最初の私のパラメディカルエッセイが、突然の眼科閉鎖(眼科医師の退職による)で中止となりました。2月10日で外来が終了し、その後は未定という状況でしたが、翌週にはメモリアル眼科さんから病診連携していただけるとのお話があり、2月23日から外来を再開できることとなりました。その間の検診などは、とよだ眼科さんに協力していただきました。
この場を借りて協力していただいた医療関係者の皆様に感謝するとともに、外来中止で患者様にはご迷惑をおかけしたことを深くお詫びいたします。
さて、本題の「私の夢」ですが、新病院に向けて2つ希望があります。
1つ目は、眼科のスペースを広くすることです。現在、眼科外来には検査機器が18機種もあります(おそらく全外来診療科の中で最多と思います)。それらの機器が5つの検査室に分けられているのですが、各検査室が非常に狭く、特に車椅子の患者さんに不便な思いをさせていますので是非とも改善したいと思います。
2つ目は、視覚障害者誘導用ブロック(点字ブロック)の設置と音声案内です。
現在、当院では点字ブロックはなく、音声案内も一部でしか行われていません。
新病院では視覚障害者の方が来院されてから会計までスムーズに行えるような施設にしていきたいと思います。
主にハード面でのことを述べさせていただきましたが、ソフト面では新病院の開設を待たず、常に改善し、新病院へと繋げていければと考えております。
投稿者眼科視能訓練士主任  富樫 輝夫
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2009年02月26日
 私が札幌徳洲会病院に入職したのは、昭和63年の春になります。その間、放射線技師の仕事も様変わりして、検査内容はより高度化し、業務量も増加の一途をたどっています。当院では、時間外休日を問わず、必要な検査はすぐにでも行う方針があります。そのため、当院の放射線技師は幅広く検査を行える技術が求められ、検査をスムーズに行えるようなハード面での整備も必要となってきます。残念ながら現病院は手狭であり、増改築の余裕がありません。
新病院の土地取得がきまり、ハード面の整備にようやく取りかかれると思うと、大変うれしく思います。放射線部門に限って、私の描くハード面の整備は、
1.X線撮影室を増やし、広いスペースをとる。また、撮影室内で更衣するのではなく、独立した更衣室を設置する。そのことによって、撮影の待ち時間短縮と、患者さんにできるだけ快適でやさしい環境を提供する。
2.最新鋭のMRI装置、CT装置を、それぞれ2台設置する。ともに、現在の放射線科検査機器として欠かせないものとなっています。少しでも早く検査ができる環境を整えることと、より迅速かつ詳細な検査が行えるようにする。
3.外来診療科との動線を考えた配置とする。救急患者さんにすぐ対応できるように、隣り合ったレイアウトにする。
4.放射線科前の待合いの廊下を、ゆったりとしたレイアウトとする。もちろん、適度な空調も効いた環境で。車イスの患者さんもいらっしゃいますし、ベットの患者さんもいますから。
5.できることなら、落ち着いた照明、心が落ち着くような観葉植物、もしくは絵画、写真などがほしい。
6.24時間働いている私たちのためにも、24時間オープンのコンビニが院内に是非ほしい。つかの間の休息をとれるような、喫茶室も…患者さんのためにも是非。
7.放射線科の当直者のため、つかの間の仮眠をとれるベット、休憩室。TV?
以上の、理想を図面にしたら…病院のワンフロアーを放射線で占めてしまいそうになってしまい(なにしろ、放射線機器はどれも大型機器。技師の人数以上にスペースをとります)…現実は甘くはないかもしれません。1から4までは、是非実現したいと願っています。他の部門の方たちと十分話し合い、予算と相談しながら…今は、自分の家を建てるがごとく、【夢】を描き続けて行こうと思っています。
投稿者放射線副技師長 大野 千尋
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2009年02月19日
私は、陸上自衛隊を2年任期満了後、除隊し医療機関に勤務し5回病院を転職後、約18年前、東徳洲会病院に入職しました。当時の徳洲会グループ病院は、現在の半分もなく、全国の病院も覚えることが出来ましたが、今は正直、全国の全施設を覚えることが出来ないくらい増え、更に徳洲会は大きくなり、徳田理事長の夢、世界中に病院を作るが、夢ではなくなる日も近いと思っています。夢は、強い気持ちを持って挑めば現実になる、という事を理事長は教えて下さいました
私は体を鍛えるのが好きでウエイトトレーニングを22年続けておりボディービルの大会で賞をとるのが夢でした。そして理事長に勇気を頂き、10年前に現実にすることができました。現在、札幌病院で約14年勤務し愛着が有りますが、建物の老朽化が進み移転が決まりました。今、患者様が当院に不満に思っている事を新病院に持っていってはいけないと強く思っています。広く利用しやすい駐車場に、病院に入ったらホテルのような綺麗で落ち着きのあるロビー、廊下も広く、患者様が利用できるカフェレストラン、充実した医師、スタッフ、それぞれの待合室で待ち時間が分かるシステム、患者様も職員も体を鍛えられるフィトネスジム(私の希望)等。
そして、何より私たちの仕事はサービス業であり患者様に満足のいく対応をし、気持ち良く帰宅できるよう日々努力したいと思います。
投稿者医事課係長 田中 伸弥
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2009年02月12日
11月からシリーズ化された「新病院に向けて私の夢」も4ヶ月が過ぎ、皆が様々な夢を語っています。
そこで「私は?」と考えた時、やはり私も「明るく、広くて気持ち良く過ごせる場所であってほしい」と思いました。
体調が悪いときは気持ちが沈みがちになります。今の病院は待合室や病室も狭く皆様に気持ちよく過ごして頂けている状況ではありません。
新病院はぜひ玄関を一歩入った時にハッと感激するような開放的な建物だったらと思います。待合室には明るく太陽の日が差し込み、他にも和やかな気持ちで過ごせる様な空間ができたらと思います。本病院が出来てから20年以上の時が過ぎ、当然20年以上前とは仕事の内容が変わってきています。
薬剤師の仕事も変化し、薬を作る人から、薬が正しく処方されているか処方箋の内容を確認し、医師に対して情報提供をします。更に患者さんに薬の飲み方・効果・副作用・飲み合わせなど様々な薬の情報を提供するようになりました。そのために入院患者さんの枕元まで行ったり、通院が困難な患者さんの家を訪ねて(在宅患者訪問)、入院中と同じ様に適切に薬が使われているかを確認しにも行っています。
今では薬剤師の仕事場は薬局内から病棟へと移りました。医師に専門分野があるように薬剤師も専門分野を持つようになりました。「糖尿病療養士」、「がん専門薬剤師」、「感染制御専門薬剤師」「妊婦授乳婦専門薬剤師」他様々な資格もできています。新病院建設後は建物だけが新しくなるのではなく気持ちも新たに各自が専門分野を極め少しでも医師の助けになれたらと思います。
投稿者副薬局長 板谷 真理恵
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2009年02月05日
私は、28年前グループ病院のひとつである茅ヶ崎徳洲会総合病院に就職しました。
それから2年後、札幌徳洲会病院が開院され、さらに遅れること2年後に透析センターが開設されることになり、生まれ故郷である北海道の地に転勤して来ました。
それから今日に至るまで、私たち臨床工学技士(ME)を取り囲む環境は大きく変化しました。 関わる業務も、血液透析から、手術室・心カテ室・高気圧酸素治療・内視鏡・ペースメーカ外来・医療機器管理業務と多岐にわたっています。 また最近は、建物同様老朽化した機器も散見され、医療事故防止の観点からも、現場業務に煩わされ、おろそかになりがちな医療機器管理業務については、今後、特に重点を置いて行っていきたいと思っています。 が、何をするにも手狭となった現病院では、医療機器を点検するスペースも十分とは云えません。 
という訳で、新病院に向けての夢(というほどでは有りませんが)のひとつは、“医療機器保守管理センター”(MEセンター)を設置し充実した保守管理を行っていきたいということ。 もうひとつ、私たちMEが、最も長く、多くの患者さんに接する透析センターについて考えてみました。 ベッド数10床でオープンした透析センターも増改築を重ね、現在36床、患者数も120名を数えるまでになりました。 当院の透析患者さんの中には、20数年の永い年月にわたって当透析センターで治療を重ねてこられた患者さんもいらっしゃいます。 けっして楽ではない治療の為に、1年365日休むことなく、週に3回、1回の治療に4~6時間の長い時間病院に滞在することになる訳です。 こういった患者さんに、至適透析の為の透析条件の的確な設定、また質の高い透析医療を提供していくことはもちろんのことながら、また一方で、長い時間・永い年月過ごされる透析センターでの、患者さんのアメニティの改善もとても重要なことだと考えます。 新病院に向けては、透析中、好きなビデオや音楽が視聴できるAV及びインターネット環境、透析終了後、ゆっくりと休憩したり食事の出来る休憩室やシャレタ食事室、車椅子の患者さんが無理なく移動できる透析センター内のベッド間隔・・・・・ まだまだあると思いますが、今後、さらに皆で知恵を絞って、新病院の構想に参画していきたいと思います。
投稿者臨床工学技士室長 木戸 智康
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2009年01月29日
私が入職して9年が経とうとしています。思い返せば4年目にして部署の責任者となり、様々な人に支えられ、がむしゃらに仕事をしてきた気がします。途中、葛藤もしました。涙もしました。「なぜこの歳でこんな管理業務をしなくてはいけないのか、本当に自分が引っ張っていけるのか」とか悩みました。ただ、現在は優秀ないい後輩に恵まれ、また理学療法士だけではなく、作業療法士、言語聴覚士も加わり、夢にみた総合リハビリテーションができ、今は何とか良いリハビリテーション科を作ろう、スタッフ皆が向上でき、働きやすく楽しい職場を作りたい、その雰囲気も患者さんに伝わるはずという考えに変わってきました。そしてそれが私の一番の仕事・夢であると考えられるようになったのも、今までの苦労、経験をさせてもらったことによるものだと思います。
患者さんにとってセラピストは、いい技術を提供する治療者ということはもちろんですが、毎日30分以上接するわけですから、いい相談者、話し相手でもあります。当院は急性期病院ですので、突然の受傷で精神的にもショックを受けます。話をするだけで、「スッキリしたよ」と言ってくれる患者さんもいます。ですからセラピストにコミュニケーション能力は必須だと思います。リハビリ開始時より終了時の表情が良くなるととても嬉しいです。退院時、「先生にしてもらえて良かった、この病院で良かった」と言ってもらえると本当にこの仕事をしていて良かったと思います。また治療だけではなく人間関係がうまくいっていた証だと感じます。そのように患者さん皆が感じてリハビリを去ってくれることが最大のリハスタッフ全員の夢だと思います。
新病院ではそれに加えハード面も整えられることを期待しています。大きな夢はリハビリパークです。患者さんがご自宅に帰るまでに不安があります。その不安と取り除くため、車の模擬運転、坂道、横断歩道など屋外歩行を体験できるようなパークを作りたいです。天気のいい日など、他の患者さんも利用し、気分転換できるようなそういう場所にしたいです。
投稿者リハビリ主任 中田 由香梨
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2009年01月23日
私は今から18年前の平成3年に入職して以来18年間、当院一筋に勤務させていただいている39歳です。右も左もわからぬまま入職した当時とは周辺の景色も一変し、同様に私の体型も大きく様変わりした今日この頃です。
18年前の時代といいますと、雲仙普賢岳噴火による大火砕流の発生やバングラディシュ台風による20万人の犠牲者が出るなど暗い話題が多かったような気がします。
さて私が在籍しているのは、事務の中の医事課という部署であります。医事課とは受付業務から請求業務まで、患者さんと直接お会いする機会の一番多い職場です。その為いろいろな場面でご迷惑をおかけした事や不快な思いをさせてしまった事があるかと思います。振り返れば、この職場にこうして長く勤めて来られたのは、もちろん職場内の環境もありますが、今までに接してきたすべての患者さんが私を成長させてくれたと思っております。
当院は見ての通り、開院26年目を迎え老朽化も進み、患者さんにも多々ご不便、ご迷惑をおかけしていることと思います。
新病院に向け、患者さんにやさしい病院づくりを目指し頑張りたいと思います。
1 窓が多く明るい開放的な病院
2 患者さんが休憩できるような中庭
3 患者さん、職員が利用可能な図書館
4 患者さんやご家族が利用できるレストラン
5 入院患者さん対象に売店へ行けない方の為のワゴンサービス
等々、まだまだ夢はふくらみますが、患者さんが少しでも快適にご利用できる設備を考えていきたいと思います。
ここまで当院が成長してこれたのは、近隣の皆様、又多くの患者さんが当院を選んで来ていただいたおかげだと思います。新病院は、少々今の場所からは離れてしまいますが変わらぬご愛顧、今後とも宜しくお願い致します。
投稿者医事課長補佐 沼田 圭介
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2009年01月15日
私は、徳洲会グループに入職して今年で20年目になります。最初は、東区にある札幌東 徳洲会病院に5年間、その後、札幌徳洲会病院に10年間、厚別区の老人保健施設コスモ スに3年7ヶ月、豊平区の有料老人ホームケア付き住宅徳洲会に1年3ヶ月、昨年11月 に、当院の臨床研修委員会事務職員として、再度当院に勤務させていただくことになりま した。4施設で勤務させていただいた事、貴重な経験は私の財産でもあります。
現在の超 高齢化社会での老健施設、有料老人ホームの重要性と特に連携病院の役割は大きな意味が あります。 「私の夢」を考えていると、15年以上前になりますが、徳田虎雄理事長が来札されてい た時期に、運転業務をさせていただいていた事を思い出します。その当時、道内には、徳 洲会グループ施設は3病院だけでしたが、新グループ病院、施設の土地等を飛び回ってい て、今では、道内は6病院、老健施設2施設、グループホーム、グループハウス、特老が 各1施設、訪問看護ステーションが2施設、有料老人ホーム1施設、現在も清田区、西区 に有料老人ホームを建設中で、徳田理事長の夢、全国各地に病院、グループ施設、世界中 に徳洲会グループ病院を建設する事が着実に実行され、今もとどまる事なく現在も進行中 であります。夢は常に言葉に出して、自分に言い聞かせ、その事に対して全力投球する事 を徳田理事長が言われていました。 昨年、新病院土地の取得、3代目となる森利光院長の就任されました。開院26年目の札 幌徳洲会病院は大きな変革時期であります。
本題であります「私の夢」は、森院長の夢、希望でもある「地域に開かれ、地域を支持す る病院として北海道を支える医師を育てたい」事に向けて、特に北海道を支える医師を育 てる事に、研修委員会事務職員として、微力ではありますが最大限努力し、新病院では多 くの研修医が集まり、活気に満ちた病院、北海道一の研修病院になる事が、私の役目でも あり夢です。私も自分の夢を常に自分に言い聞かせ、その事に対して全力投球する事で夢 を実現したいと思います。
投稿者研修管理委員係長 小山内 康晴
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2009年01月08日
突然始まったパラメディカルエッセイ。
何を書こうかと考えている間に、早くも順番が来てしまいました。
この道に入り約30年という月日が経ち、食物と一緒に歩んできて、今改めて、つくづく“食”のありがたさが身にしみています。
私達は、たくさんの作物を通して、旬のうまさを五感で味わい、自然のありがたさを心で感じることができます。まさに、“食”というのは、人を豊かにし、人とのふれあいの場を盛り上げてくれ、気持ちを安心させてくれる魔法のスパイスです!
私の新病院に向けての夢は、小さくても良いので、ハーブ畑や花壇を作ることです。
妊婦さんの祝い膳に添えるハーブや、患者食堂の飾りに活ける花などを育て、入院されている患者様に季節を感じていただきたいと思っています。
可能であれば、野菜なども育て、新病院で栽培した野菜を使用した祝い膳などを提供することも夢のひとつです。
患者様には、少しでも安心して食べられる様な、危険の無いものを提供することが私達の務めです。そのために、“食”を通して、人とのふれあいを大切にし、“食”という人を豊かにするエッセンスを自由に使いこなせる様なチームワーク作りを、新病院に向けて努力していきたいと思っています。
投稿者栄養管理室主任 本村 晴美
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2008年12月25日
当院では、2003年8月より厚生労働省のリーディングプロジェクトのひとつである『オーダーメイド実現化プロジェクト』(通称ゲノム研究と呼んでいます)の協力病院として研究に参加し、現在、第1期の5年間を経過して第2期目(5年間)に入ったところです。札幌徳洲会病院でも約3,000名の対象疾患の患者さんのご協力をいただき、ありがとうございました。
改めてゲノム研究って何かを一言で言うと、?病気のなりやすさ、?薬の効きやすさや副作用の出やすさ、?ひとによる薬の効く量の差 等は個人の遺伝子の多様性(スニップ)によって異なることが分かってきており、その個人の遺伝子に応じた(オーダーメイド)医療を提供できれば無駄な薬を使わなくて済むのです。そうすると患者さんが薬の副作用で苦しむことを予防できるに留まらず、薬の副作用を治療する医療費も節減できるのです。今は各疾患と集めた遺伝子の関係を研究している段階で、これに関係する候補遺伝子の種類と数により成果が出るまでに時間差が出そうです。
しかし、がんがいまや一律不治の病と言われることなく、各治療歩で飛躍的な進歩を遂げているように、オーダーメイド医療も徐々にしかも確実に成果がでて、これからの医療の中心となり実現されるのは確実です。
私は、このオーダーメイド医療がまだまだ時間はかかるけれど、少しずつ確実に研究成果が花開いてゆくところに立ち合えることに非常にわくわくしています。
そして、ひとりでも多くの患者さんが1日でも早くこの医療の恩恵を受けられることを願ってこの仕事にかかわっていきたいと思います。
投稿者ゲノムセンター長 岡部 俊彦
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2008年12月18日
新病院に関して私の願いは2つあります。
一つは一日でも早く新病院が建ち始めることをです。今の病院は、建物的にも設備的にも寿命が近づいてきており、今まで最小限度のお金の補修でしのいできましたが、そろそろ限界です。医療機器も什器備品も本来なら更新しなければいけないものが多数ありますが、新築移転を考えると設備、医療機器を更新することは、大変な無駄となってしまいできません。3年以内に新築移転できることを強く強く願っています。
もう一点は、建築、設備費にお金を削らないと言う事です。建築、設備費は目にみえにくく、私たち素人には何をつけられても、なくなってもわかりませんし、なにが高く、なにが安い材料なのかわかりません。業者は、建築設備費を削られると、目にみえないところでお金を節約してきます。たとえば、水を止めるバルブの数が足りないとか、コンセントの数が少ないとか、非常用発電機を動かすとヘリコプターが飛んでいるような音がするとか・・・。
これらは、建物が引き渡しされ1ケ月あるいは数ヶ月経ってからわかります。人もそうですが、建物も外見よりも中身が大事であり、30年40年経っても十分機能している病院が建てられるよう微力ながら協力できたらと思っています。
投稿者資材課長 船木 雅実
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2008年12月11日
早いもので札幌徳洲会病院に入職して四半世紀が過ぎました。
医事課職員としてその大半を過ごしてきましたが、当時はフロントまわりもカルテラックも全てに余裕がありました。年月とともに、患者数も診療科もどんどん増え、あっという間に地域の病院になったと思います。
さて本題の「私の夢」ですが、新病院に向けて「夢=希望」ということでいくつか書かせていただきます。少し趣旨が違うといわれるかもしれませんがお許し下さい。
まず1つ目、トイレの希望です。個室全てが車いすで入れるようにとはいいませんが、荷物・上着を持って入っても充分なスペースが欲しいです。
次に来院された方が使用できる休憩室・談話室のようなスペースが欲しいです。
お昼近くになると、廊下のいすや待合室で食事をしている方を見かけますが、出来ればこのような場所で食べていただきたいです。
次は全くの私の希望ですが、エスカレーターの設置をお願いしたいです。
新病院が吹き抜けかどうかはわかりませんが、よくドラマや映画などでみかけるあのエスカレーターです。札幌東徳洲会病院にもあり、とても憧れているのでどうぞよろしくお願いします。
昨年より部署がかわり「治験センター」という新しい部署におります。開院当初からみても新しい部署はどんどん増えました。
「治験センター」はまだまだ知名度が低いので地道に広めていきたいと思います。これが一番の「私の夢」です。
投稿者治験センター係長 樋口 千恵
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2008年11月27日
 “私の夢”を語るのに、病院の前に立って、ずーっと眺めてみました。
札幌病院へ転勤してきて早くも約10年目です。
ここへ来た時は、たくさん改善を考えては、「こうしよう、ああしよう」と思い巡らし、無我夢中で行なってきました。
今では、仲間(栄養スタッフ)も、「仕事はどう?」と聞くと、「一生懸命しています」と答えます。
私自身も、当院の中では、日々の流れにながされ、ひとつの“マンネリ”型の様な気がします。それはきっと、数字は常に頭の中にあっても、これぐらいで黒字だから、まあ・・・という考えが出てきていると思われます。
しかし、これでは、新病院に向かえる態度ではないと思います。
私は、栄養管理室や厨房の中に、新風を入れたいと考えています。
日本の給食システムは、昭和22年頃に作られたものであり、変化はほとんどされていません。
今考えているものは、ニュークックチルとクックサーブ方式で、この両方式で行うシステムです。日本の中では行われていません。
私は、患者様の期待に応えられる給食や、栄養管理はどうしたら良いか・・・、と考え、ここ2年位で、ヨーロッパやアメリカの給食システムを見学してきました。
是非これを生かしたシステムに作り上げて、後輩に送って行きたいと考えています。それが患者様に対する最良の方法へ結びつくと考えます。
もう、マンネリは許されません。
日々、新しいことへ向かって進まなければいけません。仲間と未来に向かって進みます。
投稿者栄養管理室長 山元 美恵子
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2008年11月20日
このリレーも今回で4回目を迎えます。新病院の夢を語る前に今の病院のことを少しお話しします。当院の開院時は近くには生協(ルーシー)とパチンコ大王(現在も不滅)くらいしか記憶しておりません。空地もたくさんあり、のどかなものでした。病院の駐車場も車は留め放題で車をとめて地下鉄出勤する、などという人も結構いました。いまでは考えられないことです。佐々木院長をはじめ先生方もおおらかでやさしい人ばかりで、毎日過酷な勤務を数名のDrでこなしていました。いまから思うとよく過労死しなかったなという感じですが、徳洲会の一番よい時代でした。もうあれから25年くらい経ちましたが、さすがに当院も古くなり、多少手直しはしましたがもう限界のようです。まわりには新しいマンションやいろいろな店も出来ました。この場所を移動するのはとても残念ですがこれからの先進医療を行うには、このスペースではちょっと無理でしょう。新病院はヘリポートも備えた巨大な救急病院になることと思います。緊急手術、緊急カテーテル検査、緊急内視鏡、はたしてどれだけのマンパワーで対応できるのか?「新病院に向けた夢」というよりは現実的なもろもろの問題でやや気が重くなります。
先日、本屋でぶらぶらしていたら、たまたま「1年はなぜ年々はやくなるのか」という本に目がとまり、ちょっと読んでみました。としをとるにつれて「今」の間隔が3秒から5秒へと間延びする、あと左脳が衰えてきて、代わりに右脳中心の生活になる、ということも書いていました。まさしくいまの自分にぴったりの事だったので最後まで立ち読みしてしまいましたが、最近はあっというまに一週間、一か月、一年が過ぎていくような気がします。好奇心や記憶に残る時間をもつことが一年を長くするとのことです。
森院長のとっぴなアイディアにも柔軟に対応できる能力を身につけ、変化に富んだ生活をし長い一年にしたいものです。
投稿者放射線技師長 小野崎 慶一
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2008年11月20日
先日11月13日(木)、パラメディカルが綴る新病院に向けて 「私の夢」 エッセイローテーション表の差し替えが、私の机に無雑作に置いてありました。確かこのリレイエッセイの掲載が決定した時に配られた表では、私の順番は年明けの1月下旬だったような気がしていたのですが・・・。「何故にこんなに早くに」と思いながら職場のパソコンに向かう自分がいました。
  私が札幌徳洲会病院に入職し早いもので20数年が経過しました。私たち臨床検査技師も徳洲会病院の理念と基本方針に基づき、人間性と専門技能を磨き、24時間365日迅速かつ正確な検査結果を提供することをモットーとし日々努力するよう指導されてきました。この基本的方針については今も新病院移転後もまったく変わりありません。
臨床検査技師は色々な意味で「検査室の中から外へ出かけよう」と良く言われます。
病院の中を歩くと色々なことを感じることができます。狭い外来待合室に多くの患者さんが、自分の名前を呼ばれるのをまだかと待っている光景をみます。待合室で待っている患者さんのなかには、定期的に受診されている方、今回初めてこの病院を選んでくれた方、採血し結果待ちの方も多くいます。特に採血待ちの方をみると、果たして僕らは待ち時間短縮にむけて精一杯努力しているのだろうか?医師が依頼した検査が、直ぐに結果をみて患者さんに説明したいにも関わらず自分たちの都合で外注していたりしてないだろうか?患者さんが会計を済ませ薬を貰って病院の玄関をあとにする時、また、具合が悪くなったらこの病院を選んでくれるのだろうか?等色々な事が頭をよぎります。
  ほんの些細なことでも私たちが知恵を出し合い、より良い病院にし、地域の人々の期待に応えられるよう努力する必要があります。
また、今は特殊な検査である肝炎ウイルス・結核菌の遺伝子検査も近い将来は、一般的な検査室でも実施できるようになります。こういった新しい検査法の導入も視野に入れ、今まで以上に患者さんや臨床からのニーズに応えられるような検査室でなければなりません。新病院になって、来院される患者さんが「建物は奇麗で広くなったけど、そこで働く人はさっぱりだね」なんて待合室の患者さん同士の会話で聞こえてこないよう、人間性も技術も磨いていきたいと思っています。
投稿者検査技師長 斉藤 和司
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2008年11月13日
私自身も今回の新病院の土地取得に直接係わってきた者の一人として、苦労の末、土地を取得できたことは感無量であります。今度の新病院の土地は約5,200坪の広さがあり、建物の総床面積としては現病院の約2.5倍の規模となる予定であります。
今現在、医師、看護師、パラメディカル等、それぞれの担当部署の職員よりどんな病院にしていきたいか、設計に関して意見・希望を集約している真最中です。新病院の屋上にはヘリポ-トを作り、北海道内、更には一部本州からも患者さんが来られる、基幹急性期病院となることはまず間違いないでしょう。
しかしいくらハ-ド面が立派な病院が出来上がっても、そこで働く職員の考え・資質も新病院と同様に向上しなくては、本当の意味での新病院と言えないではないでしょうか。
病院には仕事も環境も異なる色々な患者様がお見えになります。ましてほぼ全員が体調を崩されて、精神的にも不安定な状態で病院を訪れます。患者様は立派に出来上がった病院を見ると同時に、そこで働く病院職員の対応にも触れることになります。
ハ-ド面での夢はある程度は達成することが出来ます。永遠の課題であると思いますが、新病院並みの職員のソフト面(考え・資質)の更なる向上が、まず第一の期待であり、夢でもあります。
もう一つは、これからの超高齢化社会を迎えるにあたり、今まで札幌徳洲会病院は「老健コスモス」、「特養コスモス苑」、「グル-プホ-ム徳洲会」、有料老人ホ-ム「ケア付き住宅徳洲会」を作ってまいりました。ある程度の地域住民のみなさまにお応えする施設を作ってきたつもりではありますが、まだまだ少ない感じがいたします。
この度の病院新築移転に伴い、今度は病院近隣(厚別区)での更なる介護施設の増設、あるいはこれからの時代を反映した健康管理・維持を目的とした、あるいは老化予防等のためのフットネスクラブ等を新病院の近隣に作ってもらい、それらの施設と新病院との連携を図っていただくことが私の期待であり、夢でもあります。
投稿者事務次長 今川 英伸
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2008年11月06日
今週から始まる夢エッセイ「新病院へ向けて」シリーズのトップバッターとして書かせていただきます。この話は突然何の前触れもなくやってきて、突然始まってしまいしました。とはいえ担当は毎週交代で医師・看護師以外の職種で有志29名からなる連続エッセイが新病院完成まで、または、この企画が中止になるまで続くというものです。
前置きはこれくらいにして、自分自身札幌徳洲会病院に入職して20数年になります。入職当時から考えると現在では外来患者数・入院患者数の激変しており現状にそぐわないのは誰の目から見ても明らかでした。そのため、もうそろそろ新しい病院が建つのではと思っていました。やっとそのめどがたち実際新病院で自分たちは何をやっていこう考えると期待と不安で大変複雑な心境です。薬局の設計ひとつにおいても現在ではなく、20年後30年後でもその時に働いている人に「何とか使えるな」と思えるものができるといいなと思っています。仕事の内容についてもやはり10年後20年後のあるべき姿を模索していきたいと考えています。病院においては「患者さんからの期待にこたえる」ではなく如何に「患者さんの期待を裏切らない努力」をしつづけることができるようであればと考えています。建物は新しく大きくなっても中身はちっとも変わっていないと評価されることがないようにしなくては、患者さんからあるいは地域から信頼される・選択される病院になって行かないと考えます。そのためには努力・努力また努力をしていかなくてはならないと思います(そんなにできるかな?)。新しい病院は患者さんや地域に愛される病院であってほしいと思います(時間はかかりますが職員全員が一致団結していれば、必ず、かないます。そして、そう信じています)。そして、地域の方みんながかかってみたい、そんなかかりつけ病院になって欲しいと思います。それではこの企画の一回目としてはこれくらいで!次回もし掲載することがあれば仮題「街の薬局を目指して」を考えてみたいと思います。
投稿者薬局長 宮越 貴之