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「私が看護師を目指した理由」 副看護部長 工藤昭子

投稿日時:2011年1月18日 09:30 火曜日


「8歳職業決定説」と言って、人は8歳前後に経験した出来事が後々の職業決定に結びついている、という話を何かで読んだことがあります。自分がいつ看護師という職業を選んだのか、8歳かどうかはわかりませんが、いつも思い浮かぶ情景があります。

私が保育園児か小学校低学年の頃のことです。土曜日の昼下がり、父の運転する車で母を迎えに出かけました。大学病院の構内で路肩に止め、車から降りて母が出てくるのを待っていました。ぽかぽかしたお天気で、父は煙草をふかし、あたりをのんびりと眺めています。私は鉄柵にぶら下りながら、半地下になった大学の研究室らしき部屋をのぞいています。薄暗い部屋の中で台の上に犬が横たわっています。今思うとそこは解剖室だったのかも知れません。私はそこで白衣を着て立ち働く人の姿を興味津々に見ていました。そのうち母が出口から駆けてきて、続きは見られませんでした。おそらくそれが原風景的なものなのでしょう。
母は札幌医大の放射線科で働く看護婦でした。仕事が大好きで「看護婦っていい仕事だよ」とよく話していましたからそれに影響されたのが一番大きいのでしょう。それから手塚治虫の「ブラックジャック」をリアルタイムで読んでいたせいかも知れません。それでも中学生くらいまではただなんとなく、白衣を着た仕事がしたい、というくらいの気持ちでした。
看護婦を目指す直接のきっかけになったのは、高校1年の時に同級生ががんにかかり17歳で亡くなったことでした。頭が良くてたくさん本を読む人で、深い言葉や詩をいくつも教えてもらいました。大学を出たら新聞社に入り、将来はジャーナリストになりたいと言っていたその友達に、私は何もしてあげられませんでした。
言葉で書くと簡単ですが、無力で情けない胸の痛みを今でも感じます。

投稿者:副看護部長 工藤昭子

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