心にとどく看護を札幌徳洲会病院 看護部

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看護部リレーエッセー

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「NO TITLE」 外来副主任 豊田 智美

投稿日時:2010年2月25日 09:50 木曜日

お久し振りです。外来看護師の豊田です。今回2回目のリレーエッセイとなります。
さて、新型インフルエンザの猛威もおさまりつつある2月、皆様体調お元気ですか?

前回では、「ちょっと私の独り言」と題して、家族や食事のことを書きました。今日は、まったく繋がりはありませんが、「音」について(自己的見解ですが・・・)書いてみますね。

「音」。世の中には、さまざまな「音」があります。
人の笑い声、トラックのクラクション、診察呼び出し時の「ポーン」、鳥のさえずり、吹雪でガラスがガタガタ鳴る、掃除機の吸い込む音、パソコンのキーボードを叩く音・・・、本当に数え切れません。
以前お会いした人の中に、この「音」が「メロディ」に聞こえる(?)という方に出会いました。
この方は、幼少の頃から生活環境と「音楽(ピアノ)」とに密接な関わりがあり、絶対音感をお持ちの方でした。雨が降っている「ザーッ」という音を聴き、「シ♭に聞こえる。気分が悪くなる」と表現するのでした。
絶対音感を身につければ、音楽を心から楽しむことができ、ピアノはもちろんいろいろな楽器に楽に取り組めるようになると言われています。例えば、楽譜を見なくても耳で聞いただけですぐにピアノで弾くことが可能となったり、ピアノレッスンでは、絶対音感が身につくことで、暗譜も自然にできるようになるとも言われているようです。しかし、この方は、「絶対音感」を持っているがために、ちょっとした「不協和音(ここでは雨の音」もストレスとなってしまい身体がつらいようでした。
ちょっと横道にそれましたが、この数え切れない「音」はもちろん病院の中にも多く存在します。外来・病棟患者様の周りには、病院ならではの「音」がきっと耳につくことでしょう。
職員の歩くサンダルの音、何故かスタッフルームからの笑い声、ワゴンが廊下段差に引っかかった音、「○○さーん」と叫ぶ看護師の声、救急車のサイレン、夜間のモニター音、医療器具がカチカチと合う音、来院者の携帯アラーム音・・・。これもまた、たくさん。
このような環境で「不快」と感じる「音」は人によって違いますが、かなりの数が挙げられます。様々な「不快音」が飛び交う中に「快」と感じる「音」が聞こえても、あまり身体にプラスの効果は現れないでしょう。「聴覚」がある限り、全ての音から「快」のみを拾って聴くことは不可能に近いですよね、きっと(この考察に知識の限界を感じてしまう・・)。
今の外来は、患者様が「不快」と思われる「音」に囲まれながら採血を待ち、診察を待っている状況です。理想環境は、この待ち時間が少しでも「不快」と感じず経過される環境設定。クラシックが流れる中で本を読みながら待つ、そんな予約外来・・・。
是非、これから建設される新病院には、ゆったりと身体も心も可能な限り「不快」とならないような診療スペース・「音」を奏でられるよう、したいものです。森院長、是非患者様のために、いい病院を共に作っていきましょう!

それでは午前0時を回りましたので、これにてリレーエッセイ、失礼いたします。

投稿者:外来副主任 豊田 智美

「NO TITLE」 6F病棟副主任 藩守 由香里

投稿日時:2010年2月17日 09:48 水曜日

立春も過ぎたのに・・・というか過ぎてからが寒いのが北海道。まだまだ春は遠いですね。

 札幌雪祭りは終わっちゃいましたが、いよいよ今年の大イベント!バンクーバーオリンピックがはじまりましたね!
わくわくどきどきな熱戦が繰り広げられるのがとても楽しみですが、みなさんは何が楽しみでしょうか?
モーグルの上村選手頑張りましたね~4位入賞・・・あと一歩でした。スピードスケートの高木選手やジャンプ葛西選手、カーリングも見逃せないけど、やっぱり女子フィギュアの浅田・安藤・鈴木選手でしょうか?
フィギュアスケートはすごいですよね!年がばれますが(笑)、伊藤みどりさんからのフィギュアファンなので注目してます。
なんてったって“帝王”プルシェンコ選手・スイスのランビエール選手の復活組に、フランスのジュベール選手・アメリカのアボット選手と4回転ジャンプバシバシ跳べる選手たちがぞろぞろ・・・もちろん日本の高橋・織田・小塚選手も表彰台候補!期待できます。
女子の綺麗で優雅なのもいいですけど、男子の豪快なジャンプがいかにもスポーツ!って感じがかっこいいです。
その一方アイスダンスは華やか!まさに豪華絢爛で、足捌きがすごくてスケートじゃなきゃ出来ないって感じが好きです。注目はデロベル&ショーンフェルダー組・バーチュ&モイア組・ベルピン&アゴスト組・デイビス&ホワイト組でしょうか・・・
語り始めるとエンドレスなのでこの辺でやめときますが、選手みんな怪我なく満足できる演技が出来るといいですね。
私も選手気分で(現実はほど遠いですが)滑りに行こうかな・・・ひょうたんバックは卒業して、スリーターンはできるようになりたいです。骨折・捻挫注意ですが!

投稿者:6F病棟副主任 藩守 由香里

「NO TITLE」 5階病棟副主任  山田 美樹

投稿日時:2010年2月10日 09:45 水曜日

 私が生まれたときは、両親と姉、父方の祖母と私の5人家族でした。祖母はわたしが小学校2年生のときに91歳で亡くなりました。病院嫌いの祖母は、歩けなく、寝込むようになってからも往診をしてもらいながら自宅で息を引き取りました。

私が物心ついた頃から、石炭ストーブの斜め後ろにいつも祖母は座っていました。少し腰の曲がった祖母は外出することなく、毎日、テレビを見て過ごしていました。相撲や歌番組が大好きで、私が学校で習ってきた歌を唄っていると「上手だね。いい歌だね」と、褒めてくれました。

ある日突然、祖母が居間の緑のじゅうたんをつまんで「バッタがいる」と言って自分の手のひらにのせていたり、食べたばかりの食事を「まだ、ご飯食べてない」と言ったり、自分の家に帰ると言い出し玄関まで行き、外に出ようとしていました。そんな時、母は「今日はもう遅いので泊まっていって下さい」と話し、祖母も「そうですか。ありがとうございます。お世話になります」と、答えていました。そのようなやりとりを何度か見たことがあり、その頃は認知症だと知らない私は、祖母も母も何をしているんだろう?と疑問を持ちながらも、あまり深く考えることはありませんでした。ただ、自分の家に帰ると話す祖母を見て、私は悲しい気持ちになり泣き出してしまったことがあります。

次第に祖母は、歩行も困難となり、寝たきりの生活となりました。トイレに通うことも出来ないため、布オムツを使用していました。洗濯された布オムツは、乾くのが早い居間に干してあり、洗濯したとはいえ、何ともいえない臭いがしていました。8歳の私は、食事中に「こんなおしっこ臭いなかで、ご飯なんて食べられないよ」と、母に言いました。母は「仕方ないでしょ。洗濯をしないとおばあちゃんが困るし、おばあちゃんはトイレに行きたくても行けないんだから、我慢してあげて」と言われたものの、こんな中で食事をするのは嫌だなぁ。と、心の中で思っていました。その翌朝、祖母は息を引き取りました。私は、昨日母にオムツが臭いと文句を言った自分のせいで祖母は亡くなってしまったのではないか?何で、そんなひどいことを言ってしまったんだろう・・・。そんなことを口に出してしまった自分がとても恥ずかしく後悔しました。また、祖母の死は、私が初めて人の『死』というものに直面した出来事でした。眠っているような、穏やかな表情の祖母を見ながら、私は心の中で何度も「おばあちゃん、ごめんなさい」と、繰り返していました。祖母があたりまえのように座っていた場所は、ただの空間となりました。祖母の姿がない毎日は淋しく、5人いた家族が4人となり人の命には寿命があることを知り、命の大切さを祖母が私に教えてくれたのだと思います。

祖母は、いつでも私たち家族を見守ってくれていると感じる反面、オムツのことで文句を言ってしまったことは、今でも私の心のどこかにひっかかっています。

私が看護師になろうと思ったきっかけは母の入院でしたが、今になって考えると祖母の死も、一つのきっかけになっていると思います。
母は、病院が嫌いだと言って行きたがらない祖母を、寝たきりになっても家で面倒をみて食事の支度、清拭、オムツ交換などの援助も一人で行っていたことを考えると大変だったと思います。母は、姉と私の前では祖母への不満や愚痴をこぼしているのを、聞いたことがありません。(父の前ではわかりませんが・・・。そんな母を素直に尊敬します。

母方の祖父母も亡くなっていて、私には「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼べる人がいません。友達や、職場のスタッフとの会話の中で「おじいちゃんが・・・」「おばあちゃんが・・・」と楽しい話しを聞くとうらやましく思います。
私は、看護師として、また一人の人間として、まだまだ未熟ですが、患者さんが一日でも早く元気になるよう、祖母に何もしてあげられなかった分、この仕事を通して少しでも患者さんのお役に立てれば幸せだなぁ。と考え、毎日仕事をしています。

投稿者:5階病棟副主任  山田 美樹

「NO TITLE」 4階亜急性期病棟主任  工藤 清一

投稿日時:2010年2月3日 09:44 水曜日

私の母は理容師の免許を持っており、生まれてから進学で札幌に来るまでの24年間、ずっと母に散髪してもらっていました。昨年末、行きつけの床屋さんが休業してしまい、新年にふさわしくないボサボサ頭で正月勤務をしました。その後も開店する様子はなく、かといって知らない床屋さんは何となく入りずらく困った私は久しぶりに母に頼むことにしました。

夜勤明け、実家に帰り夕食を済ませた後、年季の入った道具を取り出し散髪が始まりました。「あれーまた薄くなったんじゃない?」親子なので本当の床屋ではあり得ない禁句も出てきます。私は気のない返事をするだけ。刃物を持っている人間には逆らえません。いざ始まると少し切っては離れて眺めるを繰り返します。老眼が進んでいるようです。

眺めては「あれー」とか「うーん」とか言います。多分近くで切っているときはほとんど見えていないのでしょう。疲れを心配し「もう簡単でいいぞ」と言ってもなかなかやめようとしません。母は昔から一旦やり始めると粘るたちです。草むしりをやらせるとたぶん近所一です。
「これでいいかな。ふー」終了の合図とともに洗髪しに洗面台へいきます。そこで初めて鏡を見ると「お、なかなかじゃない」ボサボサ頭がきれいに整頓されていました。元が元なのでかっこいいかはともかく、これなら詰所に貼ってある院内身だしなみマニュアルのモデルにもなれそうです。(モデルになりたいという意味ではありません。)なによりも母の腕が落ちていないことに安心しました。腕前を落とさないためにもまた切ってもらおうかな。手先の運動は老化防止になると言うし。

子供のころ、天気のいい日は外で散髪しました。陽気に照らされチョキチョキという音を聞くと眠くなり頭がゆれる為「切りずらいから寝ないで」と怒られました。この次は童心に帰って季節のいい時に外で切ってもらおうかな。玄関前には八重桜の木があり、庭にはたくさんの花が植えられています。花が咲く時期、裏山からはかっこうやうぐいすの鳴き声も聞こえてきます。桜が満開の頃、木の下で散髪してらうと気持ちよさそう。終わった後のビールもうまそう(童心に帰ってない) いっそ焼き肉でもしようか。今、母の作業療法を名目にアウトドア散髪を計画しています。

その前によく見える老眼鏡をプレゼントしないと。

投稿者:4階亜急性期病棟主任  工藤 清一

「NO TITLE」 ICU副主任  上島 智子

投稿日時:2010年1月27日 09:42 水曜日

はじめまして、ICU副主任の上島智子です。皆様、冬をいかがお過ごしでしょうか?
私は今、南の島に来ています。以前のリレーエッセイで沼田主任が書いていたキャリアアップ研修と同じ研修に行かせていただけて
沖永良部徳洲会で研修をしています。沖永良部島は、沖縄の2つ上の島で、車だと全周1時間ちょっとで回れます。こちらは気温15度前後位で、暖かい冬を過ごしています。北海道からきた、という事は珍しくみなさん驚きます。ネームを胸元にぶら下げているのですが、名前を見て「内地のひとね?」を名字でばれてしまいます。ちょうど私の名前も、「上の島」と書くので、日本の一番上の島からきた看護師さん、と名前を覚えていただいています。看護という仕事は、どこの地域にいっても基本的なものは変わらなく、徳洲会の理念の下、看護させてもらっています。一番、こちらに来て困ることは・・、方言がわからないこと。高齢の方になるほど、こちらの言葉を話します。

私が覚えた言葉。
「みへでぃろ」・・・・ありがとう
「あがー」・・・・・・痛い
「あべー」・・・・・・あらー  まぁ などびっくりした時
「ぬん」・・・・・・・なに?
「しーばい」・・・・・おしっこ
です。単語なら何とか聞き取れますが、これが文章の中に組み込まれると、ほぼ英語(苦笑)。方言がわかりません。と言うとみなさんわかるように話してくれるのでなんとか救われています。今回の研修で思う事は、「人との出会いは宝」今までの人生、沢山の方たちと出会ってきました。今回も、院長、副院長、看護部長をはじめ、病院スタッフのみなさんとの出会い、患者さまとその家族様との出会い、また島の方との出会い、など島同様温かい人とのふれあいを感じました。こちらで温かさをもらった分、私も色々な人に温かさを配らないとと思いました。

今回、私の希望でこの研修に参加しました。スタッフの少ない中、私を快く行かせてくれたICUスタッフの皆様には本当に感謝しています。
スタッフのみんなに帰ったらいなかった分のお礼を心からしたいと思っています。これを見ている皆さんも、もし私を院内で見かけたら気軽に声をかけてくださいね(^-^)
まだまだ未熟な副主任ですが、頑張っていきます。

投稿者:ICU副主任  上島 智子

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