心にとどく看護を札幌徳洲会病院 看護部

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看護部リレーエッセー

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「最近の私のニュース」 

投稿日時:2018年2月16日 13:19 金曜日

平成28年中旬から、私の人生が逆立ちからのブリッジをし始めました。いきなりの妊娠、結婚、妊娠中期に咳嗽による肋骨のひび。
この歳で咳だけで肋骨にひびが入るという事実を受け入れられませんでした(泣)。
 そして、平成29年1月21日待望の第一子 娘誕生。鳴き声が大きく、よく寝て、よく食べて、よく動き、よく便秘と下痢をする元気な女の子です。たくさんの人に囲まれて、助けてもらって、元気にすくすく育ち、平成30年1月21日娘は無事に1歳を迎えることができました。
 
 ・・・・前置きが長くなりましたが「最近の私のニュース」は ゛看護師半人前のママ1年目の厳しい現実“です。
 仕事始めの前日、娘が就寝後、看護師とママを本当に両立できるのか?チームの一員として動けるのか?不安でなかなか眠れませんでした。朝も早く、自分の用意はそこそこに、娘の用意をし、慣れない運転で病院に着きました。託児所に娘を預けると、私の身は軽くなりましたが、泣いている我が子を見て心は重くなりました。ごめんね、ごめんねと思いながらいざ病院に着くと、職員の方々は暖かく迎え入れてくださったので安心しました。しかし、自分の看護技術・知識共に低下し、物品の場所やシステムもわからず焦りました。その上、私より後に入った看護師たちもすごく成長していて、1年目の看護師は1年目に見えないくらい成長していました。なんとか仕事を終えて迎えに行くと、娘は先生に抱っこされ、私を見て泣いていました。家に着いたのは19時。ご飯を流れるように食べ、すぐにお風呂に入り、娘は21時半には夢の中でした。そして、家事や明日の用意が山ほど残っている私も疲れからまさかの就寝(笑)。起きたのは0時近く。
そこから明日のご飯や洗濯、洗い物、娘の明日の準備をして、力尽きて携帯を見る間もなく就寝。そしてまた1日が始まるのです。
 
 これを毎日1人で続けていかなければならない現実に、ただただ涙を流し、何もかも投げ出して遊びに行きたい、休みたい、1人の時間がほしいと嘆くのです。娘もストレスが溜まっているようで、キーーッと叫んで物を投げたりと、以前にはなかったことをするようになり、娘も嫌な思いをしていることを知りました。
 
 仕事に関しても自分の勘を取り戻し、新しいことも覚えていかなければならない。ただでさえ出来が悪いのに、みんなに置いていかれ、これを書いている今も、正直先が見えず怖いです。病棟自体も仕事内容が濃く、忙しいためついていくのがやっと。自分が仕事をできないことでことで早く帰れず、娘にかわいそうなことをしていると思うと胸が痛い・・・。これらのことが、私に耐えきれるかわからなくなりました。

 そんな中、相談にのってくれたり、アドバイスや励ましてくれる先輩ママ達がいました。当時の自分のエピソードを話してくれたり、頑張らなくていいことや、親や託児所に短時間子供を預けてストレス発散するなど、色々と教えてもらいました。先輩達も私と同じような時期を過ごし、くじけそうになったり、子供に申し訳ないと思ったりしながら、苦しい時期を過ごしてきたんだと思います。そして、今も表には出さないけど、大変な日常を送っていると想像されます。
 私もそんな尊敬できる先輩方と同じようにとはいきませんが、看護師として、母として、そして妻として日々無理をせず、辛いときには誰かに相談しながら、子育てしやすい環境を作っていきたいと思っています。
 本当に子育てしながら働くって、大変なことなんだな・・・・というのが私の最近のニュースでした。

投稿者:5階西病棟 松尾 このみ

「わさお」 6階西病棟 大島 由加子

投稿日時:2018年2月1日 09:11 木曜日

みなさんは涙を最近流したことはありますか?

ちまたでは、「涙活」と言って、意図的に感動するドラマや映画を観て、能動的に泣く事でストレスが軽減する事を言うそうです。涙を流す事により、人間の自律神経は、緊張や興奮を促す交換神経が優位な状態からリラックスや安静を促す副交感神経が優位な状態に切り替わりストレスが解消される効果があります。
私は最近、涙をたくさん流していません。泣く事が少なくなったと感じています。

人生50年も生きていれば神経がどんどん図太くなって、本気で泣く事を恐れ、簡単に泣けなくなった自分がいます。
しかし、先日、日本テレビの「天才!志村どうぶつ園」の「わさお」が出ていた番組を見て感動して大泣きをしました。
青森県の『ぶさかわ犬』として映画やテレビに出演している「わさお」は、手のつけられなかった凶暴な野良犬として有名でした。そんな「わさお」を、唯一、手なづけ引き取った菊谷節子さんが、昨年11月30日に病気で亡くなってしまいました。生前の「わさお」と菊谷さん関係を見ると、単なるペットと飼い主の枠を超えたパートナーとしての深い絆があったと感じます。
「わさお」は、菊谷さんが亡くなってからずっと、道路の方を見つめて耳を澄ませ、鼻を動かし,菊谷さんを探していました。亡くなった菊谷さんも、どんなにか心残りだったかと考えると胸がはり裂けそうです。
人間と動物の深い絆と感動の物語を見て、新年早々純粋な涙を流しました。
菊谷さんを失った悲しみを乗り越えて、たくましく生きて欲しいと心から思いました。

「わさお!!」元気で頑張るんだよ。
ふと我に返ると、我が家の愛すべき2匹のわんちゃん。けなげな瞳で、しっぽふりふり私を見ています。純粋な愛情が伝わってきます。私も、この子達のためにもいつも元気でいなければと心に誓いました。
「涙活」・・・なんか心があったかくて優しい気持ちにしてくれました。

投稿者:6階西病棟 大島 由加子

「手術室のかわいい新人さん」 

投稿日時:2017年9月15日 10:58 金曜日

こんにちは
手術室師長の竹島裕美です。
今回は今年4月に手術室に入職した、4名の新人スタッフをご紹介します。
4人はとても仲が良く、そして勉強も一生懸命しています。
自分が入った手術の情報を、同期と共有したり、一緒に研修や勉強会に参加しています。
もう、一人で器械出しもできます!!コミュニケーション力も高く、先輩看護師にわからないことをどんどん聞いて、次に生かせるよう努力しています。
でも、仕事ばかりではいけません。同期の交流や、人間性を高められるように様々なことにチャレンジして欲しいと思っています。
8月のとある週末。たった3日間の休みを彼女たちは沖縄で満喫してきました。
どうですか?楽しそうでしょ。本当は水着姿もあるのですが、アクセス数が増えすぎて大変なことになりそうなので、やめておきます(笑)
このあと、初めての待機に入りました。きっと緊張したことでしょう。急性期病院ですから、毎日のように臨時の手術が入ります。普段から緊張の連続です。
それでも、4人とも仕事が楽しいと言ってくれます。本当に嬉しいことです。
目指した憧れの職業、楽しくなければ意味がありません!!
手術室の大切な新人4人は、もう新人ではなく、かけがえのない手術室スタッフの一員です。若い感性をこれからも大切に、そして一緒に素敵な手術室看護を実践していきましょう。







 


※シミュレーション時のデモ写真です。

投稿者:手術室師長 竹島 裕美

「私のつぶやき」 

投稿日時:2017年9月5日 09:42 火曜日

毎日「今日の私」と、「未来の私」が、こころでシーソーしている。
今、夜の10時10分。パソコンに向かってはいるが、課題の文章がまだ書けていない。 明日にしょうか? それとも、エネルギー絞って書き上げようか?
自分の中にいる2人の自分が、自分に語りかけている。
1人は今を生きる私。
「昨日も遅かったじゃ無い? 今日も一日仕事をしてもう、眼はしぶしぶ、頭は空っぽ。明日にしてもう休もうよ。」
もう1人は未来の自分。
「先月、予定したことは早めにやるって決めたじゃない。時間をかけて、自分が思っていることや、自分が持っていることを活かして書くって決めたよね、」・・・と。

多くのものごとは、未来を取れば現在は我慢。現在を取れば未来が不安。たいてい勝つのは「いまの自分」。そんな気がする。
・例えば仕事。
大事な会議の資料。今日頑張ってよいものを作ろう。(未来)
まだ会議の資料はできていないけど、眠いから明日にしよう。(現在)
・例えばダイエット。
痩せたい。健康でいたい。(未来)
美味しそうなシュークリームが目の前にある。食べたい。食べよう。(現在)

上の例のように、いまの希望を「自分を満たす」「ご褒美」と、便利な言葉で便利に使って自分に都合よく過ごしていたら、必ずどこかでいき詰まってくる。
逆に、未来に目を向けて選択を続けていたら意欲もわいてきて、きっと段々と余裕もうまれ楽にすごせるよね。
 大切なことは、「私はどうしたいのか?」「どう在りたいのか?」を、自分のこころに素直に問いかけ、しっかり向き合っていくこと。
普段は緩んでいてもいい。だけど、ここぞと言うときは正しくエネルギーを注げるように、力を入れず手を抜かず、前を向いて進んでいくことだね。
さあ、明日も私らしく、前を向いて進んでいこう。

内視鏡室 小川 シズ子

「く・り・か・え・す?」 

投稿日時:2017年7月14日 08:18 金曜日

私の学生時代1980年代、中学と高校時代の部活動の活動範囲はといえば市内又は市内近郊が主なエリアで、夏休みや冬休みなどは車で2時間程度の所に遠征?(と呼べるほどではなかったような)に行くくらい・・・・。
野球をしている同級生が高校進学で強豪校へ、というのも限られた人数だった
のを記憶しています。

今の時代は、少年団に所属しながら部活動を行う中学生もおり、長期休暇の時期には試合(大会)で道内は勿論、道外へ遠征する子もいます。
高校生ともなると、週末も道内あらゆる場所へ出向き、長期休暇に道外遠征は当たり前?な環境です。大学ではさらに自由度が増し行動範囲は拡大の一途を辿るという、まったくもって自分の時代とはかけ離れた、非常に恵まれている環境だと感じる日々でした。

そんな時よく言葉に出るのは「お父さんお母さんの学生のころはね・・・・」から始まり、その返しは「いつの話ししてんの?そんな昔の事・・古!」とほぼほぼルーティンの会話が繰り広げられます。幾度この会話をしたことか・・・。

「昔は」という言葉は禁句!と耳にすることがありますが、どの時代も繰り広げられ続けている場面のように感じます。

「・・・古!」と言い放っていた本人は今年社会人としてのスタートを切りましたが、この先同じフレーズを口にする日がくるのか否か、、、楽しみながら、み・と・ど・け・ま・す。

投稿者:7階東病棟師長 木村 乃里子

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