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東日本大震災 札幌徳洲会病院の活動報告

東日本大震災における当院の活動報告

  • 2011年4月21日
    当院で義援金を募集し、多くの方にご協力いただきました
  • 2011年4月18日
    被災地応援のため看護師1名(邉見宜佳)を派遣しました
  • 2011年4月17日
    被災地応援のためソーシャルワーカー1名(上井奈穂美)を派遣しました
  • 2011年4月13日
    被災地応援のため看護師1名(宮田幸一郎)を派遣しました
  • 2011年4月10日
    被災地応援のため看護師1名(花田導雄)を派遣しました
  • 2011年4月 8日
    被災地応援のため看護師1名(小毛利理沙)を派遣しました
  • 2011年4月 5日
    被災地応援のため看護師1名(上戸暢子)を派遣しました
  • 2011年4月 3日
    被災地応援のため看護師1名(橋村夏希)を派遣しました
  • 2011年4月 1日
    被災地応援のため看護師1名(大成美希)を派遣しました
  • 2011年3月29日
    被災地応援のため医師1名(井畑朝紀)、看護師2名(近井美絵、沢田愛)を派遣しました
  • 2011年3月25日
    被災地応援のため看護師2名(荒木千絵美、岡田寛子)を派遣しました
  • 2011年3月23日
    被災地応援のため看護師2名(鈴木のぞみ、千葉真奈美)を派遣しました
  • 2011年3月22日
    被災地応援のため医師1名(平山傑)を派遣しました
  • 2011年3月11日
    震災発生

義援金

東日本大震災に対して当院で義援金を募りましたところ、542,996円集まりました。
多くのご協力に感謝申し上げます。
この義援金は徳洲会本部を通じて被災者の方々へお届けいたします。

被災地透析患者様を8名受け入れました

がんばろう日本:徳洲会も応援します

透析腎臓内科部長 横山 隆

その時私は、数時間後に迫っていた実父の通夜を家族葬にて執り行うべく、実家で最後の準備をしていた。3月11日午後2時46分、札幌でも強い揺れを感じ た。早速テレビのスイッチを入れたが、緊急地震速報と津波警報が流れてきた。三陸海岸を中心とした東北地方では、8メートルにも及ぶ巨大な津波が、これか ら短時間で襲ってくる可能性が大きい旨の報道であった。その後札幌でも2度ほどの余震が感じられた。画面に映し出された光景は、想像を絶するものであっ た。幾多の町並みが,成すすべもなく瞬時に飲み込まれてゆく。さらに高台にやっとの思いで逃れる事のできた住民の呆然とした表情が映し出されていた。余り にも突然で、警報を察知できない方たちも多数居られたことであろう、病院などでは寝たきりの療養生活を余儀なくされておられる方々も少なくないであろう、 学校に居る児童、生徒たちは無事避難できたであろうか、瞬時にいろいろな思いが駆け巡ってきた。翌朝僅かな時間見ることのできたニュースで、被害の甚大性 を再認識した。

その後は亡くなられた方や行方不明の方々の人数が、日増しに多く報道されるようになった。また被災場所は十分確保できる のか、被災者の方々の食料はうまく行き渡り、健康状態は保たれるのか、病院などでの医療は少しでも本来の体制を維持できるのか、特に透析療法の如き、生命 の維持に直結する医療業務の継続は可能なのか、などの不安が強くよぎって来た。

我が徳洲会は、NPO法人TMAT(徳洲会医療救護隊) がいち早く各地より出動し、東北地方の拠点病院である、仙台徳洲会病院で現地の救援に当たり、更に被災地へと進んでいった。日々の活動は困難を極めている が、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、事務職など多方面のエキスパートによる献身的な努力が現在も続いて行なわれている。

被災地の透 析医療は、水、電気などのライフラインが壊滅的被害を受けたため、早急に非被災地域の透析施設による代替治療が迅速に要求される。日本透析医会は、被災地 の透析患者さんを、東京都、千葉県などの近隣の施設に搬送するのみでは不十分であったため、航空自衛隊の輸送機で宮城県の松島基地より北海道の千歳基地ま で80余名を救急搬送していただいた。これには阪神淡路大震災の教訓が生かされた。札幌徳洲会病院は最多の8名の患者さんの入院をお引き受けし、血液透析 を継続することになった。当院に長旅より到着された患者さんは、流石に疲労の色を濃くしておられたが、入浴、夕食を済ませると皆様は、久しぶりに楽になり ましたと、笑顔で答えられた。病棟および透析センターの看護師、臨床工学技師、栄養士、薬剤師、事務職の皆さんも、自分たちのそれぞれの専門領域で何をす べきかを十分理解して患者さんたちに接していただいた。病院スタッフと患者さんが次第に打ち溶け合って、様々な身の上話などもできるようになり、当院に外 来通院している他の患者さんたちとも交流を深めることも可能となった。

北海道に搬送された患者さんは、長時間の移送に耐えねばならな かったため、歩行、食事および排泄、コミュニケーションがある程度自立していることが必要であった。被災地には移動もままならぬ透析患者さんも、多数居ら れるものと思われる。何とか全ての患者さんに対して、普段と同じような治療ができる体制を作り出して欲しいものである。また遠隔地に来られた患者さんは、 長期間家族と離れて暮らさざるをえない状態を余儀なくされることになる。何とか家族も患者さんの元に参集できるように、住宅などの施設を提供することがで きないものかと痛切に願っている。実現するためには国家、地方自治体さらに社会の協力が是非とも必要であろう。

人は仲間に支えられることで、大きな困難を乗り越えることができると信じています。私たちが今できること、それはこの大会を精一杯元気を出して戦うことです。がんばろう、日本。生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います。

こ れは3月23日に開催された選抜高校野球での、16年前の阪神淡路大震災の年に生まれた、岡山県創志学園の野山主将の選手宣誓の一部です。宮城県の東北高 校は、甲子園に出発する直前練習の最中に被災した。その後彼らは野球の練習より今やらねば成らぬ大切なことがあると、被災地でのボランティア活動に打ち込 んだ。そして出発の際には多くの被災者の熱烈なエールに送られて甲子園に乗り込むことができた。

がんばろう、日本。いかなる人も一人では生きて行けないのだから。徳洲会の全ての人も皆で頑張りましょう。

2011年3月31日

災害派遣を通して感じたこと~弱者に重くのしかかる災害~

認定看護師 上戸暢子

私たちは3月15日に医師1名(橋本功二)、看護師3名(羽場直美、小枝政史、上戸暢子)、薬剤師1名(宮越貴之)、検査技師1名(和田直樹)、事務3名(沼田圭介、渡場義幸、中條秀樹)計9名で救急車にて札幌出発、3月16日に仙台徳洲会病院へ入りました。
仙台病院では医師・看護師は救急外来での診療応援、他のスタッフは事務応援、被災地へ物資の輸送、東京-仙台間の医師の送迎を行っていました。救急外来にはひび割れた道路でバイクを運転し転倒した方やガソリンスタンドに6時間並び膀胱炎を発症、尿閉になった方、暖房がないため練炭を燃やし一酸化炭素中毒を起こした方など震災に関わることで多くの患者さんが来院されていました。
3月19日午後、私たちは仙台病院での応援を終了し札幌東徳洲会病院のメンバーと共に岩手県大船渡市の避難所での診療支援に入りました。 私たちは一つの避難所を拠点とし、避難所内の24時間診療、他の避難所への巡回診療を行わせていただきました。
診療に来られる患者さんは震災・津波で負った傷のガーゼ交換や感冒症状の方、津波で薬が流され薬がない方が多くいらっしゃいました。大船渡市では県立の病院がほぼ機能していたので県立病院に受診することも可能なのですが車が流された方、タクシー代がない方、車があってもガソリンが不足しているため病院に行く手段がないと言われる方も多くいました。
被災されている方々は計り知れない深い悲しみを背負っておられるにも関わらず私たちに笑顔で話かけてくれ「どこから来たの?札幌?わざわざありがとうね。」と気遣ってくれる方も少なくなく東北の方々の優しさに頭が下がる思いでした。
今回被災地で活動し、強く感じたのは高齢者や障害を持っている方が災害でさらに弱者になっているということでした。被災するまでは一人で生活できていた高齢者も避難所で、寝ていることが多くなり日に日に筋力が低下し一人ではトイレに行くことができなくなった方も何名かいらっしゃいました。また、震災で義歯を紛失し歯がない状態で出された食事を何とか食べている方、転倒し腰を打ったためほとんど動けず痛みに耐えながら避難所生活を送っている方もおられ、私たちのできる限りの援助をさせていただきました。
また、避難所で働いている市町村職員の方々も多数おられ被災状況の確認や地域住民の健康状態確認、両親を亡くした子供たちの把握などみなさん不眠不休で頑張っていらっしゃいました。職員の方々も被災者であるということを私たちは忘れてはいけないと強く感じました。
そして次のチームに託して3月23日私たちは札幌に戻りました。
私たちの行った援助は本当に極々わずかだったと思います。しかし被災された方々の涙や笑顔に触れて私たちはこれからも何らかの形で被災された方々の力になって行こうとそれぞれ誓いました。
これをお読みいただいたみなさまも今個人でできる募金や節電などを行うことで少しでも被災者の力になっていただければ幸いです。微力ではありますが無力ではないはずです。

2011年3月31日