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「言葉探し」 杉浦 千尋

投稿日時:2017年12月25日 09:25 月曜日

1998年に公開されたスピルバーグ監督の「プライベート・ライアン(邦題)」という映画がある。1944年のノルマンディー上陸作戦に端を発する物語である。ある事情によりミラー大尉にライアン一等兵の救出命令が出された。一兵卒の救出に命を賭す意義に疑問を感じつつも、多くの犠牲を払いライアンのもとに辿り着いたミラー分隊。だが、ライアンは他の仲間を置いて自分だけ去るわけにはいかないと後方への移動を拒否する。仕方なくライアンとともに前線に残ることになった分隊だが、そこにドイツ軍の戦車が…

“Earn this.”

これがミラー大尉の最後の言葉そしてライアンに対する命令だった。
その時ライアン一等兵は応える言葉を持っていなかった。

それから何十年かたち、家族、孫たちに囲まれて、初めてミラー大尉の墓前にやって来たライアンが口にした言葉が

“I only hope, in your eyes at least, I earned what you did for me.” 

だった。

この3時間近い映画も、この”Earn”という一語に集約されるのではないか。
でも、しっくりとくる日本語が見当たらない。

“Earn”といえば、私の中では、受験英語風に「(働いて)金を稼ぐ、儲ける、生計を立てる」とか「(名声、評価を)得る」というような、金銭や名声絡みの何か少し生々しいニュアンスを持っていたからである。
ストーリーの流れからの意味としては理解できていても、自分にとっては何か場違いな感じのする言葉として、どうしても違和感を拭いきれなかった。

それでは訳本ではどうなっているか?と確認してみたところ、“Earn this”は「それに見合う、ひとかどの男になれ」という訳になっていた。だが、これではどうもしっくりこない。最後の言葉にしては冗長過ぎる感が拭えない。
そして“I only hope …”に関しても、「それだけのことに見合う、ひとかどの男だったろうか?」と訳されており、これまたどうもしっくりこない。
Earnしろと命令され、その使命に応えたか?という文脈での意味としては成立するのだが、最後の力をふりしぼって発する簡潔さが無いのだ。

自分であれば、“I only hope … ”に関しては「あなた(方)の恩に報いることができただろうか…」とでも訳して落ち着けるかなとも思うが、”Earn this”の2語にふさわしい、しっくりした日本語がなかなか見つからない。
「無駄にするな」では少し弱い。自分が望まなかったとしても、それを受け入れざるを得なかった多くの仲間たちの運命を背負って生きろという積極性に欠ける。

救出の原因となったライアンの兄弟の犠牲、ミラー大尉達の犠牲、さらに、その時の状況を形成したすべての犠牲からEarnしろという、ライアンだけではなく、すべての生き延びた者たちへの重層的なメッセージとして解釈できなくもない。

あと1つで完成するジグソーパズルの、最後の1ピースが見つからない様なもどかしさ。
自分だったらそんな状況で、どんな言葉を選ぶのだろうか? と自問しつつ、まだ言葉探しは当分続きそうだ。

投稿者:歯科口腔外科部長 杉浦 千尋

「コード・ブルー」長尾 知哉

投稿日時:2017年12月18日 09:53 月曜日

「寄席でも選挙でも、真打ちは最後に上がるもんだ。」
 参議院議員選挙で最下位当選した立川談志の名言である。

長野県は全体が「山」であり、人々は「平」と呼ばれる盆地と山あいの集落で暮らしている。救急車は山あいを縫うように走り平に下りるか、山越えを強いられるかであった。救命救急にとっては「時は金」ではなく「いのち」である。かくしてドクターヘリが配備されることとなった。

「先生、ヘリ、乗ってもらうから。」
救急部長はすれ違いざまにわたしに伝えた。わたしには妻と乳飲み子がいる、乗り物酔いする、高いところが苦手、など話したのだが、
「うん、大丈夫。先生、何でもできるでしょ?」
救急部長の言葉は答えになっていない。

こうして全国で10機目となる「信州ドクターヘリ」の運用開始となった。しかし、鳴り物入りで始まったものの全然出動要請が来ない。前例がないので救急隊は要請を逡巡していた。早朝から意気揚々と出番を待っていたドクターが日没とともに消沈し運行終了を迎える日々が8日も続いた。

9日目。小雨降る梅雨冷えの日がドクター陣最後、わたしの出番であった。午後になっても要請は来ず、当直室で昼寝をしていたまさにその時であった。
「ドクターヘリ、エンジンスタート!」
PHSがけたたましく鳴った。
「オ、オレかよ・・・。」
ヘリポートへ向かうとヘリはプロペラを回し、病棟の患者は何事かとヘリポートを眺める。ヘリはわたしを迎え入れるとそのまま浮き上がり霧雨の空を軽井沢に向けて急行した。別荘の屋根からの転落外傷だった。ミッションを終えた途端に次の要請、再びわたしは飛んだ。救急隊は気づいたのだ。これからはヘリが医師を連れて迎えに来てくれることを。

ドクターヘリは全国に配備されドラマにもなった。信州ドクターヘリも出動4000件を超えた。しかしこれだけは変わらない。

信州ドクターヘリは、わたしから始まった。
寄席でも選挙でもヘリでもそうだ。やはり真打ちが飛ばないと始まらないのだ。

最後にドクターヘリにまつわるQ&Aを。
Q1)新垣結衣や戸田恵梨香のようなフライトドクターはいたの?うらやましい。
A1)まだ救急に女性医師がほとんどいなかった時代でドクターは全員男性だった。
Q2)比嘉愛未のようなナースはいたの?
A2)いた事に、しておきましょう。
Q3)じゃあ、山下智久は?
A3)今はヘリを降りて札幌にいるみたい。「ヘリだろうが歩いて来ようが、救う『いのち』は同じだ」って。彼のスタンスは変わらない。

投稿者:外科・乳腺外科医長 長尾 知哉