最先端24時間救急医療、外傷センター、日帰り手術の札幌徳洲会病院
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がんばろう日本:徳洲会も応援します

投稿日時:2011年3月31日 13:47 木曜日

その時私は、数時間後に迫っていた実父の通夜を家族葬にて執り行うべく、実家で最後の準備をしていた。3月11日午後2時46分、札幌でも強い揺れを感じた。早速テレビのスイッチを入れたが、緊急地震速報と津波警報が流れてきた。三陸海岸を中心とした東北地方では、8メートルにも及ぶ巨大な津波が、これから短時間で襲ってくる可能性が大きい旨の報道であった。その後札幌でも2度ほどの余震が感じられた。画面に映し出された光景は、想像を絶するものであった。幾多の町並みが,成すすべもなく瞬時に飲み込まれてゆく。さらに高台にやっとの思いで逃れる事のできた住民の呆然とした表情が映し出されていた。余りにも突然で、警報を察知できない方たちも多数居られたことであろう、病院などでは寝たきりの療養生活を余儀なくされておられる方々も少なくないであろう、学校に居る児童、生徒たちは無事避難できたであろうか、瞬時にいろいろな思いが駆け巡ってきた。翌朝僅かな時間見ることのできたニュースで、被害の甚大性を再認識した。
 
その後は亡くなられた方や行方不明の方々の人数が、日増しに多く報道されるようになった。また被災場所は十分確保できるのか、被災者の方々の食料はうまく行き渡り、健康状態は保たれるのか、病院などでの医療は少しでも本来の体制を維持できるのか、特に透析療法の如き、生命の維持に直結する医療業務の継続は可能なのか、などの不安が強くよぎって来た。 

我が徳洲会は、NPO法人TMAT(徳洲会医療救護隊)がいち早く各地より出動し、東北地方の拠点病院である、仙台徳洲会病院で現地の救援に当たり、更に被災地へと進んでいった。日々の活動は困難を極めているが、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、事務職など多方面のエキスパートによる献身的な努力が現在も続いて行なわれている。 

被災地の透析医療は、水、電気などのライフラインが壊滅的被害を受けたため、早急に非被災地域の透析施設による代替治療が迅速に要求される。日本透析医会は、被災地の透析患者さんを、東京都、千葉県などの近隣の施設に搬送するのみでは不十分であったため、航空自衛隊の輸送機で宮城県の松島基地より北海道の千歳基地まで80余名を救急搬送していただいた。これには阪神淡路大震災の教訓が生かされた。札幌徳洲会病院は最多の8名の患者さんの入院をお引き受けし、血液透析を継続することになった。当院に長旅より到着された患者さんは、流石に疲労の色を濃くしておられたが、入浴、夕食を済ませると皆様は、久しぶりに楽になりましたと、笑顔で答えられた。病棟および透析センターの看護師、臨床工学技師、栄養士、薬剤師、事務職の皆さんも、自分たちのそれぞれの専門領域で何をすべきかを十分理解して患者さんたちに接していただいた。病院スタッフと患者さんが次第に打ち溶け合って、様々な身の上話などもできるようになり、当院に外来通院している他の患者さんたちとも交流を深めることも可能となった。 

北海道に搬送された患者さんは、長時間の移送に耐えねばならなかったため、歩行、食事および排泄、コミュニケーションがある程度自立していることが必要であった。被災地には移動もままならぬ透析患者さんも、多数居られるものと思われる。何とか全ての患者さんに対して、普段と同じような治療ができる体制を作り出して欲しいものである。また遠隔地に来られた患者さんは、長期間家族と離れて暮らさざるをえない状態を余儀なくされることになる。何とか家族も患者さんの元に参集できるように、住宅などの施設を提供することができないものかと痛切に願っている。実現するためには国家、地方自治体さらに社会の協力が是非とも必要であろう。 
 
人は仲間に支えられることで、大きな困難を乗り越えることができると信じています。私たちが今できること、それはこの大会を精一杯元気を出して戦うことです。がんばろう、日本。生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います。 
これは3月23日に開催された選抜高校野球での、16年前の阪神淡路大震災の年に生まれた、岡山県創志学園の野山主将の選手宣誓の一部です。宮城県の東北高校は、甲子園に出発する直前練習の最中に被災した。その後彼らは野球の練習より今やらねば成らぬ大切なことがあると、被災地でのボランティア活動に打ち込んだ。そして出発の際には多くの被災者の熱烈なエールに送られて甲子園に乗り込むことができた。 
 
 がんばろう、日本。いかなる人も一人では生きて行けないのだから。徳洲会の全ての人も皆で頑張りましょう。 

投稿者:透析腎臓内科部長 横山 隆