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「白髪」 倉田 佳明

投稿日時:2018年1月15日 09:02 月曜日

私は学生時代から白髪がありました。いわゆる若白髪です。たいして多くもなかったので全く気にしていなかったのですが、20代後半、30代になるにつれ、徐々に白髪は増えていきました。特に横の部分の白髪が多く、目立つようになってきました。

35歳頃だったでしょうか。さすがに気になったので、試しに白髪染めをしてみました。思ったよりも自然な感じで違和感なく、自分としては気に入りました。周りは気付かなかったのか、それとも気付いていたけども気を遣っていたのか、何も言われなかったので、とぼけて染め続けました。

見た目は確かに良いのですが、髪を切る度に染めるのは結構面倒ですし、頭皮に悪い気もします。しかし一旦染めると、やめるタイミングは難しいのです。髪を切った時に染めないと、見た目変ですし(自分で変だと思っているだけなのでしょうが)。

そんな状態で数年過ごしたある時、妻の「いい加減やめたら?」で、染めるのをやめました。最初こそ違和感がありましたがすぐに慣れ、今では「ロマンスグレー(古っ)」を自負して堂々としています。

が、しかし… 今度は「子供のことを考えて、染めた方がいいんじゃない?」と妻が言い始めました。おじいちゃんみたいだと、子供が馬鹿にされるかも知れない、と。やめろと言ったり、染めろと言ったり、何だかなぁと思いますが、妻はともかく、子供に言われたら、また染めてしまうかも知れません。会った時に黒髪になっていても、髪のことには触れずに、そっとしておいて下さい。

投稿者:外傷センター長 倉田 佳明

「おひとり様」 小笠原 卓

投稿日時:2018年1月9日 09:01 火曜日

僕は一人で食事をすることが苦手である。おひとり様で外食に行こうとすると、たとえ好きな物を食べていても、何となく寂しくなってしまう。喫茶店で小一時間、時間を潰すだけで一苦労だ。コーヒーを頼みゆっくり楽しめればよいのに、周りの視線が気になるというか、「あの人“ぼっち”みたい」と言われているような気がして楽しめなくなる。ついつい時間をしきりに気にするような芝居をしたり、「あいつ遅いなぁ」なんて(待ち人もいないのに)つぶやいてしまったりする。
 しかしその一方で、一人で気ままに好きな食事やお酒を楽しみたいという強い欲求もある。集団で食事をする時は、往々にして自分の望まない店に連れられて行くことがある。こういうのは精神上よくない。年齢も40に近づいてきたことだし、そろそろ「おひとり様でも外食を楽しめるようになりたい」と、ふと思い始めた次第である。
 というわけで、まずは自分がどのレベルの「おひとり様」に耐えられるのかを客観的に把握する必要があると判断し、自分の中で“ぼっちレベル”を設定した。これは自分の個人体験に基づいた独断と偏見による評価方法であり、一般の人々が感じる「お一人様」を想定したものではないのであしからず。“ぼっちレベル”は以下のように5段階に分けられる。
 
 “ぼっちレベル1”:ラーメン屋に一人で入る事ができる。
 “ぼっちレベル2”:喫茶店やパスタなどの比較的おしゃれな店に一人で入る事ができる。
 “ぼっちレベル3”:焼き肉店、鍋物の店に一人で入る事ができる。
 “ぼっちレベル4”:飲み屋やカップルの多い店に一人で入る事ができる。
 “ぼっちレベル5”:あらゆる店に一人で入り、楽しめる。

 ラーメン屋はこの評価法のとっかかりである。週末コツコツと「1人ラーメン」の場数をこなしたため、ぼっちレベル1は既に到達済みだ。ただ悲しいのは「知らない店に入りづらい性格のため、店がなかなか増えない」ことだけだ。大丈夫、今後どんどん増えて行くだろう。多分。喫茶店は、現在かなりソワソワするものの、大丈夫、これも入れる。クリアだ。焼き肉は…昔、肉に飢えていた20代は食欲に負けて一人でも入れたが、今はダメだ。「1人焼き肉」は今の自分には厳然たる壁であり、他人の目を気にせずにはいられない。しばらく「1人焼き肉」はしていない。
 …とすると、現在の自分はレベル2止まりか。せめて3は欲しいところ。
 レベル4、5は実は現在の自分の理想を記載したものである。カップルの目も気にせず、自分の好きなお酒を時には飲みたいという願望である。レベル5は今の自分にとっては、神レベルである。レベル4との違いは、「一人で楽しめる」という事。レベル5に到達している人は自分の人生を十分に満喫し、自分の内面の自由を豊かに発揮できる人だと思う。どうすればなれますかねぇ?

 自分の中で“他人と過ごしたい欲求”と“自分の好きなように過ごしたい欲求”の間で相剋する心理状態があることを見つけたため、日常の場面に照らし合わせて、少しだけ記述してみた。

投稿者:小児科医師 小笠原 卓

「言葉探し」 杉浦 千尋

投稿日時:2017年12月25日 09:25 月曜日

1998年に公開されたスピルバーグ監督の「プライベート・ライアン(邦題)」という映画がある。1944年のノルマンディー上陸作戦に端を発する物語である。ある事情によりミラー大尉にライアン一等兵の救出命令が出された。一兵卒の救出に命を賭す意義に疑問を感じつつも、多くの犠牲を払いライアンのもとに辿り着いたミラー分隊。だが、ライアンは他の仲間を置いて自分だけ去るわけにはいかないと後方への移動を拒否する。仕方なくライアンとともに前線に残ることになった分隊だが、そこにドイツ軍の戦車が…

“Earn this.”

これがミラー大尉の最後の言葉そしてライアンに対する命令だった。
その時ライアン一等兵は応える言葉を持っていなかった。

それから何十年かたち、家族、孫たちに囲まれて、初めてミラー大尉の墓前にやって来たライアンが口にした言葉が

“I only hope, in your eyes at least, I earned what you did for me.” 

だった。

この3時間近い映画も、この”Earn”という一語に集約されるのではないか。
でも、しっくりとくる日本語が見当たらない。

“Earn”といえば、私の中では、受験英語風に「(働いて)金を稼ぐ、儲ける、生計を立てる」とか「(名声、評価を)得る」というような、金銭や名声絡みの何か少し生々しいニュアンスを持っていたからである。
ストーリーの流れからの意味としては理解できていても、自分にとっては何か場違いな感じのする言葉として、どうしても違和感を拭いきれなかった。

それでは訳本ではどうなっているか?と確認してみたところ、“Earn this”は「それに見合う、ひとかどの男になれ」という訳になっていた。だが、これではどうもしっくりこない。最後の言葉にしては冗長過ぎる感が拭えない。
そして“I only hope …”に関しても、「それだけのことに見合う、ひとかどの男だったろうか?」と訳されており、これまたどうもしっくりこない。
Earnしろと命令され、その使命に応えたか?という文脈での意味としては成立するのだが、最後の力をふりしぼって発する簡潔さが無いのだ。

自分であれば、“I only hope … ”に関しては「あなた(方)の恩に報いることができただろうか…」とでも訳して落ち着けるかなとも思うが、”Earn this”の2語にふさわしい、しっくりした日本語がなかなか見つからない。
「無駄にするな」では少し弱い。自分が望まなかったとしても、それを受け入れざるを得なかった多くの仲間たちの運命を背負って生きろという積極性に欠ける。

救出の原因となったライアンの兄弟の犠牲、ミラー大尉達の犠牲、さらに、その時の状況を形成したすべての犠牲からEarnしろという、ライアンだけではなく、すべての生き延びた者たちへの重層的なメッセージとして解釈できなくもない。

あと1つで完成するジグソーパズルの、最後の1ピースが見つからない様なもどかしさ。
自分だったらそんな状況で、どんな言葉を選ぶのだろうか? と自問しつつ、まだ言葉探しは当分続きそうだ。

投稿者:歯科口腔外科部長 杉浦 千尋

「コード・ブルー」長尾 知哉

投稿日時:2017年12月18日 09:53 月曜日

「寄席でも選挙でも、真打ちは最後に上がるもんだ。」
 参議院議員選挙で最下位当選した立川談志の名言である。

長野県は全体が「山」であり、人々は「平」と呼ばれる盆地と山あいの集落で暮らしている。救急車は山あいを縫うように走り平に下りるか、山越えを強いられるかであった。救命救急にとっては「時は金」ではなく「いのち」である。かくしてドクターヘリが配備されることとなった。

「先生、ヘリ、乗ってもらうから。」
救急部長はすれ違いざまにわたしに伝えた。わたしには妻と乳飲み子がいる、乗り物酔いする、高いところが苦手、など話したのだが、
「うん、大丈夫。先生、何でもできるでしょ?」
救急部長の言葉は答えになっていない。

こうして全国で10機目となる「信州ドクターヘリ」の運用開始となった。しかし、鳴り物入りで始まったものの全然出動要請が来ない。前例がないので救急隊は要請を逡巡していた。早朝から意気揚々と出番を待っていたドクターが日没とともに消沈し運行終了を迎える日々が8日も続いた。

9日目。小雨降る梅雨冷えの日がドクター陣最後、わたしの出番であった。午後になっても要請は来ず、当直室で昼寝をしていたまさにその時であった。
「ドクターヘリ、エンジンスタート!」
PHSがけたたましく鳴った。
「オ、オレかよ・・・。」
ヘリポートへ向かうとヘリはプロペラを回し、病棟の患者は何事かとヘリポートを眺める。ヘリはわたしを迎え入れるとそのまま浮き上がり霧雨の空を軽井沢に向けて急行した。別荘の屋根からの転落外傷だった。ミッションを終えた途端に次の要請、再びわたしは飛んだ。救急隊は気づいたのだ。これからはヘリが医師を連れて迎えに来てくれることを。

ドクターヘリは全国に配備されドラマにもなった。信州ドクターヘリも出動4000件を超えた。しかしこれだけは変わらない。

信州ドクターヘリは、わたしから始まった。
寄席でも選挙でもヘリでもそうだ。やはり真打ちが飛ばないと始まらないのだ。

最後にドクターヘリにまつわるQ&Aを。
Q1)新垣結衣や戸田恵梨香のようなフライトドクターはいたの?うらやましい。
A1)まだ救急に女性医師がほとんどいなかった時代でドクターは全員男性だった。
Q2)比嘉愛未のようなナースはいたの?
A2)いた事に、しておきましょう。
Q3)じゃあ、山下智久は?
A3)今はヘリを降りて札幌にいるみたい。「ヘリだろうが歩いて来ようが、救う『いのち』は同じだ」って。彼のスタンスは変わらない。

投稿者:外科・乳腺外科医長 長尾 知哉

「ある一冊の随筆集」 辻 英樹

投稿日時:2017年9月25日 11:05 月曜日

今,手元にA5版の薄い随筆集がある.Yさんから数年前に「お礼に」ということで頂いたものだ.自宅の本棚に置いてあったのだが,先日部屋の掃除をしたときに見つけてふと読み返してみた.

Yさんはご主人,ご友人と長年登山を楽しんでいる,実に美しい心を持った60台の女性である.登山中に誤って転倒し,手首を骨折してしまった.麓の病院で応急処置を受け,当科に紹介となり私が手術治療をさせて頂いた.そして今回の療養のことを以前から自らが所属していた同人誌にしたため,主治医であった私にこの小冊子をどうぞ,とくれたのである.

Yさんはとても前向きな方である.骨折そのものの痛み,これから手術を受けるという不安,楽しみにしていた北アルプス登山をとりやめなくてはならなくなった口惜しさ,そして登山仲間のご主人,ご友人に対する申し訳なさ,そんな様々な負の感情があったに違いない.しかし治療期間中を通じて,後悔とか,後ろ向きな発言をYさんの口から私は一度も聞くことはなかった.また登山をするという前向きな目標,日に日に患部が回復していくことの喜び,そして我々医療者に対する感謝の気持ちを常に口にしておられた.外来診察の際には,逆にこちらの方がいつも清々しい気持ちにさせてもらった事を今も鮮明に思い出す.あたかも自然と触れ合い対峙するかのようにありのままを受け入れ,そして前向きな気持ちを持って行動するという事が,どれ程周りの人達に良い影響を与えるのか,という事を私も深く感じたのである.
人間は往々にして我儘で自己愛に満ちた生き物である.自分が犯してしまった不慮の過ちも,つい自分は悪くない,他人のせいにしたい,時には投げやりになるという感情をしばしば持ってしまうものだ.理屈ではわかっていても,そんなやり場のない憤りというものはあって然るべきだと思うし,そんな感情を受け入れて治療に前向きになってもらうのも医師の仕事であるとは思っている.しかしこのYさんに限ってはそんな必要は全く無く,むしろ会うたびにこちらの方が「ありがとうございます」と言いたくなるような,そんな方であった.

今一度この随筆を読み返してみた.最初読んだときは気づかなかったのであるが,綴られている内容の多くは応急処置してくれた医師や看護師の事,そして連日通院して治療してくれたリハビリスタッフとのやりとりである.主治医である私が登場するのは最後の一文だけなのである.つまり患者さんにとっては「ケガをして一番辛い時に最初に診てくれた方」「治療中より多く顔を合わせている方」が如何に大事であって,むしろそれらはたまにしか会わない主治医以上に大きな存在なのかもしれない.いや,きっとそうなのであろう.

投稿者:副院長 辻 英樹