最先端24時間救急医療、外傷センター、日帰り手術の札幌徳洲会病院
札幌徳洲会病院 北海道 札幌 -最先端救急医療・新たな気持ちでここから心から

前の月へ 2018年 07月 次の記事へ
SunMonTueWedThuFriSat
1
2 3 4 5 6
7
8
9 10 11 12 13
14
15
16
17 18 19 20
21
22
23 24 25 26 27
28
29
30 31

カテゴリー

「ランドールのことなど」 関山 伸男

投稿日時:2018年7月30日 16:46 月曜日

 ひさしぶりにリサ・ランドールの“ワープする宇宙”を読み返してみた。10年ほど前に初めて読んだ著作であるが、今読んでも新鮮である。それは理論物理学の歴史や方法論は普遍的な内容であるからと思われる。以前は純粋に理論物理学の体系を知るのに最適な書物として読んだが、今回読むにあたっては看護のバイブルとも云える科学的看護論(薄井坦子著)がなぜ難しいものとしてイメージされているのかを知りたい等の思いもあった。このランドールの著作は、数式等は使わずに話が進められており、多くの分野の人に理論物理学への興味を満足させるように意図している優れものである。もちろんこれを読んで理論物理学を改めて勉強しようというような大それた考えはないが、自然現象への取り組みと思考方法は多くの平易なたとえ話とともに実に思考の糧となる。

 ランドールは、自然現象を学問として捉えようとすると大きな山に例えられると説き、山を征服するルートを模索するには二つの方法が考えられるとしている。ひとつは麓から段階を追って登っていく方法で、ニュートン力学や相対性理論、量子力学、更には標準理論と呼ばれるモデルを使っての研究であり、もう一つは頂上を想定してそこから下に降りていく研究の仕方である。後者には“ひも”理論(超ひも理論)などである。現在、ようやく麓から登っていく実証的な理論と頂上から降りてくる霧の中の理論が余剰次元やブレーンワールドといった理論を仲介につながろうとしている。このような山の例えは科学的看護論でも理論の本筋として取り上げられており、この場合は山の頂上は極められており、看護の本質として“看護とは生命力の消耗を最小にするよう生活過程をととのえることである”と掲げられている。そのすそ野から麓はナイチンゲールの看護覚え書をはじめとした著作週によってうめられている。この山登りのルートは薄井による科学的看護論によって懇切丁寧に仕上げられている。

 ランドールによれば、自然現象を観察してモデル化するには記述の手段が定式化されていなければならないとされ、理論は次元によって記述されなければならないとしている。すなわちわれわれの現実の世界は3次元空間と時間の次元を加え4次元時空で記述されている。しかし、理論物理学では山の頂上のひも理論に至るにはこの世の中を4次元では表現できなくて、10次元ある11次元の方向から見なければならず、巻き込まれた余剰次元やブレーンワールドなどの発想を取り入れて解決しようとしている。すなわち次元の考え方は、時空を離れて、ものの特性を表現する手段としても考えられる。薄井は人間の特性を捉えるためには四つの方向から見る事が必要としているが、まさしく4次元的見方と思われる。

 ランドールはまた、山を登ることはこの世の中を微細に見ていくことに通じており、新しい理論が構築されることは、その前の理論をさらに微細な世界に広げることであると言っているが、その新しい理論はそれまでの理論とは似ても似つかない中身を呈しているとしても、理論はしっかりとつながっていることのたとえとして、人間の体の構造を例に挙げており、人間は一皮剥くとその中味はまず表面の見た目とは大きく異なっていて、いくつかの器官が並んでおり、さらには臓器が器官を構成していて、もっと微細に見ると臓器は細胞からなっており、その細部をみると染色体や遺伝子に行き着くもので、いずれも各段階は前段階と見た目は大きく異なっているが、きちんと無駄なくつながっているとたとえている。

 このような考え方はとても有用で、ひとの対象特性を捉える際のからだの構造の見方といったところで多くの示唆を受けるものである。病気が起こす症状などの現象は、身体の表面を見ていてもわからないが、それを知るためには、その下の器官の状態、その器官を構成している臓器の状態、等といった段階を丁寧に追っての検討が必要であるということであろう。さらに言えば、病気を持ったひとを捉える際に臓器レベルのみを考えて検討することは、理論物理学の世界を捉えるのにニュートン力学を無視していきなり相対性理論から始めるようなものであって、説明がとても難しくなることの例えであろう。

 ランドールの解説では山の麓から登っていきつつあるニュートン力学、相対性理論、量子力学、標準理論、大統一理論、等を経て、この世を構成する粒子の超対称性と、山の頂上から下ってくる超ひも理論をつなぐ世界は、二次元膜上に展開するブレンワールドモデルによって説明している。ブレーンワールドでは重力子以外の粒子はこの膜に付着しており、この膜の表面から離れることはできないと考えられ、世の中には異なる理論体系をもつかもしれないこのようなブレーンワールドが無数に存在しており、ブレーン間ではたとえそれが重なっていても隣のブレーンを感じることも覗くこともできないとされ、唯一その間を自由に動くことのできる重力子のみがこのような世界の情報交換を担っているのかもしれないとしている。さすがにランドールもこのような考え方についての現実のわれわれの世界におけるたとえ話はされていなかったが、科学的看護論では薄井はすぐ隣のひとであっても他人の認識には見ることも入り込むこともできないととらえており、ブレーンワールドのたとえと同じような存在と考えられかと思う。しかし看護には患者の認識を知ることがきわめて大事であると説いて、それを知る対応法としては患者の認識を外から推論するのではなくて、看護師の頭の中に患者の認識を再現するといった考え方で解決を図るように説いている。

 理論物理学の世界では、新しい理論が提出されると、そこには表面からは伺い知れない人体の中を見るように、それまでとは似ても似つかない世界が展開されるとランドールは言っている。新しい理論を知ってそれを理解するには新たな言語を学ぶと同じような努力が必要ということであろうか。科学的看護論も看護学における新しい言語と受け止めて、事例検討などの実践を繰り返して学ぶことが習得への早道であり、そのような中では真に必要なものは難しくはないであろう。


投稿者:内科診療科部長 関山 伸男

「めまい」 室田 千晶

投稿日時:2018年7月23日 09:08 月曜日

めまい。
時々患者様からの訴えのある症状の一つだ。
そういったときは脳の検査をさせて頂き、特に異常がなければ、「お薬を出しておきますので、これを飲んで、お家で安静にしていてください。続くようなら脳神経外科、神経内科、耳鼻科などを受診してみてください。」とこれまで何度も言ってきた。

ゴールデンウィーク中のある日、朝5時くらいに目を覚ました。トイレに行くため起き上がろうとするが立てない。もう一度立とうとすると、布団の上で転んでしまった。周りがぐるぐる回っているような感覚、なんか気持ちも悪い。
「めまい?」
とりあえず這ってトイレに行き、布団に戻り安静にした。

2時間程安静にしていると、少し落ち着いた。
この日は回診当番だったので、準備をして病院へ行った。
カルテの確認をするためパソコンの画面を見ていたら、まためまいに襲われた。
異変に気づいたもう一人の回診当番の外科医に点滴をしてもらったが一向に良くならない。動けない、動きたくない。結局入院を勧められ、回診当番は回診される患者になってしまった。
一晩入院して動けるようになったので、翌日病室からそのまま出勤した。
幸いなことにそれ以降、めまいは起きていない。

今回の一件でめまいがとてもつらいことがわかった。めまいの患者様には、これまで以上に優しく接することができると思う。
でも、緊急を要するめまいでない限り、「お家で安静にしていてください」と、これからも言い続ける。
1泊2日の入院費は、びっくりしてめまいを起こしそうになるから。

無理をしてでも家に帰ればよかった・・・。
いざというときのために保険にも入らなきゃ・・・。


投稿者:外科医長 室田 千晶

「祭りのあと」 松井 裕帝

投稿日時:2018年7月17日 10:03 火曜日

 西日本豪雨による甚大な被害が連日報道されていますが、大雨の当時仕事で現地に滞在しており、深く大きな悲しみを感じています。また、死刑という制度に対する賛否両論はありますが、オウム事件関係者の死刑執行、全員救出というフィナーレを迎えましたがしっかりと検証が必要であると感じたタイの洞窟閉じ込め事件、色々考えさせられる出来事が続いております。

 こんな時に、元気や感動を与えてくれるのが、スポーツですね。ロシアW杯の日本の快進撃、錦織圭選手の全英オープンでの快進撃、連日寝不足になりながらも、テレビから離れられない方々も多かったことでしょう。勿論、私もその一人であります。ソチオリンピックでの日本選手団の活躍に連日、大いに感動していたのが遠い昔のようです。

 そして、そんな一大イベントが終わってしまって、これからどうしたら良いのかとお悩みの方々、これからはJリーグです!ご存知とは思いますが、イニエスタ(スペインの至宝、メッシも所属するバルセロナの大スター)、トーレス(イニエスタと共に2010年W杯優勝メンバーであり、バルセロナのライバルチームのアイドル)がJリーグに参戦してくれます。彼らは、西日本豪雨の報道を聞いた際に、 “被災された方々へのメッセージ”を送って、すでに心は日本にあるようです。一流アスリートは心も整っていますね。

 9月には札幌ドームで両チームと、我らがコンサドーレ札幌との試合が予定されています。日本代表の活躍により、Jリーグも盛り上がること間違いなしです。みなさん、是非スポーツの感動を現地で観戦してみてはいかがでしょうか?また、ロシアW杯中に現地で試合観戦した日本人の、自分達が出したゴミを自主回収している姿が海外メディアから絶賛されたことも我々日本人の評価をあげています。いつも観戦後にはやっていることではありますが、使用前よりも綺麗にする気持ちでスタジアムを使用しましょう。


投稿者:外傷センター部長 松井 裕帝

「スペイン」 佐藤 和生

投稿日時:2018年7月9日 09:30 月曜日

5月に学会でスペインに行き
バルセロナでサグラダ・ファミリアを見てきました

これを設計したガウディさんは
電車事故で亡くなってしまったそうです

サグラダ・ファミリアはまだ完成していませんが工事は順調に進んでおり
2026年に完成する予定でまだまだでかくなるようです

なかなか行く機会もありませんが
完成したらまた来てみたいと思いました



投稿者:外傷センター医長 佐藤 和生

「カメラ」 東 直樹

投稿日時:2018年6月25日 09:40 月曜日

私は消化器内科医師である。
消化器内科医である以上、カメラすなわち内視鏡検査を日常診療の一環として施行している。原則、内視鏡検査を速やかに行うことが肝要とされている。とはいうものの最初からスムーズに施行できたわけでない。

 昭和63年3月に札幌医科大学医学部を卒業して、医師国家試験に受かった後、札幌医科大学第一内科(現在の消化器内科講座)に入局した。初年度は先輩の管理下で上部内視鏡検査(いわゆる胃カメラ、この後便宜上胃カメラとします。)を10数件施行する(こなす)ことが通例とされていた。
しかし、私の場合に当時の上司(いわゆる上級医)K藤先生が胃カメラをすべて施行するので、私の分が回ってこない。また、今では当たり前に胃カメラは電子スコープであるが、当時は大学病院しか電子スコープがなかった。他の病院はまだグラスファイバーからなるファイバースコープであった。ファイバースコープは術者しか見えないのである。電子スコープであれば、現在の様にテレビなどのモニター画面に映るため、大勢の皆でモニターをみて、議論したり、若年者の医師の指導についてもモニターを示しながらできる。当時は術者自身が最新式の電子スコープを使えたいので奪いあい状態であった。研修医の指導どころではなかった。

平成元年6月にM市立病院内科に移動した。いわゆる研修である。当時、一期先輩のS谷先生が
「今度来る研修医は大学で30件以上胃カメラをしてきた強者だ。」
と嫌味な噂を流していた。実際には私自身、胃カメラは3件しかしていなかった。
当時のM市立病院の上級医のF先生(前回、「泥棒」のエッセイで登場)は
「30件でなく、3件?」
「はい。」
「え???」
「なんだ、初めから指導するのか・・」とトーンが下がる。
その当時、私の担当の胃カメラの施行日は月曜日と水曜日の2回であった。月曜日はF先生と、水曜日はK副院長であった。
最初の月曜日の朝、内視鏡室で胃カメラの開始である。当然、電子スコープでなく、ファイバースコープである。ファイバースコープは術者一人しか観察できない。他者に見せるならレクチャースコープを装着するが、術者には観察視野の光量が減り見えにくくなる。
突然、ストップウオッチが渡された。
「何ですか?」
「5分だ。5分経って、カメラが入らなかったら交代!」
無茶苦茶である。これが指導か?。当時は、なかなかカメラを飲ますことができなく、よく交代したものです。水曜の胃カメラが終わったら、疲れ果てて一週間が終わった気がしました。胃カメラ施行医のストレスである。
その2週間後、心窩部痛で来院した70歳の胃潰瘍の患者さんが入院して私の担当になった。当時は現在の様に、ヘリコバクターピロリ菌の除菌も強力な酸分泌抑制剤もなく、2週に一度、改善を確認するために胃カメラをしては、粘膜保護剤を調整したものです。半年後、この患者さんが胃カメラのあとで
「先生、胃カメラ上手になってきたね。はじめは下手でひどかったね。」
と笑って言われたときは本当に頭が下がる思いでした。その頃から、胃カメラの観察&技術も向上し、胃カメラをするストレスも消退してきた。

そんなある日、89歳の女性の平坦型の早期胃がん(Ⅱb)の症例に遭遇した。一緒にF先生と観察して、確認しました。翌日副院長回診の後に、K副院長が
「お前がⅡbを見つけたって(10年早いぞ)?怪しいから、俺がチエックする。」となんとF先生と観察した2日後にいっしょに観察しなければならなくなった。いざ、胃カメラ施行中に胃カメラを覗きながら
「これがⅡb?(本当か?かなり怪しい)。一応生検しておくか?」後日生検結果が癌であり
「これが癌か。Ⅱbか。東はカメラがしつこいからな?」と胃カメラがしつこいK副院長に言われてしまった。K副院長は別名「覗きのK」の異名を持つ。一度、大腸内視鏡検査で50個以上のポリープを12時間かけてしつこくポリペクトミーをしたそうだ。その間ファイバースコープを覗くように見るためにそのような異名がついたそうだ。

という感じで、研鑽(?)を積みかさねて、現在まで約2万件以上の胃カメラをするに至った。今となれば楽しい(?)思い出です。



投稿者:消化器内科部長 東 直樹