最先端24時間救急医療、外傷センター、日帰り手術の札幌徳洲会病院
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投稿日時:2009年6月16日 16:15 火曜日

現在のような研修医制度がなく、同期の大多数が大学医局に所属していく中、耳鼻咽喉科を志望していた私は母校の医局に入局しました。医者の象徴的な小道具の1つ?である額帯鏡を駆使、専門医でしか所見をとれない場所を扱う特殊性、内科的な治療から一般的な外科的治療まで、さらには顕微鏡を使う細かいものから、骨を削るような手術まで行う多様性、1人の患者に最初から最後まで関わることが多いこと、などに惹かれていたからです。同世代の先生と同様、ほぼ毎日遅くまで、雑用を含めた診療業務に追われる日々でした。そんな日々の中、先輩から診療や手術のコツを教わり成長していくのが当たり前の世界でしたし、実際に額帯鏡を用いて見たいところに光を入れ、そこから所見をとるのは大変なことでしたので、不満はほとんどなく、早く世の役に立ちたいという思いの方が強かった記憶があります。最近は、学生や研修医の先生に、過保護とも思えるくらいに手厚い教育プログラム、教育スキルが用意され、随分時代が変わったなぁと違和感を憶えることも多々あります。研修環境が整うのは悪いことではないと思いますが、時代、環境、分野を超越して大切なものは、やはり本人のモチベーションと自主性、努力に尽きると思います。現在の研修医制度の是非はともかく、札幌徳洲会病院研修医の先生は、モチベーションが高く、優秀で素晴らしいと感じています。多くの症例をある程度責任感を持って経験する中で、力がついていくのでしょう。多忙な臨床の中、なかなか難しいかと思いますが、自分の経験した貴重な症例を何らかの形で残し、評価を仰ぐ癖をつけるといいかもしれません。何事も最初が肝心ですので…。最後に、もし万が一、耳鼻咽喉科に密かなる興味を持っている方がいましたら相談にのります。

投稿者:耳鼻咽喉科部長 安部 裕介

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投稿日時:2009年6月10日 16:13 水曜日

私が研修医の頃に、鏡視下手術が一般病院でも行われるようになってきた。 当時は、まだ鏡視下手術に対するいわゆる教科書はあまりなく、情報や文献 集めに苦労した覚えがある。 また当時のスタッフは、厳しく教科書や文献を読んだ知識をもっていないと 質問にも答えてくれない。「教科書に載っているから・・・」が答えであり 自分で探すしかない。 情報の少ない鏡視下手術の事についてでさえこうなのだから、一般的手術や 術後管理等については、当然のこどく答えてもらえなかった。 しかしながら、この繰り返しにより除々にではあるが、スタッフのカンファ レンスの内容が理解でき、参加できるようになったので、とてもよい経験で あったと思っている。
では、現在自分がスタッフの立場でどうかというと、どうも簡単に質問に答 えすぎている(私の思う答えであり、医学的答えではないが・・・)のでは と思ってしまう。 教えることも大切だが、独自で考えてもらうことも必要な事だと、この文章 を書きながら反省した次第である。

投稿者:整形外科医長 大西 勉

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投稿日時:2009年5月26日 16:11 火曜日

平成2年に旭川医大を卒業した私は、出身大学の皮膚科医局に入局し ました。同期(12期)の入局者は他に3名いて、何れも道外 出身者ですが、皆道内各地で診療に従事し地域医療に貢献しています。 当時の医局の長である飯塚教授は、そろそろ還暦を迎える年頃ですが、 今もお元気で医局員を率い、研究と教育に励んでおられます。教授は北 大出身ですが、卒後9年で旭川医大皮膚科の講師の任に着き、その4年 後には教授になったという、大変優秀な研究者であり教育者、そしてあ とからつくづく思い知らされた事ですが、大変な人格者でした。私の一 番の恩師であり、今もこの地で勤務医を続けていられるのも教授や教室 の庇護があってこそです。

皮膚科学教室の研修プログラムは当時も今もそう大きく変わっていな い事から、非常に良く考えられたものだったと思います。最も特徴的だ と思うのは1年目から皮膚の病理と臨床をできる限りセットで教え込ま れる事です。皮膚の病理組織像と臨床像はほぼ1対1といっていい相関 関係にあり、病理を学ぶ事は臨床診断能力の向上に大いに役立ちます。 新入医局員には教授から皮膚病理組織学の名著、Walter Frederick Lever の Histopathology of the skin が入局祝いとしてプレゼ ントされます。当時第7版が出たばかりのその教科書は全940 ページと大変なボリュームでしたが、新入局者はそれを1年かけて通読 する事になります。毎週開かれる病理組織カンファレンスがその教科書 の各章20~40ページ分から出題されるからです。

病理組織カンファレンスは近着スライドカンファレンス(後 述)と並び研修プログラムの根幹を成すもので、医局員全員が参 加します。出題されるのは10枚弱の病理組織標本(プレパ ラート)で、診断など一切の臨床情報は(出題者を除 き)全ての医局員(教授や講師陣を含む)には伏せら
れています。教室員たちは各自それらの病理組織診断をつけるべく所見 をとるわけですが、特に1年目の研修医にとってはそれは大変難しい事 です。教育目的なので疾患ごとにその特徴を良く備えたなるべく典型的 な標本が選ばれているとはいえ、まだそれほど多くの標本を見慣れてい ない者の目には、そこに何が見えているのかさえ分からない事も多く、 ましてやどこが異常なのか正常なのかが分かりません。標本ごとに染色 の度合いや、切片の厚さなど条件も異なり、横並びにして比較する事も できません。唯一頼りにできるのは、先輩医師の助言ではなく、教授に プレゼントされた前述の教科書ですが、英文のため先ずその読解に多く の労力が割かれます。それに要する時間は外来と病棟での研修を併せた 時間に匹敵し、遊ぶ時間は殆どなくなり、自宅には睡眠と着替えのため だけに帰るだけになります。で、その成果を毎週全医局員の前で発表す るわけですが、物足りないと教授から質問攻めにされたり、そうやって 1年かけて皮膚病理組織学を一通り学ぶわけです。

近着スライドカンファレンスは、大学のみならず関連病院のベッドサ イドにて撮影された病変部の写真を持ち寄りスライドにしたものを映写 して討論し、個々人の経験を皆で共有しようとするものです。ここでも 1年目の研修医から順に所見を述べ臨床診断を挙げていくのですが、こ こでは研修医のみならず時には講師陣にまで教授から意見を求められる 事もあり、上級医にとっても気が抜けない、研修医にとってはさすが上 級医といったところを垣間見れ大変勉強になるカンファレンスでした。

もちろんこうしたカンファレンス以外にも外来で病棟で指導医から多 くの事を学び、半年後には名寄、士別、深川、富良野といった地域の基 幹病院への日帰り出張をこなせるレベルにまで育て上げられます。現在 は固定の常勤医のいるそれらの病院も、当時は常勤医不在のところも多 く、一人で外来をこなさなくてはなりませんが、ベテランの看護師さん に助けられ百名前後の患者を診る、というより捌くことを経験します。 さらに1年後には稚内や北見、旭川厚生といった常勤の指導医のいる臨 床研修指定病院に半~1年勤務し、本当の患者との付き合い方を学んで いきます。研修は一生涯続くものではありますが、卒後6年を目処に皮 膚科専門医を取得する事をの一つの到達点としています。

もし皮膚科の研修に興味を持ってここまで読んで下さった研修医や学 生の方がいらっしゃいましたら、参考にして頂ければ幸いです。事前に お申し込みさえ頂ければ当院の皮膚科外来は殆どいつでも見学可能です し、ここでは十分にお伝え出来ない皮膚科学や皮膚科診療の面白さをお 話ししたいと思います。但し残念ながら当院では経験出来る症例が質・ 量ともに圧倒的に少ないため、皮膚科をちゃんと診れる医師を志す方の 初期研修には私の母校をお奨め致します。

投稿者:皮膚科部長 浅賀 浩孝

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投稿日時:2009年5月19日 16:10 火曜日

私は平成2年、旭川医科大学を卒業し同大学小児科医局に入局しました。地元である母校に残ることは以前から決めていました。臓器別の専門科はまだ選べないなあ……と思い、自分が女性であることや適正を考慮しつつ、「子供をみる」科を選び、その中で専門分野を決めようと思いました。1年目は大学病院で血液、循環器、神経、新生児、感染症、内分泌など各診療グループで初期研修を行った後、2年目からは地方病院の医師として北海道各地の病院を転々としながら様々な患者さんに出会い経験を積ませてもらいました。当初、携帯電話は存在せず、自宅にいてもコードの長~い有線電話をトイレや浴室の前に持参していつ呼ばれても対応できるように待機するのが日常でした。外出先でもポケットベルの電波が届かない場所では「今は◯◯にいますので、連絡はこの番号にお願いします。」といった状況でした。大先輩と2人体制勤務の時代は、先輩の当直日と1週間の夏休み以外はすべて自分がファーストコールでしたが、当時はそれが当然でしたし、誇りでもありました。今後消滅すると言う人もいる「医局」という制度も、自分の医師としての成長にとってはなくてはならないものだったと感謝しています。時が流れ、社会も医学教育もかわり、効率よくスマートにことが進むことが望まれる時代。「昔は~」と言っているようでは年寄り扱いされるだけかもしれません。若い先生方のがんばりを、期待をこめて見守っていきたいと思います。

投稿者:小児科医長 大島 美保

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投稿日時:2009年4月13日 16:09 月曜日

1989年(平成元年)に北海道大学医学部を卒業し、北大麻酔科に入局しました。Neuroscience に興味があったので、麻酔科以外では、脳神経外科や精神科も卒後の志望先に考えましたが、On とOff が比較的はっきりしている麻酔科を選択しました。
1年目は北大病院で研修をしました。当時は手術件数が今よりも少なく、また、入局者も多く、比較的平穏な日々でした。週休2日で、当直や待機はなく、週末は飲みに行ったり、遊びに行ったり楽しく研修させていただきました。
2年目は市立札幌病院で研修しました。麻酔科医5人の中で一番下だったのでいろいろやらせてもらい、また症例が豊富でとてもためになりました。麻酔科待機はしましたが、レジデントは当直があたりませんでした。当直は、ときどき老人病院のアルバイトをしたくらいでした。当時の病院はSTVの隣にあり、街の中で、外食や買い物には不自由しませんでした。他科のレジデントもたくさんいて、よく学びよく遊び、楽しい研修医時代でした。
当院に赴任したとき、現在の臨床研修制度の先駆け的なスパーローテートの研修システムおよびよく働くレジデントに感心しました。

投稿者:麻酔科部長 奥山 淳