最先端24時間救急医療、外傷センター、日帰り手術の札幌徳洲会病院
札幌徳洲会病院 北海道 札幌 -最先端救急医療・新たな気持ちでここから心から

当院初期研修終了生からの手紙

投稿日時:2010年4月7日 16:27 水曜日

今年は福井で小児科医として働きます。
地域医療を担う能力を得るには専門医の近くで学んだ方がいいですしね。
同じ目線で話すなんて目標はありませんが。
地域の中小規模病院で救急をやるには何が必要なのかを考えていきます。

結局のところは「協調性」ですね、全職員の。そして長くかかることもわかりました。
切羽詰ったところですぐに感情的になる指導医はよくない。余裕が無いのがわかってしまいますし、不満も周囲の雰囲気を悪くします。

どうですか、そちらは。

理念は大事ですが、それをかざさないで周囲を惹きつけることができるようになると、よく回るのが面白いところ。人間力?

救急は浅く広く。専門性を持つのはときに危険なことがあることを、専門医には一生わかってもらえないのがつらいところ。

そちらで働いていた先生に以前、「どんなに救急を頑張っても自己満足でだれも評価なんかしてくれない、そのために専門医になり学問を追求して学会発表するんだ、そうして周りから認めてもらえる」と言われたことはショックでした。10年くらいそちらでもみてきたひとに、地域医療の大切さって?あまり周囲に認められたい感情のない自分には目から鱗の瞬間でしたが、たしかに一理あり?
冷静に受け止めつつも、どちらが自分の中で大事か考えていきたいと思います。
答えはわかっていますが。

ずっと救急をやっていると、あきて疲れてくるので、すこし気分転換も必要なこの頃。
自分の生活との両立を。

新しいロールモデルから学ぶことは多くあります。
地域の病院にも立派な人はたくさんいます。

自分の子供をみながら学ぶことが出来るのは幸せです。
疲れて帰ってもがんばれます。
以前、岡山で指導医によくいわれました。
頑張った瞬間を大事にしていきたいと思います。

福井は都会と違い、娯楽はほとんどというほどありませんが、学ぶにはいい環境です。
頑張りすぎないのも大事かと。

お体に気をつけて。



kei

心得

投稿日時:2009年11月10日 16:20 火曜日

 医学部を卒業して四半世紀が過ぎました.年月とともに経験や知識が増えていくのは当然ですが,その反面急速に身体が衰えていき,結局,全体としては良くも悪くもないと言う,まるで エネルギー保存の法則のような現実に多少悲しくなります.
医業は系統だった知識や技術が必要ですが,その修得には多くの場合,伝統芸能の踏襲のような側面があります.昨今の充実した研修医制度や先輩からの指導も大切ではありますが,結局は先達の振る舞いを目の前でみて身体で覚え,自分からそのコツを気づき覚えていくという要素が大半を占めるはずです.教えられた知識は所詮対岸の火事で,自分でその本質に気づいてはじめて自分自身のものになっていきます.
今も昔も医者の数が少なく,また本来の医業以外の雑務の多さから,きちんと系統だって先輩から指導を受けたことはほとんどありません.しかしながら前述の理由でそれが必ずしも悪いことでもなければ,改善すべきだとも思いません.
最初の数年で,今でも自分のやり方として先輩から盗むまたは受け継いだことは2つあります.
1つ目は,人間としての心得で,患者さんに頭を下げることです.新しく赴任した親分(主任教授)は医局員にはきびしかったのですが,患者さんにはよく礼をしていました.回診では,「来週手術をさせいてもらいます」と言っては頭を下げ,「退院します」といわれて,「それはよかったでんな」と言って頭を下げます.これは実はなかなかできないことで,実際それまで,このように何かある度にきちんと頭をさげている医者をみたことがありませんでした.
2つ目は,臨床の心得です.「臨床医学は患者さんをできる限りよく観察してはじめて色々なことがわかってくる」という基本的なことで,「患者さんが教えてくれるんだよ」と口癖のように毎日聴かされました.実際その通りで,観察しなければいくら教科書からの知識があっても何の役にも立ちません.ですから,昨今のはやりのキーボードを使った電子カルテには全く共感できません.壊れたビデオの修理の際に,「ぴっ」と型番をスキャンして,「あっ,この部品はまだありますので,明日届いて,あさってには交換できます」というのは好きです.

投稿者:脳神経外科部長  黒川 泰任

NO TITLE

投稿日時:2009年9月28日 16:19 月曜日

私は卒業後、出身大学である旭川医科大学の放射線科に入局しました。出血や腫瘍に対して止血や治療を局所的に行うことができるIVR(Interventional Radiology)に興味があったことが、放射線科入局を決めた主な理由でした。
旭川医大の放射線科は、CT・MRIの画像診断およびIVRを行う診断部門、核医学部門、放射線治療部門の3部門に分かれており、1年目はそれぞれの部門で研修をしました。2年目は、IVRの適応となる症例が多い救急部での研修を希望し、関東の私立大学附属病院の麻酔科、救急部、分院の放射線科(IVRの症例が多かった)で研修をさせていただきました。
他科・他施設ということもあり、2年目の救急部、放射線科での研修が特に印象的でした。救急部にはいろいろな科のスタッフが集まっており、画像診断とIVRを主に行う放射線科医の役割・立場を客観的にみることができました。画像診断を通していろいろな科の診療に広く関わり、かつIVRで治療にも関わっていた姿が、自分には非常に魅力的に映り、その後の修練のモチベーションとなっています。
働き始めてもうすぐ10年。もう少し貢献度をあげるべくがんばらないと。

投稿者:放射線科 佐久間 明洋

NO TITLE

投稿日時:2009年7月14日 16:18 火曜日

14年程前の話。東京の私立医大6年だった私は、東京に残るか、札幌に戻るかで悩んでました。父は札幌で内科医院を開業しており、医院を継いでくれるものと思っていたようです。当時の私も深く考えず、この先内科医になり、いずれ父の後を継ぐのであろうと、漠然と思っていました。
現在、私は、内科医ではなく麻酔科医をしています。何故、内科を選ばなかったのか?
卒後札幌徳洲会病院に就職し、研修医生活が始まりました。外科、整形外科、内科、小児科、産婦人科を研修し、当直ではあらゆるcommon diseaseの症例を診ました。いろんな患者さんのキャラクターを経験しすぎたせいでしょうか、これら当直時の経験が、内科へ嫌気を生んでしまい、内科を専攻するのをやめました(父よ、御免)。
では、研修医を終えたとき、どの科を選ぼうか。東京の医大卒の私は北大や札医大の医局に入ることに消極的で、この徳洲会病院で医師を続けることを考えました。いちばん自分に向いていると思われ、好きだったのが外科でした。後期研修で外科を選択した後に、麻酔科が開設され、後期外科研修の途中で麻酔科研修を2ヶ月しました。一言でいうと非常に楽しかったです。何を楽しいと思ったのか。自分の行った行為がすぐ結果として現れてくる。緊急手術で呼び出されることは多々あるけれども、仕事のonとoffが明快である。手術の侵襲を患者さんに感じさせず、そして、痛みをなるべく感じさせずに手術室から退室していただく。Cureではなく、careというスタンスが自分には合っていると思いました。麻酔科研修を終えて、本来の外科研修に戻り、助手として手術に立ち会っていた時も、麻酔科の先生が何をしているか、いま、何の薬を入れたのか、気になって気になって仕方がありませんでした。その1ヵ月後、当時の外科の上司に麻酔科に転向したい旨を告げ、麻酔科医としての医師人生が始まりました。
麻酔科を専攻し、約11年が経過しました。その間、麻酔科医をやめたいと思うことも、他の科に転向したいと思うこともありませんでした。自分に向いている科を専攻することができ、ハードな研修医生活も無駄ではなかったと思っています。

投稿者:麻酔科医長 出内 なつ子

NO TITLE

投稿日時:2009年6月30日 16:16 火曜日

私が旭川医大を卒業し、旭川医大放射線科に入局したのは1995年です。放射線診断学という学問と旭川医大放射線科の医局、両方に魅力、未来を感じて、この道を選択しました。とはいえ、旭川医大放射線科は他科に比べて小さな講座で、医局員も非常に少なく、いわゆる関連病院もなく、自分自身の将来にまったく不安がなかったわけではありません。どのようにして放射線科医としてスキルアップしキャリアを積んでいくのか、どうすれば他の診療科の先生あるいは一般病院から必要とされる放射線科医になれるのか、そんなことばかり考えていたように思います。当時の放射線科の研修システムは、最初の1年間で、診断部門6ヶ月、核医学部門3ヶ月、放射線治療部門3ヶ月、2年目は自分の専門分野の研修とおおまかなスケジュールはあったものの、とくに研修目標、到達目標などは設定されず、その分、興味をもったことや将来必要になるであろう知識や技術などをある程度自分のペースで自由に学べる環境でした。今振り返って思うと、ノルマ達成やレポート提出が苦手な私にとってこのスタイルの研修は自分に合っていたように思われます。そんな中で、教授・医局長にお願いして2年目の研修のうち3ヶ月間は、麻酔科で研修させていただきました。いわゆる呼吸・循環管理の初歩を学ぶのが目的でしたが、それだけではなく、手術場に入って、自分たちが診断してきたCTやMRIなどの所見が実際にはどのような肉眼形態をしているのかを目の当たりにすることかでき、その後の画像診断・読影に際してもイメージが付けやすくなり、非常に貴重な経験になりました。また、まったく異なる診療科での研修は、その科の知識が得られただけでなく、自分が所属している放射線科あるいは放射線診断学を外部から見直すいい機会でもありました。
それから十数年が経過して、いつのまにか自分が指導する立場になり、そのなかでレジデントの先生から画像に関する質問を受けることがあります。一枚の画像を穴があくほどながめて、一つ一つの所見から一生懸命答えを導き出そうとするその姿は、日々の日常業務に追われて、つい忘れがちな画像診断の基本中の基本を思い起こさせてくれます。何年経験を積んで知識が増えても基本だけは忘れないよう、レジデントの先生をみては、そう思います。

投稿者:放射線科部長 片田 竜司