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「ある一冊の随筆集」 辻 英樹

投稿日時:2017年9月25日 11:05 月曜日

今,手元にA5版の薄い随筆集がある.Yさんから数年前に「お礼に」ということで頂いたものだ.自宅の本棚に置いてあったのだが,先日部屋の掃除をしたときに見つけてふと読み返してみた.

Yさんはご主人,ご友人と長年登山を楽しんでいる,実に美しい心を持った60台の女性である.登山中に誤って転倒し,手首を骨折してしまった.麓の病院で応急処置を受け,当科に紹介となり私が手術治療をさせて頂いた.そして今回の療養のことを以前から自らが所属していた同人誌にしたため,主治医であった私にこの小冊子をどうぞ,とくれたのである.

Yさんはとても前向きな方である.骨折そのものの痛み,これから手術を受けるという不安,楽しみにしていた北アルプス登山をとりやめなくてはならなくなった口惜しさ,そして登山仲間のご主人,ご友人に対する申し訳なさ,そんな様々な負の感情があったに違いない.しかし治療期間中を通じて,後悔とか,後ろ向きな発言をYさんの口から私は一度も聞くことはなかった.また登山をするという前向きな目標,日に日に患部が回復していくことの喜び,そして我々医療者に対する感謝の気持ちを常に口にしておられた.外来診察の際には,逆にこちらの方がいつも清々しい気持ちにさせてもらった事を今も鮮明に思い出す.あたかも自然と触れ合い対峙するかのようにありのままを受け入れ,そして前向きな気持ちを持って行動するという事が,どれ程周りの人達に良い影響を与えるのか,という事を私も深く感じたのである.
人間は往々にして我儘で自己愛に満ちた生き物である.自分が犯してしまった不慮の過ちも,つい自分は悪くない,他人のせいにしたい,時には投げやりになるという感情をしばしば持ってしまうものだ.理屈ではわかっていても,そんなやり場のない憤りというものはあって然るべきだと思うし,そんな感情を受け入れて治療に前向きになってもらうのも医師の仕事であるとは思っている.しかしこのYさんに限ってはそんな必要は全く無く,むしろ会うたびにこちらの方が「ありがとうございます」と言いたくなるような,そんな方であった.

今一度この随筆を読み返してみた.最初読んだときは気づかなかったのであるが,綴られている内容の多くは応急処置してくれた医師や看護師の事,そして連日通院して治療してくれたリハビリスタッフとのやりとりである.主治医である私が登場するのは最後の一文だけなのである.つまり患者さんにとっては「ケガをして一番辛い時に最初に診てくれた方」「治療中より多く顔を合わせている方」が如何に大事であって,むしろそれらはたまにしか会わない主治医以上に大きな存在なのかもしれない.いや,きっとそうなのであろう.

投稿者:副院長 辻 英樹