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南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年5月25日 09:03 水曜日

私がこの「南郷18丁目」の地に初めて着たのは、当院に就職する為の面接の下見に来たときでした。それまでは、実家が札幌の中央区ということもあり、地下鉄「東西線」大通りから新札幌方面に向かって乗るということがなく、「大通り」を超えてどきどきしながら「南郷18丁目」を目指しました。本当に未知の世界でした。
 「南郷18丁目の思い出」と改めて聞かれると、この病院に就職してまもなくの頃、なれない仕事にぐったりとして病院を後にする毎日を送っていました。そんなとき、同じく入職したばかりの看護師さんと共に病院から地下鉄へと向かう途中にある和食レストラン「とんでん」で遅い夕食を取りながら、グチをこぼし、お互いに励まし合ったりしていたことを懐かしく思い出しました。
 現在も地下鉄通勤をしていますが、仕事が終わるとまっすぐ帰宅する毎日です。地下鉄では、ほとんど本を読んですごしています。そのため、帰り道にある書店「文教堂」には、週に2回は足を運んでいます。大谷地に移転してしまうと、帰り道の楽しみが減ってしまうと、考えるとちょっとさみしい気もします。今現在、「大谷地」は未知の世界です。新病院開院とともに、新たな楽しみを見つけたいと思います。

投稿者:ME室副主任 林 聖子

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年5月18日 13:01 水曜日

私は自動車の運転免許を持っていないので、移動の足は地下鉄・自転車と、文字通りの自分の足(徒歩)のため、「南郷18丁目」というと地下鉄の駅名が真っ先に思い浮かびます。思い浮かぶのですが、地下鉄南郷18丁目駅に関する思い出というのは特になく、その前後の南郷13丁目駅ならば南郷7丁目駅との間のサイクリングロードの桜並木の見事さ、大谷地駅ならばそこから出ている新千歳空港との連絡バスに関する思い出などを書くことができるのですが、南郷18丁目駅に関しては、大通駅との間の片道料金が南郷13丁目駅までは240円なのに、次の南郷18丁目駅で280円に上がるのが少しくやしいとか、土曜・日曜・祝日ならばドニチカキップ(500円で1日乗り放題)を使えば大通?南郷18丁目間の往復が60円お得とか、南郷18丁目駅と南郷13丁目駅は隣同士なのに、文字の「18」と「13」・耳で聞く「ジューハッチョーメ」と「ジューサンチョーメ」が似ていて紛らわしいとかいうことしか思いつきません。
駅名が紛らわしいといえば、地下鉄東豊線には、札幌東徳洲会病院の最寄り駅の「新道東」のように「○○東」という駅名が多くて紛らわしく、私も東徳洲会病院に行く時に「新道東駅」ではない「○○東駅」で間違えて降りてしまったことがあります。
「南郷18丁目の思い出」というお題で、地下鉄の駅以外にも何か書くことがありそうなものですが、「地下鉄南郷18丁目駅」しか思い浮かびませんでした。というわけで、「南郷18丁目の思い出」は私にとっては難しいお題でした。

投稿者:検査室副主任 田辺 裕

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年5月11日 08:58 水曜日

H7年2月の深夜、私は当院に運ばれました。その時のERは増築前だったので今とは全く違う場所にありました。狭くてかなり古びており、カーテンで仕切られていました。まだ幼かった私は痛いのと不安で何が何だか分かりませんでした。当時当直だった外科の山口先生に診ていただき、深夜でしたが先生も看護師さんも本当に優しく接してくれて、ほっとして泣いてしまった事を覚えています。
学生時代の病院実習は当院、そして就職先も当院。気が付けば入職して13年が経ちました。同期が次々と辞めていく中、未だ残留しています。
このエッセイを書くにあたりネタ探しに院内を見渡すと、普段は目にとまりませんが、あちらこちらの壁に傷があり、天井には雨漏りの跡があります。うちの部署も天井から水が噴き出し、ずぶ濡れになってパソコンを運び出したこともありました。それらの修繕した跡を見るたびに「頑張れ徳洲会!」という想いがこみ上げます。
新病院の移転先は私の生まれ育った厚別区。これもまた・・・何かの縁でしょうか。
白石区から厚別区へ。用途地域も変わりどんな統計が出せるかと今から楽しみにしています。
 「新病院」・・・来年の6月になれば、ここ白石区の徳洲会は「旧病院」と呼ばれるのでしょうか。真新しい空間で働くことへの期待もある半面、何となく寂しい気もします。

投稿者:病歴管理室副主任 三森 悦子 

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年5月6日 15:16 金曜日

この5月1日で当院は開院28周年を迎えました。と同時に私も勤続28年を無事迎えることができました。
他の方々も触れておりますが、当時病院横のマンションはなく土のグラウンドだったり、隣接するルーシーも新館側がなかったりとかなり広々としていたと記憶しております。
また高い建物が少なかったため豊平川の花火も見ることができ自然そのものでしたが、今では高層マンションが立ち並ぶ都会となりました。
入職するまで南郷18丁目を訪れる事はありませんでしたが、今ではすっかり生活の基盤となり、近くの美容室とクリーニング店は28年間今でもずっとお世話になっております。
おそらく新病院が大谷地に移転してもこれまで通りお付き合いさせていただくと思います。
とても愛着のあるこの病院も28年もの歳月を送ってきたため老朽化が激しくなり水漏れ等後を絶ちません。なんとかあと1年1か月持ち堪えてほしいものです。
人生の中で2度も新しい建物で働けるということは、滅多にない幸せなことだと感じております。
初心忘るべからず、南郷18丁目でのたくさんの経験を今後の新病院に生かしていきたいと思います。

投稿者:資材課係長 樋口 千恵

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年5月2日 16:37 月曜日

私は札幌徳洲会病院で働くようになって10年になります。それまでは、千歳で働いていて恵庭に住んでいましたが、札幌徳洲会病院への転勤に伴って南郷18丁目近辺に引越しをしてきました。引越しするまでは、南郷18丁目に来ることがなかったため土地鑑もなく当初は戸惑うこともありましたが、病院の近くにはルーシーや飲食店も多数あり、南郷18丁目での生活に慣れるのにもそれほど時間はかかりませんでした。
また、私がこの病院に勤務する頃には増改築により現在の病院の状態になっていましたが、以前は駐車場も広かったと言う様な話を聞いた事がありました。年数を経て建物もだいぶ古くなってきてしまいましたが、いよいよ来年の6月に新病院へ移転することとなり、大谷地へと場所を移すことになりました。長く勤務していた土地を離れるのは寂しい気持ちもありますが、新病院では土地も広くなるため、患者さんにも職員にも今よりも喜ばれる良い病院になると思います。新病院へ移転しても、この土地で学んだことを活かしていきたいと思っています。

投稿者:薬局副主任 竹内 正真