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南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年2月23日 16:43 水曜日

早いものでここ(南郷18丁目)で生活するようになって20年以上経ちますが、
病院の周りも昔にくらべておおきく変わりました。はじめのころは地下鉄を降りると
生協(ルーシー)とパチンコ大王しか目に入りませんでしたが、今はたくさんマンションやお店ができました。生活の糧としていたハーベストが無くなったのは非常に残念です。ただルーシーは相変わらず繁盛しているようですね。毎週食料品の買い出しに行き、お世話になりました。
このあたりは交通事故が多くて、よく患者さんが病院に運ばれてきましたが、昔は南郷通りで暴走族の抗争がよくあり、とんでもない集団が血だらけで運ばれてきたのを思い出します。血気盛んというか手に負えないというか、医師ともどもあきれはてていました。
いまは、さすがにあまり見かけなくなりましたが、当時の徳洲会のイメージとしては、1番先に浮かんできます。

投稿者:放射線技師長 小野崎 慶一

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年2月16日 16:41 水曜日

今からちょうど28年前の昭和58年の今頃、私は初めて地下鉄南郷18丁目駅1番出口に降り立ちました。その年5月1日オープンを控えて新築工事の真最中だった当院の採用試験を受けるためでした。実家は札幌でしたが西区にあり、学生時代は旭川で過ごしていたため、それまでこの地域とは全く縁がありませんでした。駅から試験場である現場のプレハブ建物までの泥道を不安いっぱいで歩いたことが今でも鮮明に思い出されます。
入職してからはいつも終電で帰るため、基本的に家と病院の往復だけでした。そんな中でも独身時代は野球部の朝野球試合の時、西区から朝早起きして来られないため、前日に近所の居酒屋や焼肉屋でたっぷり飲んで病院の倉庫の空きベッドに泊まり込みました。結婚してからは、子供を病院のつぼみ保育園と白樺幼稚園に預けたため地域の各所で行われる園内行事に参加したりもしました。夏の当直時は改装前のルーシー駐車場から盆踊りの曲が延々と流れてくるため、夜中じゅう頭の中をその曲が巡っていました。病院祭のチラシを大量の汗をかきかき根性で1軒の漏れもなく地域に配ったこともあります。生活の拠点は常に病院であり、私の中にはいろいろなたくさんの思い出が、人生の半分以上を関わってきた病院と南郷18丁目近辺に詰まっています
新病院ができ何れ移転する予定にはなっていますが、移転してもお付き合いの残る方はいらっしゃるでしょうし、大好きなラーメン屋もありますし、ご迷惑かもしれませんがまだまだこの地域との関わりはなくならないでしょう。

投稿者:健康管理センター室長 岡部 俊彦

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年2月9日 09:15 水曜日

 私が、札幌徳洲会病院に入職し、20数年が経過しました。入職当初は地下鉄通勤で、平岸から通っていました。地下鉄を降り地上に出ると、それ程大きなマンションもなく、病院の屋上に掲げている緑の看板が直ぐに目に飛び込んできました。しかし、最近では病院周囲にも、高いマンションができてなかなか遠い場所からでは、病院を直ぐに探し出すのも難しくなってきています。
今の病院の隣(放射線科側)はマンションがあり駐車スペースですが、入職したてのころは、グランドがあり昼休みや、日の長い夏の仕事帰りにはよくキャッチボールをして汗を流した記憶があります。また、病院の向えにもお店の名前は忘れましたが、美味しいラーメン屋さん(現在は職員の更衣室)があり、給料がでたあとなどは良く食べていました。
(引っ越しでお金もまったくない状態でしたのでラーメンが自分へのご褒美的な感じだったでしょうか)普段は病院の食堂で、昼は勿論、夜も週の半分は病院食でしたので、今よりも少しスリムだったような気がします。平岸に住んでいた約2年間は、部屋の流しのガス台のスペースにはテレビを置いてしまい、そこに住んでいる間はテレビの場所は移動することもなく、自炊すらしなかった状態でした。
 冬になると、子供が小学校低学年位(現在5年生)までは、病院の直ぐ傍にある東月寒公園で、そり滑りやスキーをしにきていました。大型スーパーも近くにあり、買い物も便利で、凄く環境が整った住みやすい土地です。大谷地に移転後は、南郷18丁目は通勤の途中となり度々立ち寄らせて頂きますので宜しくお願い致します。

投稿者:臨床検査技師長 斎藤 和司

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年2月2日 09:05 水曜日

私にとって、南郷18丁目の駅が最寄の駅となったのは、この病院に2代目の責任者とし
て転勤してきた時でした。地下鉄からも程近く、目と鼻の先にルーシーがあり、とても
便利なところだと感じたことを思いだします。
前任者もいろいろな思いをこめて業務を行ってこられたことと考え、その後は、この恵まれた環境を生かして、スタッフと精一杯頑張ってきました。
気がついたら、徳洲会栄養部会を動かしている施設になっていました。
管理栄養士、栄養士、調理師などの研修センターとして当院から全国への応援や転勤など数々。今後も、スタッフが振り返った時に、札幌徳洲会病院で働いていたことが誇りに思える様にしていきたいと思います。

この南郷18丁目にある札幌徳洲会病院には歴史があります。
私が少し残念に思うのは、現在の隣接地に新病院が建ってほしかったということです。
きっと、南郷18丁目周辺の住民の方々が一番この病院を理解し、温かい目で見守ってきてくださったので今があると考えるからです。
そのことを、院内での医療講演、近郊での講演、町内会の方々とのふれあいの時に強く実感します。
今後は、少しはなれた所へ移転いたしますが、皆様が「行ってよかった」、「また今度も行こう」、「困っている知人がいたらすすめよう」といっていただける病院作りの一端を担うことができればと考えています。

投稿者:栄養管理室室長 山元 美惠子