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南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年1月12日 15:45 水曜日

昭和60年秋、面接を受ける為にひどく緊張しながら、地下鉄南郷18丁目駅から病院に向かって歩いていたのは憶えています。ただ五十川事務部長、佐々木英制院長(当時)の前で何を話したのかは憶えてはいません・・。
入職当時の18丁目界隈はまだ淋しく、道銀の支店名が南郷18丁目店ではなく流通センター前支店と呼ばれているように、それほどお店も多くなかったように思います。 
病院のまわりも、今とは景色が全然違っていました。病院横にドゥロワイヤルなどのマンションはまだ建設されておらず、なんと野球用グランドでした。病院側壁面には緑色の防御ネットが張り巡らされており、まだ若かった自分は、昼休みには食事もそこそこに、同僚・先輩達とキャッチボールやノック・フリーバッティングなどをして遊んでいたものです(今となってはスペース的にも体力的にも考えられないことです)。
当時の病院の状況も少しお話ししたいと思います。佐々木英制院長先生の下、少ないDr数にもかかわらず医局は一致団結していた・・ように思います。佐々木院長は外科医でしたが、内科医不足のため内科外来をこなされていました。電子カルテなどはもちろん無く、佐々木先生の丸い字体で書かれたカルテ記載が懐かしく思い出されます・・。
どこの部署も人が足りなく大変な状況でしたが、事務の勤務も非常に大変で、当直回数が月に6?8回でしかも一人当直、夕診担当(22時まで)も同じくらいの回数、レセプト期間はAM2?3時までが当たり前でした。ICUはまだベッド置き場で、よく勝手に泊り込んでいたものです。
ただ、現在のように病院も徳洲会グループも利益だけを追求する感じが薄く(自分が下っ端で知らなかっただけかもしれませんが)、理念に共感して集まった職員が多かったように思います。また勤務は大変だったけれど、皆燃えて働いていたようにも思います。
今後、新病院に移転はしますが、初心は忘れず「18丁目の想い出」を熱く抱きながら、これからも頑張って行きたいと思います。

投稿者:事務長 宮本 浩義