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南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年1月26日 14:10 水曜日

はじめまして薬局の宮越です。26年前夜中に一本の電話が鳴り、「君はうちの病院でいいな。」と当時の五十川事務長からの採用試験の結果を伝える一言で札幌徳洲会病院での仕事が始まりました。札幌東徳洲会病院が開設するために募集があり応募して、てっきり札幌東徳洲会病院に就職かあるいは採用されないかのどちらかと思っていた矢先に考えてもいなかった札幌徳洲会病院での勤務に驚きと採用する人一人一人に電話している事務方のトップの姿勢とこんな時間まで働いていることに更に驚かされたのを覚えています。入職してからもいろいろな事務長と仕事を一緒にさせていただきましたが、徳洲会の事務長は、いつも朝早くから夜遅くまで仕事をしていて仕事に厳しいばかりだけでなく、気配りも忘れない方ばかりです。その中で自分にとっての一番の存在は亡くなられた白井事務長ではないかと思います。自分がどんなに遅く帰ろうとしてもいつも事務長の席に座って仕事をされている。着任早々トラブル発生で一緒に解決、困った時はいつでも相談に乗ってくれて、トラブルがあるとすぐ一緒に奔走してくれていつも助けてもらってばかりでした。最後は事務長の送別会もトラブル発生で出席できず、何の恩返しもできなかったことが心残りです。
思い出というよりこれが僕の南郷18丁目の心残りです。

投稿者:薬局長 宮越貴之

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年1月19日 10:46 水曜日

私は札幌徳洲会病院に入職し、ちょうど9年が経ちました。
前職は銀行に勤めておりましたが、実は勤務が東札幌だったということもあり、仲間といっしょにこの南郷18丁目近くのある居酒屋に頻繁に飲みにきておりました。そうです、病院に再就職する前にこの近辺で徘徊していたのです。
拓銀と道銀の合併がプレス発表されたドサクサに私は銀行を辞めたのですが、まさか第2の職場が南郷18丁目のこの札幌徳洲会病院に決まるとは夢にも思いませんでした。何かしらの縁を感じました。
年に一度の18丁目町内会主催の新年会にも主席させていただいておりますが、みなさんとても良い方ばかりで、家族のような暖かさを感じます。私はこの南郷18丁目は第2の故郷のように感じています。
又私事ですが、特に家庭的なことについてなのですが、この札幌徳洲会病院に勤めることになり、この南郷18丁目に来たこの9年間は、私の人生の中で良いことばかりの至福の9年間でした。
ですからこの地を離れ、大谷地に移転するのは正直言って寂しい気がすると同時に、考えすぎかもしれませんが、運が尽きてしまうような感じもいたします。
この札幌徳洲会病院は、特に南郷18丁目の地域のみなさまに支えられ発展してきたことは言うまでもありません。当然のことですが、この病院跡地についてもみなさまに恩返し出来るような活用方法を考えておりますので、ご指導・ご声援をお願い申し上げます。

投稿者:事務次長 今川英伸

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年1月12日 15:45 水曜日

昭和60年秋、面接を受ける為にひどく緊張しながら、地下鉄南郷18丁目駅から病院に向かって歩いていたのは憶えています。ただ五十川事務部長、佐々木英制院長(当時)の前で何を話したのかは憶えてはいません・・。
入職当時の18丁目界隈はまだ淋しく、道銀の支店名が南郷18丁目店ではなく流通センター前支店と呼ばれているように、それほどお店も多くなかったように思います。 
病院のまわりも、今とは景色が全然違っていました。病院横にドゥロワイヤルなどのマンションはまだ建設されておらず、なんと野球用グランドでした。病院側壁面には緑色の防御ネットが張り巡らされており、まだ若かった自分は、昼休みには食事もそこそこに、同僚・先輩達とキャッチボールやノック・フリーバッティングなどをして遊んでいたものです(今となってはスペース的にも体力的にも考えられないことです)。
当時の病院の状況も少しお話ししたいと思います。佐々木英制院長先生の下、少ないDr数にもかかわらず医局は一致団結していた・・ように思います。佐々木院長は外科医でしたが、内科医不足のため内科外来をこなされていました。電子カルテなどはもちろん無く、佐々木先生の丸い字体で書かれたカルテ記載が懐かしく思い出されます・・。
どこの部署も人が足りなく大変な状況でしたが、事務の勤務も非常に大変で、当直回数が月に6?8回でしかも一人当直、夕診担当(22時まで)も同じくらいの回数、レセプト期間はAM2?3時までが当たり前でした。ICUはまだベッド置き場で、よく勝手に泊り込んでいたものです。
ただ、現在のように病院も徳洲会グループも利益だけを追求する感じが薄く(自分が下っ端で知らなかっただけかもしれませんが)、理念に共感して集まった職員が多かったように思います。また勤務は大変だったけれど、皆燃えて働いていたようにも思います。
今後、新病院に移転はしますが、初心は忘れず「18丁目の想い出」を熱く抱きながら、これからも頑張って行きたいと思います。

投稿者:事務長 宮本 浩義

「年始所感」

投稿日時:2011年1月4日 13:19 火曜日

あけましておめでとございます。
新年を迎え多くの方々が寺社などに初詣に行かれたと思いますが、皆さん、今年はどんなことを祈願したのでしょうか。
2011年がどうかいい年でありますように、新しい年の「目標や計画」を立てられた方も多いと思います。
年始にあたり「病院運営」のキーワードについて日ごろ考えていることを、少し述べてみたいと思います。
徳洲会グループの創始者,徳田虎雄理事長が「医療の原点は急病救急にあり」「生命だけは平等だ」の理念を喝破し、それを実践し現在に至っているのは、日本全国、海外においても周知のとおりであります。
今、「病院運営」に何が一番大切かと問われれば、「病院の理念」と応えております。院長もこの「徳洲会の理念」を基に、「病院の方針」を総医局の中央壁に次のことを掲げております。
「病院は地域のものであり、ベッドは地域のものである」さらに「質の高い医療を提供し、患者さんの健康と生活を守ることによって地域からの信頼を得る」このことは全医師ならびに他の職員も肝に銘じなければなりません。
更に大事なのは理念を具現化するには「人と活動する場である組織」であるということは言うまでもありません。従ってどこの病院でも「人材の育成」に力を注いでいることは当然でありますが、「病院が必要とする人材」は2通りあると思います。
一つは医師をはじめとする「専門職」として、病院の「縦割り組織を支える有能な人材」であり、もう一つは「縦割り組織を柔軟につないで」病院を「チーム医療」として円滑に「動かすことができる有能な人材」であります。人材育成を通じて、「病院の理念」を共有し全職員が「病院経営」に大いに「参画」し、かかわって頂くことが最も重要なことと考えております。
今年もどうぞ積極的なご意見やサポートを心より期待しています。

投稿者:事務顧問 矢野 道夫