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南郷18丁目の思い出

投稿日時:2012年1月25日 08:13 水曜日

地元の秋田を離れて北海道に来たが、すでに同じくらいの時が経つ。幼少期、学生時代に過ごした生まれ故郷は大切な土地であるが、一人暮らし、就職、結婚と自分の責任で決めて過ごしてきたこの北海道の土地は、今後ますます自分の中で大きな存在となっていくであろう。
大学を卒業して徳洲会病院に入職したが、挫折しそうなことも何度もあった。当時は手書きの処方箋で解読するのに時間がかかった。受診する患者様の人数も多く、夜の12時近くに帰宅することもあった。しかしグループ病院として、他の病院で働く機会にも恵まれ、多くの人と出会い、仕事だけでなく人生の経験も多く積み重ねることができた。自分に負けたくない一心で諦めずに働き続けたことが、今の原点になっているはずである。
入職当時より新病院の話があったが、もうすぐ10年が経つ。あっという間に過ぎた10年であったが、今年ようやく病院の移転を迎える。一つの節目となるが、この南郷18丁目での経験を生かし、昔の自分に恥じないよう、成長し続けていけるよう、そして地域の皆様に貢献できるよう、働き続けていきたい。

投稿者:薬局副主任 浅利 伸朗

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2012年1月18日 10:56 水曜日

私が札幌徳洲会病院に入職してから、今年で12年目に突入致します。
学生の頃に長く感じていた年月も、社会人となってからはあっという間に過ぎ、
気づけば11年が経っていました。

今でこそ南郷18丁目は勝手知った場所ですが、入職する前はまったく来たことが
なかったので、どんな所なのか、何があるのか、さっぱりわかりませんでした。
ですが、勤務し始めてからは仕事帰りや当直明けなどに、先輩・同期・後輩・他部署の
方々と食事に行く機会も多く、楽しい時間を過ごした思い出があります。
最近の話では、3年程前から南郷18丁目に自分の馴染みのお店も出来ました。
仕事帰りに食事に行ったり、お酒を飲みに行ったりして、いつの間にか気兼ねなく入れる、落ち着ける場所になりました。昨年の年越しもそこで過ごしました。今思えば、3年連続そのお店で年越ししています。

都合の良いことに、私の頭には楽しい思い出の方が多く、大谷地でも良い思い出が
出来ればと思います。

投稿者:総務課副主任 日笠 健治

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2012年1月11日 08:01 水曜日

私の南郷18丁目の思い出は『面接遅刻事件』です。

それは今から12?13年前、札幌徳洲会病院の採用試験を受けた時のことです。一次試験で筆記・集団面接を受け、数日経過し学校から二次試験の日程の連絡がきました。この電話が全ての始まりでした。二次試験は個人面接で、時間を“17時”と伝えられ、面接日の16時30分頃病院に着き、受付前の椅子に座りました。17時を過ぎても声がかからず、このまま待っていてもいいのか不安になり、受付の方に話かけました。そして職員の方が言った次の言葉に驚愕しました。「面接の時間は“15時”だった」と。病院側では学校に面接時間を“15時”と伝えたが、学校側が“夕方の5時”だと勘違いしてしまったのです。その日は運よく最後の方の面接中で、私は次に呼ばれることになりました。
面接の部屋に入るなり、面接官の方々に「どうしたの?面接の時間に来ないから心配したよ」と言われ、既に頭が真っ白になっていた私はどんなことを話したのか覚えていません。
帰り道、不採用を確信した私は学校に事情を報告し、謝罪の電話をしてもらいました。

あれから十数年経ち、こんなに長く働くとは夢にも思っていませんでした。今年の6月には新病院の開院予定もあり、南郷18丁目から離れることになりますが、新たな病院で私のような事件がおきないことを願っています。

投稿者:医事課副主任 似鳥 朋美

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年12月28日 08:02 水曜日

今年4月、15年ぶりに札幌徳洲会病院に戻ってきました。
入職は、平成8年の1月。採用試験の結果の電話が鳴りすぐに病院に呼ばれ「明日から来れるかい」という言葉に「随分急だな」と思いながら、翌日初出勤。初日は今考えても記録的な大雪で、当時総務(課長補佐くらい?)の現事務長宮本さんに連れられ、夏用の革靴のまま、ママさんダンプを持って、膝上まで降った雪原(駐車場)の数10m向こうにある当直者の車を掘り起こしに行ったことを強烈に覚えております。
その後、職員寮(ライラックハイツ)に引っ越し、なぜか真上に住むのは、高校時代の同級生であり、卒業後、健康的な海水浴場に麻雀卓を一緒に持ち込むことに賛同してくれる稀有な友人、検査技師のW君。
今は改善された?ようだが、住んでいたのは端の部屋で冬は異常に寒く、夜中に部屋に帰るとペットボトルが寒さでつぶれ、ダウンジャケットのまま布団に入ったこともしばしのサバイバル生活でした。
そんな南郷18丁目での寒修行?や不思議な縁が、それからの波乱万丈、徳洲会生活の始まりだった気がします。

入職から半年ほどが過ぎ、老健コスモス〈開設〉に異動。その後、老健徳洲苑なえぼ〈開設〉→帯広徳洲会〈開院〉→西野クリニック→〈閉鎖・事業転換〉→健康デイサービス徳洲会札幌西〈開設・移転〉→ケアタウン徳洲会札幌西〈開設〉→そして札幌徳洲会
その間、経理が主ではありましたが、責任者や営業活動、ごみ庫の掃除役からネズミ取り、除雪車も運転しました・・・医療と介護を行き来しながらいろんなことを経験させていただきました。

その中から学びえたことは、「困っている人の役に立ちたい」という心は人間の本能に近いものと感じました。
古くなったこの病院も、おそらくは先人達の他人には想像しがたいご苦労の上に今があるのであろうことに敬意を払い、感謝しなければと思っております。より多くの方々の「困っている」に応えることを仕事としていることに誇りを持ち、新病院移転を機に、建物が新しくなるだけではなく、より心地よい病院に生まれ変わることが「南郷18丁目で奮闘してきた多くの方々」への報恩になるのではと思っております。

投稿者:経理課係長 佐竹 秀幸

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2011年12月21日 14:46 水曜日

お題が「南郷18丁目の思い出」とのことですが、仕事が終わるとまっすぐ自宅に帰ってしまうような引きこもりにとっては、思い出もそれほど多くはないかもしれません。

それでも、一番の思い出といえば、やはり南郷18丁目駅の階段でしょうか。

入職して3年目くらいの冬、さぁ、今日も頑張って仕事しよう!と分析器の前に立った
矢先に、たった1回のしゃっくりが私の右肺を突き破りました。
結果、私はそのまま入院となり、肺の気胸を起こした部分を切り、無事退院となりました。
当然仕事にもすぐに復帰しましたが、どうも何か違います。特に通勤時の南郷18丁目の長い階段がひどく辛くなったのは今でも良く覚えています。実はこのとき、こっそり検査してみると今度はバセドウ病になってしまっていました。まぁ、人生こんなものです♪

あとは、向かいのタバコ屋さんでしょうか。

昔は良く昼休みに、当直の夜中にとしょっちゅうタバコを買いに行っていました。
ですが、喫煙場所以外禁煙となり、自販機が夜中は売ってくれなくなり、敷地内禁煙になり…と、今ではあまり利用する機会がなくなってしまいました。非常に残念です。

でも禁煙はしません。

そんなこんなで、もう年の瀬です。皆様が健やかに新年を迎えられますように。

投稿者:検査室副主任 近藤 浩嗣