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南郷18丁目の思い出

投稿日時:2012年4月18日 09:45 水曜日

私事ですが昨年7月に結婚しました。結婚式は妻の実家のある岩手県盛岡市で行いました。
 札幌で生活しながらの、盛岡での結婚式の準備は多忙を極め、いよいよ最終準備に入った頃、私は腹痛に襲われ当院を受診しました。診断は大腸憩室炎。結婚式の1週間前です。抗生剤が処方され、おかゆやうどんなど消化に良いもののみ食べて良いという指示で、様子を見ていましたが、結婚式の5日前、仕事中に怠さを感じ体温を計ると39.0℃を超えていました。フラフラになりながら、その日出勤していた消化器外科の先生に相談し、入院となりました。人生初の入院で、しかも結婚式が間近に迫っている状況で非常に不安な気持ちが強かったですが、回診に来てくれた先生に「結婚式には絶対間に合うようにしよう、点滴を打ちながらでも(笑)」と励まされ、検温に来る看護師さんにも優しく接していただき、なんとか結婚式前日に退院できました。7kg体重が減っていました。
 そして盛岡で無事結婚式を挙げることができ、披露宴の食事も美味しく頂くことができました。結婚式翌日から再び4日間寝込み、新婚旅行には行けませんでしたが、結婚式がある意味一生の思い出になりました。
 消火器内科と外科の先生方、5階病棟の看護師さん方、そして長期休養中に頑張ってくれたリハビリの同僚スタッフには、本当に感謝しています。

投稿者:リハビリ室副主任 塙 健一

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2012年4月11日 08:04 水曜日

就職してはや11年。バスと地下鉄で通勤した徳洲会病院。就職するまで西区在住の自分は
豊平川を越えて出かけることがあまり無く、白石区の事はあまりにもしらなすぎる場所であり、徳洲会病院の事は全く知りませんでした。医療系の専門学校に通ってはいましたが、病院への就職はあまり考えてなく、卒業式を終えても就職が決まってない自分は、何も考えずに履歴書をだしていました。面接当日は病院の場所も解からず地下鉄の駅員さんに場所を教えてもらいたどり着く事ができ、そして運よく採用していただき、社会人としてのスタートを切ることになりました。実際に働いてみて徳洲会は系列病院をいくつも持ち、老人保健施設も運用している事を知ったのはしばらくたってからのことでした。
 仕事についてからは毎日へとへとになるまで仕事をし、病院と家の往復しか出来ない時期がしばらく続き、そのうちに事務の同期、先輩方と食事(お酒を飲み)にも行けるような時間もでき、そして研修医の先生方、パラメディカルの方々とも一生懸命仕事をし、一生懸命遊ぶ(お酒を飲む)という時期が続き、楽しい時間を過ごしているうちに最愛なる奥さん、長男、長女を授かることができました。今は子育てにへとへとですが、仕事、家庭を一番に考え、新病院になっても一生懸命に頑張りたいと思います。

投稿者:医事課副主任 藤橋 良平

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2012年3月21日 08:01 水曜日

この病院に入職するまで、「南郷」は大通りから新札幌に行く地下鉄のプレートの中だけに存在するもので、私にとって地上の南郷は架空の町でした。

そんな南郷に就職することになり、十数年。
同じ期間だけ、ほぼ毎日地下鉄に2回乗り、南郷18丁目の地下鉄駅を利用してきました。
しかし、現実の町になったはずの南郷も、私に難題をもたらします。
それは、地下鉄1番出口からと3番出口から、どちらが病院に到着するのに、より短距離か。
という問題でした。

1番出口ルートは、長い地下コンコースを歩き、階段を2つの踊り場を挟んで地上に出た後、とんでんを横目に見ながら、サイクリングロードにかかる橋を越えて、病院の正面玄関に至るルートです。
そして3番出口ルートは、改札を出てすぐ左手にある、エスカレーターもある階段を、踊り場1つを越えて地上に出て、横断歩道を渡り、自転車置き場を抜け、ルーシーの駐車場を通って、病院の裏口に至るルートです。
入職当時は何の疑いもなく、当時の病院の案内に記載されていた「1番出口から徒歩5分」
に従って、1番出口から病院へ通っていました。
ですが、それを話すと3番出口派から、「絶対に遠い」「コンコースが長い」と、総攻撃を受けるのです。
それではと、第3出口ルートに変えたのですが、これもこれで、人に話すと
「遠回りだ」「横断歩道を挟む分、時間がかかる」とこんこんと諭されます。

じゃあどうすればいいだろう? やっぱり検証してみるべきか?
実際に距離を測るとどう? 単純に、両方時間を計って比べてみればいい?
と、思いはしましたが、元々私にとっては架空の町だったのだから、
わからないことの一つくらいあってもいいような気がする。
と、未だ解決しないまま、朝は第1出口から出て、帰りは第3出口に帰っていく生活を続けています。

投稿者:院長秘書副主任 高橋 美樹子

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2012年3月14日 08:02 水曜日

 私が初めて南郷18丁目に来たのは平成6年、札幌徳洲会病院の採用試験でした。
当時、臨床工学技士という職種は、まだ新しく比較的求人が多かった為、同級生の大半が
採用試験を受け、そのまま合格でした。そんな中、ここ札幌徳洲会病院は求人2人に対し受験者3人でした。とてつもない緊張の中、ルーシーの駐車場を歩き、病院を見上げた事を思い出します。あれからあっという間に17年、良いスタッフに恵まれ、ここに就職できて本当に良かったです。
 就職後約10年南郷18丁目周辺に住んでいましたが、思い出はやはり焼鳥屋、夜10時に仕事が終わった後、仲間とたわいもない話をしながら飲む生ビールと焼き鳥は格別でした。
 そして一番の思い出は、この病院で2人の娘が生まれたことです。産婦人科、小児科とてもお世話になりました。初めて就職し娘たちが生まれた病院がこの地に無くなるのは、とても切ないですが、場所が変わっても札幌徳洲会病院は変わらないので少しでも役に立てるよう精進していきたいと思います。

投稿者:ME室副室長 斎藤 喜博

南郷18丁目の思い出

投稿日時:2012年3月7日 17:39 水曜日

私がこの南郷18丁目に足を踏み入れたのは9年前のことです。当時、徳洲会の系列病院で働いていた私に札幌徳洲会病院への転勤の辞令がありました。それまで勤めていた病院よりもだいぶ規模も大きく、緊張と期待感を持って通い始めましたが転勤してからわずか1ヶ月で鹿児島へ応援。今考えるといい社会勉強にはなりましたが、当時は驚きました。
それから数年、たよれる先輩や上司、同僚、現在当院にはいない先生方や先輩方、他部署の方々などたくさんの方々に仕事やプライベートでお世話になりました。自転車で公園を激チャリ、湖や河、雪山で横のりやキャンプ、昨年は札幌ドームのマラソン大会にも参加しました(遊びばかりですが・・・仕事の思い出もありますよ)。
この「南郷18丁目の思い出」というお題をいただき、最初は「これだ!!」といったようなことが出てきませんでしたが、思い返してみるとたくさんのことが次々と出てきます。
新しい大谷地での最初の思い出は南郷18丁目からの引越しという大きなものになるでしょうが、それ以降も良い思い出を多く作れるような病院にしていけたらと思います。

投稿者:検査室副主任 林 光昭